猛特訓
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場所は変わり、地球の成層圏上層。
地球が丸く見える程に、その距離は地球から遠く、
地球の恩恵と言う物をまるで受ける事の無い、死の世界。
…シュン!
シュン!
…シュン!シュン!
音も立てず、秒速数千メートルもの高速で移動する飛翔物体。
光の点があっという間に目の前を通過し、そしてあっという間に小さな光に戻って行く、4つの光点。
『はあ、はあ…』
『ふう…ふう…』
無線越しに聞こえて来る、心臓の鼓動が早まった、過呼吸の喘ぎ声。
その4つの光点とはAPE。武装パワード・エグゾスケルトン、武装強化外骨格。
新造艦「リスキー・ビスキーType2」に搭載された新部隊、【ジョーカー1小隊】の4機のAPEが、
リスキー・ビスキーへの離着艦訓練を行っていたのだ。
リスキー・ビスキー2に搭載されているAPEは、全部で7機。
黒人のクルズ・エルアラメイン少佐を部隊長とした、APE3機編成のチーム、【ズール1小隊】と、
カテリナ・朝霧少佐を部隊長とした、APE4機編成の訓練チーム、【ジョーカー1訓練小隊】。
この二つの小隊が、リスキー・ビスキー2の航空戦力であった。
だが、戦力と言っても実質的には、エルアラメイン少佐率いるズール1小隊の最新鋭APE、
【15式APEライトニング・キャット】3機が、即戦力として対応出来るのみで、
ジョーカー1訓練小隊の4機のAPEは、未だにその未熟な搭乗者達を、
地上で待っている戦地ではなく、初歩的な宇宙空間での操縦訓練にとどめていた。
通常、APEの部隊編成は小隊規模で編成され、3機のAPEに搭乗者は3名。
整備クルーはAPE1機につき3名、管制オペレーター1名と部隊長。
合計で14名、最低限14名で構成されて、小隊と呼ばれるのであるが、
この【ジョーカー1訓練小隊】は、小隊編成からして異色の部隊と言って良かった。
何故なら、まずAPEが4機で構成されている事。そして、その4機のAPEが4機とも、年代物の【プロトタイプ】である事であった。
そして、何より周囲を驚かせていたのは、部隊長のカテリナ・朝霧少佐を除いた部隊員のほとんどが、なんと未成年であったのだ。
『…はあ、はあ』
リスキー・ビスキー2への離着艦訓練を行う、ジョーカー1訓練小隊の4機編隊。
先頭は白いAPE。99式APEプロトタイプ「白騎」、搭乗者は美田園恭香。
『美田園、進入軸の調整はガチャガチャいじるな!後ろからついて来る仲間が慌てるだろ!』
恭香「は、…はい!」
朝霧少佐の怒声がインカムを通じ、恭香の鼓膜を激しく揺さぶる。
朝霧少佐『カスミ!ヒロノブに寄り過ぎだバカモン!前ばっかり見てるな、金星まで弾かれたいか!』
カスミ「す、すみません!」
朝霧少佐『ヒロノブ!遼機として併走してるんだ!余裕かましてないでカスミに気をつかってやれ!』
ヒロノブ「りょ、了解」
恭香の白騎の後に続くのは、併走する2機のAPE。
真紅に彩られたカスミ・レイモンドのAPE、99式APEプロトタイプ「紅騎」と、
漆黒に染まったヒロノブ・レイモンドの乗るAPE、99式APEプロトタイプ「黒騎」である。
そして
朝霧少佐『こらムナカタ!一番見通しの良い、ドン尻のお前が隊列崩してどうすんだ!
進入角が深すぎる、リスキー・ビスキーを撃沈する積もりか!?』
カオル「おわっ!」
4機編隊の最後尾
紺碧が映えるAPE、99式APEプロトタイプ「蒼騎」を駆るのは、
4月に自宅謹慎が解かれ、学校も軍務にも復帰したムナカタ・カオルが搭乗していた。
朝霧少佐『ダメだダメだ!まるでなっとらん!貴様ら、自分の機の安定に気を取られ過ぎだ!編隊組んでる事を忘れたのか!』
苛烈を極める朝霧少佐の怒声。
そう、最新鋭の輸送艦リスキー・ビスキー2は、4月に処女航海に出発し、第3軍の戦闘部隊として機能すべく、
本格的な訓練を開始したのだ。
朝霧少佐『着艦中止!ジョーカー1訓練小隊は着艦中止!そのままタッチ&ゴーで、地球軌道をもう一周して来い!!』
カオル『しょ、少佐!?もう一周って、…推進材がもう20%きってます』
朝霧少佐『アホウ!後先考えないで噴射してるからだろ!自業自得だ、良く頭で考えて、節約しながら帰って来い!!』
統合宇宙軍の最新鋭多目的輸送艦リスキー・ビスキー2。
全長162メートルのこの小ぶりな輸送艦は、物資の輸送を主たる任務とはしていない。
このリスキー・ビスキー2に限らず、統合宇宙軍が今年になって次々に就航させているのは、
このタイプの輸送容量が大きな艦である。
何故フリゲート艦や戦術空母を就航させずに、この手の輸送艦を増産させたかと言えば、
今や艦隊戦など皆無に等しいこの時代において、地球奪還作戦の主軸になるのは艦船ではなく、間違い無くAPE。
対【物体E】の主力兵器であるAPEの、効率的な運搬を目指したからなのである。
亜宇宙戦術空母が大改装工事を行っている中、地球奪還作戦の主軸となる艦船は、フリゲート艦では無く、『小型APE空母』。
今現在の統合宇宙軍の地球奪還作戦の戦術としては、精一杯知恵と予算を絞った内容となっていた。
海洋生物の『エイ』の様な姿で、大気圏を自由に滑空していた先代のリスキー・ビスキーとは違い、
このリスキー・ビスキー2はごく一般的な寸胴の様な形態をしている。
が、しかし、地球の大気圏内を主戦場とする、最新鋭のこの多目的輸送艦が、
その真価を発揮するのは、もうしばらく先の話であった。
リスキー・ビスキー2艦内。
与圧区画にある、重力発生ドラム。
まるで大きな洗濯機の様に、高速で自転を続け、その内側に地上と同じ1G程の重力を発生させ、
その室内にいる者達に、「重力の安息」を与えている。
室内にいるのは4人
先ほどまで朝霧少佐にこってりと絞られ、きりきり舞いになっていたジョーカー1訓練小隊のパイロット。
ムナカタ・カオル以下、合計4人の少年少女であった。
恭香「ダメ…もうダメ」
カスミ「いささか…私も…くたびれ果てました」
大の字になって寝転ぶ4人。
最早休憩時間だからと言って、年相応にワイワイキャッキャッとおしゃべりする気力も無いのか、ただひたすら横になり、
焦点の合わない目でボンヤリと反対側の床…天井を見詰めていた。
カオル「身体が…悲鳴を上げてる」
ヒロノブ「連日これは…さすがに来ますね」
涙目になってぼやく4人。
そんな4人に向かい、再び『鬼教官』の怒声が火を吹く。
朝霧少佐『コォラァッ!!!!誰が寝ころんで良いっつったんだよ!?
重力ケア室に入ったら、クールダウンの運動しろって言われたんじゃねえのか!』
恭香「ひいっ!?」
カオル「がはっ」
カスミ「…鬼だ…鬼だ…」
ヒロノブ「しっかり見られてましたね(笑)」
ヒロノブの視界に入ったの監視カメラ。
そう、朝霧少佐は休憩に入ったカオル達をカメラで監視し、
とても女性とは思えないカミナリを、スピーカー越しに落として来たのだ。
朝霧少佐『はい、腕立て50用意!命令を守らなかったんだから、やって当たり前だよな!』
カオル「とほほ…」
朝霧少佐『ムナカタ!ふやけてないでお前がカウントしろ!全部やり終えるまでしっかり見てるぞ!』
鬼教官の指示で、涙目になりながら腕立てふせを始める4人。
そして、そのスピーカーの「向こう側には」、
眉をひそめて難しい顔をしている朝霧少佐の姿が。
場所はリスキー・ビスキー2のCIC(戦闘指揮所)。
壁に無数のモニターが設置されている中、姿勢を固定するバーに背中をゆだね、
朝霧少佐が腕組みしながら、イライラも隠さずに、小さなモニターにかじりついている。
朝霧少佐「ったく、あのガキどもは」
朝霧少佐の視線、モニター画面の中では、
ヘロヘロになったカオル達が、泣きそうな顔で腕立てふせをしている。
「いかがです?」
モニター画面を凝視している朝霧少佐の背後から、
朝霧少佐に向かい、女性の声で質問が飛んで来る。
朝霧少佐はその声の主に振り返る事もせず、「私に話しかけるな」とでも言いたそうな機嫌の悪そうな声で、
それでいて、その声の主を、機嫌が悪いからと言って無視する事すら出来ない苛立ちを含め、
丁重に、あくまでも丁重に返事をした。
朝霧少佐「いかが?と、聞かれましても、ご覧の通り、彼らは素人に毛が生えた程度。
作戦行動に参加させるなど、小官は承服しかねます」
予想通りの答えが返って来た事に、むしろ微笑む女性。
朝霧少佐の見詰めるモニター画面、その画面に反射して見える、朝霧少佐の背後の女性は、
情報将校のメリル・ウィルドット特務中佐の姿であった。




