緑川中佐の思惑
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日本国コロニーNo.1、【東京】
周辺宙域にも無数の関連コロニーが連なる、この日本国の首都コロニーに隣接し、統合宇宙軍の軍港がある。
以前の呼び名は、国連軌道宇宙軍日本国方面軍、東京港。
そして今は、統合宇宙軍、第3軍総司令部。
そう、この日本国の衛星軌道に展開する軍の母港は、通称【曽ヶ端軍団】の本拠地となったのだ。
周回の「空のある」居住用円筒形コロニーと違い、機能性と艦船の収容能力を優先したこの軍港は、
無骨な四角形の積み重ねで出来ており、そのところどころから、輸送艦や駆逐艦の船体の鼻先が見え隠れしていた。
その見え隠れする船体の一つ、
【OUNSF】(Organization United Nations space force)…統合宇宙軍の文字が真新しく輝くも、
船体自体はくたびれた、前時代の輸送艦が、ドッグに鎮座し、改修工事を受けていた。
亜宇宙戦術空母の半分ほどしかない船体。コンステレーション級フリゲート艦の、三分の二ほどしかない船体。
船の名前は【出雲】。日本国方面団の輸送艦で、長年、物資の輸送業務を専門に行って来た船。
その【出雲】は今、統合宇宙軍第3軍…曽ヶ端軍団の旗艦に生まれ変わるべく、
大規模な改修工事を受けていたのである。
輸送区画の大規模改装。
輸送艦【出雲】の最大の能力、存在意義である輸送力を完全に潰し、輸送区画、つまりカーゴ…積み荷区画を、
巨大なCIC (コンバット・インフォメーション・センター)に作り変え、
総司令部がそこに常駐し、情報収集、情報分析、戦況判断、艦隊指示などの、一連のインテリジェンス業務。
これを旗艦である【出雲】に集約させる事を意図しての改装工事であった。
その、CICに改装途中のカーゴ内。
まだCIC完成にはほど遠く、固定されていない仕切り用の隔壁やコードなどが、
無重力の世界に身を任せ、プカプカと浮いている中、たくさんの作業員が完成を目指し、作業を行っている。
その作業員の中に混じり、一人の上級士官がぶ厚い書類を手に、CIC完成までの進捗状況を確認していた。
彼の名は、緑川伸弥。階級は中佐。
国連軌道宇宙軍当時は、日本国方面団の参謀を務め、今は第3軍総司令部、総司令官付きの副官である。
第3軍、通称【曽ヶ端軍団】が結成されると同時に、緑川少佐は、中佐に昇進した。
総司令官の副官であるならば、余計な権力を持たず、さりとて下士官に「なめられない」少佐辺りが適任ではあるのだが、
緑川少佐が副官に任命され、大隊規模の部隊に対して指揮権を持てる「中佐」に昇進したと言う事は、
曽ヶ端少将の信頼が厚く、緑川中佐の声=曽ヶ端少将の声である声を如実に表し、
周囲の兵士達や士官達は、暗黙の内にそれを了承していた。
側壁に設置されている足の固定バーに、足を引っ掛け、姿勢を安定させながら、
分厚い図面とCIC内の機材レイアウトを確認している緑川中佐。
その緑川の背中に、「中佐、中佐!」と、声がかかる。
聞こえて来たのは女性の声。
緑川が振り返ると、この【出雲】のCIC担当室長に任命された、小坂少佐の姿が。
緑川中佐「小坂少佐、どうしました?」
宙に浮いて、フワフワと動く眼鏡を指で押さえ、緑川は笑顔で敬礼した。
小坂少佐「第1軍の戦況…最新の情報が更新されました」
緑川中佐「…ほう?」
小坂少佐「四回目の強行偵察も、収穫ありです。神格型の活動範囲を捉えた様ですよ」
緑川中佐「それは興味深い、具体的なデータは示して来ていますか?」
小坂少佐「正式には戦況報告書にてと記載されていますが、生データを解析したら、見えてきました♪」
緑川中佐「友軍のデータベースを深く覗いちゃいましたか、いけませんねえ(笑)」
苦笑いする緑川中佐。
小坂少佐の物言いは、あくまでもソフトであるが、
要は第1軍のデータリンクしていない、公表していないデータにハッキングを仕掛け、成果を得たと、
とてもじゃないが大声で言えない事を、緑川中佐に報告しているのだ。
しかし、苦笑するだけで、それを咎めない緑川中佐も、
まるでそれを望んでいるかの様な口振りであった事も、確かな事である。
小坂少佐「成層圏下層まで上昇出来る、進化した神格型は、海岸線から約15km沖合辺りまでしか出て来ない。
つまり、外洋まで出られず、陸地から見える水平線辺りまでが、活動限界かと」
緑川中佐「!」
【物体E】神格型についての考察
海岸線から約15km沖合辺りまでしか出て来ない。
外洋まで出られず、陸地から見える水平線までが活動限界。
ジョシュア・カリー准将率いる、統合宇宙軍第1軍からもたらされた情報。
正確に表現すれば、まだ発表される前の内容を、無断で拝借し、覗いた情報。
その情報が、緑川中佐を震撼させ、鳥肌を立たせる。
もちろん、表向きには、飄々として、つかみどころの無い人物像はそのままに。
緑川中佐「そこまで結果を出すのに、無傷ではいられなかったはずですが、やはり、…被害は出ましたか?」
小坂少佐「はい、APE3個小隊の内、1個小隊は壊滅。輸送艦隊1隻大破後放棄、1隻小破です」
緑川中佐「まあ、ある意味、順当な被害内容ですね」
右手を口に当て、考える素振りを見せる緑川中佐。
しかし、それを見詰める小坂少佐は、緑川中佐が第1軍の被害を…亡くなった兵士達を惜しんでいるのか、
はたまた、被害などに脇目も振らず、「その先」の事に考察の羽を羽ばたかせているのか、計りかねている。
緑川中佐の表情が読めないのだ。
そして、数秒の間沈黙していた緑川中佐が、改めて口を開いた。
緑川中佐「少佐、案外我々の出番は早いかも知れない。【出雲】の改装…ベースを上げられますか?」
小坂少佐「データの移植は半月あれば充分。それと、例の【黙示録兵器】は、後1ヶ月もあれば換装終了します。
改装工事は人員を補充し、作業シフトの見直しを行いましょう」
緑川中佐「シフトは24時間体制、完成目標は30日以内、この線でお願いします」
小坂少佐「さ、三分の二に…短縮ですか?」
緑川中佐「せざるを得ない…、そう承知しておいてください。あまり我々が時間をかけると、第1軍が再び強行偵察を行う可能性もあります」
沈黙する小坂少佐に、緑川中佐は微笑む。
緑川中佐「神格型の行動範囲が掴めさえすれば、第1軍が犠牲を払いながら、わざわざ戦力を出し続ける意味が無いのです。
神格型は、我々第3軍が狩る。そして、第1軍には来るべき日まで備えて貰う」
小坂少佐「来るべき日、ですか?」
緑川中佐「第二次南極大陸侵攻作戦ですよ♪」
小坂少佐「…なるほど!」
緑川中佐「第1軍の手持ちのカードは、せいぜいツーペア。どんなにブラッフを仕掛けても神格型に勝てる訳がない。
ジョーカーを含めた、ストレートフラッシュを持ってる我々が、コールする番なんですよ」
微笑みながら語る緑川。
その眼鏡の奥に、何かしら強い意志を感じた小坂少佐であった。




