群狼のキンゼイ
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それから約9時間が経過した、教育実習船リスキー・ビスキーの船内。
昼のカリキュラム、机上の授業を終えたカオル達実習生は、
夕飯後のまどろんだ時間を、手持ち無沙汰に過ごしている。
機内で唯一、娯楽と安息を与えてくれる場所「食堂」。
割り当てられた、狭い個室を脱出したカオル達は、実習船リスキー・ビスキーの乗組員達が、
そこで夕飯を取り終えた事を確認し、再び食堂に集っている。
食堂にはカオル達四人の少年少女と、厨房で片付けを行う「本物の」厨房担当乗組員二人。
そして、カオル達とテーブルを別にして、食後の談笑を続ける、非番の下士官と乗組員三人。
モニター画面には、誰か乗組員がリクエストしたのか、映画が映し出しされている。
特殊技術を、ふんだんに盛り込んだSF映画で、様々な異星人国家の衝突を仲裁し、解決する、
銀河パトロール隊の活躍を描いた映画だ。
ミカはつまらなそうにそれを「ぼけ~」っと見詰め、
ショーンはいちいち「構造的にその操船はありえねえ」など、SF作品にケチをつけ、
カオルは手に汗をかきながら、拳を握り締めながら、前のめりになって見ている。
エレノアは映画に全く興味が無いのか、持参してきた科学雑誌を読みふけっていた。
誰もがゆったりと流れる時間を過ごしている中、
突如、食堂に設置してあるスピーカーから、「キュイ!キュイ!キュイ!」と、けたたましいサイレンが鳴り、
キンゼイ艦長からの艦内放送が流れ始めた。
キンゼイ艦長『こちら操舵室、艦長より達する!
教育実習生4人は、操舵室に来られたし!繰り返す…!』
ガバッ!!!
まどろんでいた少年少女、目の色を変え、慌てて食堂の出口へと向かう。
「ついに来たか!?」期待に胸を膨らませる4人の少年少女。
狭くて真っ直ぐな通路を走り抜け、慌てて階段を駆け上る。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「早く来いよエレノア!」
興味がある無しに関わらず、今の今までずっと退屈と戦っていたカオル達は、4人が4人とも瞳を爛々と輝かせていた。
肩で息をする4人が辿り着いた先、分厚い鉄製の扉の向こうには、
国連軌道宇宙軍の教育実習船「リスキー・ビスキー」の操舵室が。
カオルは仲間達の顔を見回し、互いにうなづき、そして操舵室の扉を開けた。
ショーン「うおおおっ!」
ミカ「わあっ♪」
操舵室に入った瞬間、声を上げるカオル達。
その視線の先には、窓らしきものが一切無い、機械とモニターに囲まれた密閉空間が。
人間が15人も入れば酸欠になってしまう様な、まるで子供達の隠れ家…秘密基地の様な世界が、カオル達を迎え入れたのだ。
キンゼイ艦長「こらこら(笑)興奮するのも分からんでも無いが、
君達も実習生とは言え、れっきとした国連軌道宇宙軍のメンバーだ。
入室したら、ちゃんと挨拶があるだろ?」
操舵室で待っていたのはキンゼイ艦長。
艦長は苦笑しながらカオル達に注意する。
「実習生ショーン・カザマ、入室しました!」
「実習生ムナカタ・カオル、入室しました!」
ショーンやカオルにならい、ミカやエレノアも慌てて敬礼しながら、出頭の報告をする。
ぎこちない敬礼に艦長はますます笑みを漏らし、いよいよもって表情は、孫を可愛がる祖父の微笑みに。
キンゼイ艦長の隣に立つ副艦長…。手を後ろに回し、凛々しくそびえ立つ細身の女性士官も、
カオル達の敬礼に笑みを漏らす。
その他に、操舵室にいる操舵士、航宙士、電探要員の三人も、
笑顔でカオル達を迎えた。
キンゼイ艦長「よろしい、なおれ。」
艦長はカオル達に敬礼を解けと命じながら、艦長専用の小さな卓に手を伸ばし、有線式の通話機を取る。
すると、さっそく
キンゼイ艦長「…こちらUNOSF-JP、EBS1。教育実習艦リスキー・ビスキー!
艦長のヨハン・キンゼイ大佐だ。亜宇宙戦術空母群4番艦フィン・マックール、応答されたし」
キンゼイ艦長が無線で問い掛けると、待ってましたとばかりに、
フィン・マックールから即答に近い速さで応答が入る。
『こちらフィン・マックールCDC、APE訓練部隊統括補のクァン・ロウ准将です』
キンゼイ艦長「クァン・ロウ准将、先ほどお願いした件、段取りはいかがですか?」
クァン准将『訓練部隊統括より承認は得られております。大気圏突入は4分後の予定』
キンゼイ艦長「クァン准将、貴官と部隊の好意に感謝します」
クァン准将『いえいえ、【群狼のキンゼイ】の教え子達なら、喜んで協力させて頂きます』
ミカ(群狼のキンゼイ…?)
ショーン(何だ?初耳だぞ)
エレノア(キラーン☆)
カオル(むむむ…?)
「余計な事を喋りおって…」
口には出さないが、キンゼイ艦長は、苦虫を噛み潰したかの様な渋い顔に。
キンゼイの隣に位置する副艦長は、余計な事を言われて狼狽するキンゼイ艦長を見ながら、
その狼狽する様が面白いのか、表情はそのままに、口元の端をピクピクと揺らし、笑いをこらえている様だ。
キンゼイ艦長「よし、時間が無い。上部観測ドーム解放!ちょっと子供達と行って来る」
副艦長「上部観測ドーム解放、アイサ!」
艦長はカオル達を出入り口に押し戻すかの様に、両手でジェスチャーを繰り返し、
通信用インカムを手に、自らも操舵室から出ようとする。
副艦長「アイ・ハブ・コントロール!キンゼイ艦長が退室!操艦は副艦長に!」
副艦長が、キンゼイ艦長の操舵室退室と、交代を宣言。
キンゼイ艦長とカオル達は操舵室から出て、更に狭くて長い階段を登り始めた。
キンゼイ艦長「はあっ、はあっ…。後ちょっとで観測ドーム。
普段は宇宙空間で、星座や恒星を光学機器や目視で測量し、現在地点を割り出す観測所だ」
ショーン「やっぱ…、基地のメカニックより、船乗りのメカニックの方が、やりがいありそう」
食堂とカオルと共同の個室を、入ったり来たりしていただけの教育実習。
今になり、操舵室やそれ以外の艦内施設の風景を見て、ショーンはこのいちいち狭い「航宙艦」生活が、
やけに気に入って来た様だ。
キンゼイ艦長「さあ、ついたぞ。みんな中へ入りなさい」
よる年波には勝てないのか、キンゼイ艦長は肩で息をするどころか、
陸に打ち上げられた魚の様に、口をパクパクさせ、激減した体内酸素を補給していた。
艦長に促され、二メートルほどのハシゴを登るカオル達。
そこには、見た事も無い景色が広がっていた。




