それでも、前に進まなきゃ
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日本国コロニーNo.1【東京】で、エリオット・コバヤシ中将と、曽ヶ端誠少将が、応接室で美味い酒に舌鼓を打ち始めた頃。
ここ、日本国コロニーNo.3【中京】では、意を決したメリルが、カオルと、相対していた。
場所はメリルの自宅、時間は夕方。
メリル「ただいま♪」
仕事を終えて帰宅したメリル、手には何か…封筒の様な物を持っている。
カオル「…お帰りなさい」
カオル用に与えられた部屋から、顔を覗かせるカオル。
未だに荷物すらほどかないその部屋で、カオルはただ無為に時間を過ごしていただけだった。
再び顔を引っ込め、自室に籠もろうとしたカオルに、
メリル「カオル、ちょっと待って」
メリルが声を掛ける。
カオル「…何ですか?」
生きているのか、死んでいるのかすら自覚出来ない様な、カオルの曇った瞳。
その瞳に映ったのは、メリルが手にした封筒。
メリル「官舎の入り口にね…、ショーンやミカ、エレノアに美田園恭香、レイモンド姉弟が私を待ってて、
【カオルにこれを渡してくれ】って」
カオル「ショーン…達が?」
メリルに促され、封筒を手に取るカオル。
カオル「…これ…は?」
封筒から取り出したのは、一枚の入場チケットとチラシ。
チラシには目立つ字で、『グラビティ・ブースト四日市店3月31日堂々オープン!
オープニングイベントに【TEAM・GALAXY】来店、君もチームを組んで【TEAM・GALAXY】に挑戦だ!!』
と、書かれている。
思わず、メリルの顔を見上げるカオル。
メリル「明日、10時に入り口で待ってるって♪行ってあげなさい、カオル」
カオル「で、でも…僕は…」
顔に暗い影を落とし、躊躇するカオル。普段のメリルなら、ここで諦めていた。
嫌がるカオル、躊躇するカオルをそれ以上刺激しない様に、簡単に引き下がっていた。
しかし今日のメリルは、引き下がる事をやめて、カオルの心のドアを、強引にこじ開けようとしたのだ。
メリル「行こう、カオル!私も一緒について行ってあげるし、何より…カオルの事が大好きな仲間達が、
あなたを愛する人達が、あなたが来るのを待ってるよ♪」
メリルは思う。
自分が嫌われていようと、亡くなったカオルの母レイコ…フェイシャと自分を比べられて、母親失格の印を押されようと、
今は強引にでも、外に出さなければならない。
そして、母だけがカオルと世界を繋いだのではなく、カオルはもっと、もっとたくさんの人達とつながり、
そして、その人々から愛されているのだと。
愛が終わった訳じゃない、世界が終わった訳じゃないのだと。
それをカオルに知って欲しいのだと。
「すいません、ちょっとだけ考えさせてください」と、自室へと籠ったカオル。
だが、メリルに握られた自分の右手。その右手のぬくもりに、カオルは何か懐かしい、
母との別れで失っていた、何か懐かしい感情を、蘇らせていた。
そして、日付は変わり、当日。
場所は『グラビティ・ブースト四日市店』。
【グラビティ・ブースト】
この時代、宇宙で生きる人類にとって、一番メジャーな娯楽・スポーツである。
無重力条件下の屋内空間において、一周、400メートルのサーキットコースを、
様々な障害物を避けながら、身体だけで無重力遊泳を行い、各ポイントにちりばめられた加点ボタンを押しながら、
タイムと得点を競う競技である。
個人タイムアタック、チームタイムアタック、チームバトルロイヤルアタックなど、
個人でも、チームでも楽しめる競技である。
また、その絶大な競技人口と人気により、
プロチームによるグランプリ競技も、通年開催されている。
『グラビティ・ブースト四日市店』
コロニーNo.3【中京】で、重力の発生しない、ドーナツ型コロニーの中心部分に設営された、巨大な箱型空間。
内部通路との接点には『グラビティ・ブースト四日市店』と、でかでかと看板が掲げられていた。
時間は午前10時
ふわふわと…
入り口の空間で手すりを掴み、不安げな表情で通路を見守る、ショーン達の姿が。
もちろん、視線の先に現れるであろう「ムナカタ・カオル」を待っている。
ショーン・カザマ
ミカ・カートライト
エレノア・シグニス
美田園恭香
カスミ・レイモンド
ヒロノブ・レイモンド
同じ四日市東高校の生徒で、同じ統合宇宙軍の奨学生。
そして、同じ船で訓練航海を体験し、同じ悲劇を垣間見た仲間。
【カオルは必ず来る!】
彼らの目はそう力強く訴えていた。
ヒロノブ「10時…5分」
ショーン「心配するな、カオルは必ず来る」
ミカ「うん、カオルは必ず来る」
一分…また一分過ぎて行く、まるで時間が止まったかの様な、緊迫感漂う張り詰めた空気の中、
コロニーNo.3本体の機密扉が空き、通路を遊泳して来る二つの影が。
エレノア「あっ、ああっ…!」
カスミ「カオル…カオルさんだ!!」
恭香「良かった…ホント…良かった♪」
そう、現れたのはメリル特務中佐と、
彼らが待ち焦がれていた人物、ムナカタ・カオルであった。
「カオルッ!!」
入り口で待たず、ダッシュでカオルの元へ飛んで行く仲間達。
他者の迷惑になりながら抱き合い、天地無用の「団子」状態になってしまった。
カオル「聞いた、全部メリルさんから聞いたよ」
ショーン「聞いた?」
カオル「みんな…ありがとう。赤磐先輩や伊達会長と一緒に、僕が殴った生徒の家へ、
何度も何度も、謝りに行ってくれてたんだね」
ミカ「カオル!」
カオル「学校にも助命嘆願書を…。みんな…ごめん!ありがとう!ありがとう!ありがとう!!」
ショーン「ところで…」
エレノア「この団子状態(笑)」
カスミ「何とかしてぇ!」
恭香「…あん!か、カオル君!…そこ、ダメ!私の…!」
満面の笑みを浮かべ、無重力空間で抱き合うカオル達を見詰めるメリル。
そう、メリルはカオルに話したのだ。
ショーンやミカ達が、カオルが戻って来れる様に奮闘していた事。そして、美田園恭香が罪悪感にさいなまれている事。
【私が死ねば、母レイコは助かったんじゃないか?】と、今でも美田園恭香が苦しんでいると。
そして、メリル自身もカオルに告白し…更に謝罪した。
メリルがずっと持ち続けていた気持ちを、カオルに吐露したのだ。
【私達を助けなけさえしなければ、レイコは助かっていた。本当に申し訳ない】と。
カオルは怒った
「そうじゃない!悪いのは僕だ!」と。
その怒りは、カオル自身が問題を起こしても、誰も自分を責めない、周囲への優しさに向けられていた。
そして、カオルは気付いた。
【みんな、傷付いているのだ】と。
停滞したそれぞれの人の想い、痛み、自責の念。
それらを打ち破ろうと、とりあえず前に進もうと、
カオルはこの場へやって来たのであった。
ショーン「よし、わかったわかった(笑)とりあえず…とりあえず!受付終わらせて遊ぼうぜ!」
カオル「そうだね…そうだね!」
ミカ「チーム【フォックスロット1】再始動だ♪」
エレノア「あ…圧死する」
恭香「か、カオル君!そこ、ダメ…私もうお嫁に行けない…(涙)」
無重力状態の中、肉団子がくるくると回転しながら、受付に向かう…。
カスミ「これ、いい加減何とかならない?(笑)」
ヒロノブ「それでも、前に進まなきゃ…ね(笑)」
恭香「ダメ…カオル君…指動かしちゃ…ああ!」
いよいよ、仲間全員が集まった。
そして、本当の春がやって来た。
今だけは、みんな、そんな瞬間を楽しんでいた。




