恭香「私達と会うと心が痛い」
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3月も終わりに近付く頃。
国民投票で、コロニー内の気温や風景設定に「四季」を導入した日本では、春真っ盛りとなっている。
ここ、日本国コロニーNo.3【中京】でも、コロニー内の気温は、
冬終わりから徐々に上昇を始め、今では20度を越える暖かさとなっている。
天井のスカイモニターは、春霞に染まった優しい青空が映え、
壁面のモニターには、鮮やかな満開の桜が、風に揺られていた。
市立四日市東高等学校
今は春休み。
4月に新たな一年生を迎えるまでは、一部生徒の為に解放されているだけで、
今は静かに新学期の始まりを待っている。
「一部生徒」
それは、統合宇宙軍の奨学生コースを専攻している生徒の事。
一年の間に、度々訓練航海に出る彼等の為に、遅れがちな通常科目を補填する為の、
補習授業が行われていたのであった。
キーンコーン
カーンコーン…
ある日の夕方
全ての授業が終わり、統合宇宙軍奨学生の生徒達が「わらわら」と家路に急ぐ中、
その生徒達の集団の中に、カオルの友人…ショーン達「いつものメンバー」がいた。
ミカ「伊達会長…元気にやってるかな?」
ショーン「元気も何も、まだ4月にもなってないし(笑)」
エレノア「庸子は相変わらず元気よ。引っ越しの準備も終わって、やる事ないからって、
毎晩私の部屋に来て、勉強の邪魔してる」
恭香「た…楽しそう」
エレノア「庸子は楽しいかも知れないけど、私は良い迷惑」
そう突っぱねているエレノアではあるが、表情からして、心底嫌がっていない事がうかがえる。
エレノアはエレノアで、庸子といられる残り少ない時間を、楽しんでいたのだ。
カスミ「早く…新学期にならないかしら」
ため息混じりにつぶやくカスミ。
ヒロノブ「姉さんは、口を開けばそればっかり」
カスミ「だって…」
ショーン「後もうちょっとの我慢だよ(笑)」
エレノア「うん」
ミカ「そうね、後ちょっと我慢すれば」
恭香「…うん♪」
後ちょっと我慢すれば、新学期になれば、「彼が帰って来る」。
彼らの心の冬も、いよいよ…雪解けが迫っていた。
「それじゃ、また明日」
「バイバイ」
「またねえ」
リニアバスの停留所で別れる仲間達。
ショーン、ミカ、エレノアは、一般住宅エリア行きへ。
恭香、カスミ、ヒロノブの三人は、統合宇宙軍所有の宿舎へ。
リニアバスに乗り込み、釣り革を掴み、発車を待つ恭香、カスミ、ヒロノブ。
車窓から見えるのは、風景とはとても言いづらい、狭いトンネルに壁面の環境風景モニター。
窓に映る自分の姿。
誰よりも…リニアバスに乗車している、子供達よりも、カスミやヒロノブよりも、成人男性よりも、背が高い恭香。
地球重力「1G」環境のコロニーでは無く、生まれた時から、月の「6分1G」重力で育った恭香。
月にいる時は、友達や家族、周囲が全て身長が高く、何ら違和感は無かったのだが、
交歓留学生として訪れた日本国コロニーNo.3【中京】では、徹底的に好奇の目に晒された恭香。
ただでさえ、シャイで人見知りで、引っ込み思案な性格が、好奇の目と、クラスのイジメが原因で、完全に心を閉じてしまっていた。
しかし、そんな冷え切った恭香の心を暖めたのはカオル。
怯える彼女に手を差し伸べ、昼食を共にし、奨学生の仲間達との絆を深める事に協力してくれた。
明るくて、行動的で、多くを語らなくても、素敵な笑顔で場を和ませ、
そして、強靭な意志で訓練と言う試練に挑み、
その躍動感溢れるカオルの姿に誰もが惹かれ、そしてカオルについて行く。
そんな、ムナカタ・カオルに想いを寄せる恭香。
カオルが直立不動で立っても、自分の胸の辺りにカオルの頭がある、
自分が見下ろさなければ、カオルが見上げないと、目すら合わせる事の出来ない相手ではあるのだが、
カオルと過ごした日々を重ねれば重ねるほど、カオルと離れて言葉すら交わせない日々が、重ねれば重ねるほど、
彼に対する想いは、しぼむ事無く、どんどんと育って行く。
そして、必ず彼を想う時に、彼女を襲う極大の罪悪感。
「恭香自身とメリルを助けた代わりに、カオルの母さんは死んだ」
「私が死ねば、カオルの母さんは死ななくて良かった」
そう、恭香はカオルが好きだ。
好きではあるのだが、同時に彼女は、姿を現さないカオルを想えば想うほど、
立ち直れない程に傷ついていた。
ダイヤモンドカッターで、心をザクザクに切りつけられる様に。
恭香「た、多分…カオル君…出て来ない」
カスミ「!?」
ヒロノブ「恭香さん?」
新しい会長に就任した、久遠礼二。
なかなかに奨学生友の会にも参加しなかったこの生徒が、どんな人物なのかと、
カスミとヒロノブが喧々囂々と議論をしていた時、恭香の口からポツリと漏れたのだ。
もちろん、カスミやヒロノブにとっても、新しい生徒会長よりカオルの今が心配。
二人揃って恭香を見上げる。
カオル「恭香ちゃん。カオルさんが…出て来ないって?」
恭香「え?…いや、あの…」
カスミとヒロノブに向かって言った言葉ではなく、ついつい、独り言をつぶやいてしまった恭香。大いに慌てている。
ヒロノブ「恭香さん、別に姉さんは起こってる訳じゃないです(笑)
多分、恭香さんも分かると思いますが、姉さんも心配なんですよ」
カスミ「恭香さん、教えて。どうして恭香さんが、そう思うのか」
恭香「う、うん…」
もじもししながらも、思った事を声にする恭香。
恭香「カオル君…多分、私達が想像する以上に…傷ついてる。わ、私達とも…顔を合わせたくない…くらいに」
カスミ「…そうね」
ヒロノブ「でも、時間が解決するから、カオルさんが新学期に学校へ来るまで、
僕達もそっとしておこうって」
恭香「うん…、でも、新学期に…カオル君来るって…誰が…決めたの?」
カスミ「!!」
ヒロノブ「なるほど!」
『次は、統合宇宙軍四日市港 (ポート)前、軍港行きのお客様は乗り継ぎです』
車内に案内のアナウンスが響く。
恭香達は、終点「職員官舎エリア」までこのリニアバスに乗車したまま。
プシュウウウ…
停車するリニアバス。扉が開き、ゾロゾロと乗客が降りて行く。
新しく乗客がリニアバスに乗って来る前に、空いたシートに座る三人。
恭香「メリルさんの家に行っても、た…端末に連絡しても…、カオル君…絶対に私達に会おうとしなかったの、私…今なら分かる」
カスミ「教えて、恭香ちゃん」
恭香「私達と…会うと、カオル君…お母さんを、思い出しちゃう」
ヒロノブ「!」
カスミ「私達も、お母さんの最後の記憶につながってる…」
ヒロノブ「そうだね。だからカオルさんは、僕らと連絡すら取ろうとしない」
恭香「わ、私達と会うと心が痛い…から、こ、このままだと…カオル君…学校に来ない」
恭香の言う事も、もっとも…。
沈黙するカスミとヒロノブ。
確かに、カオルが想う、母レイコとの記憶の中で、幼い頃からの甘い記憶は別として、
母が死を迎えた際の鮮烈で残酷な記憶には、国連軌道宇宙軍当時の、ショーン達奨学生の姿も盛り込まれている。
母の死に際を思い出せば、ショーン達の仲間も思い出す。
その逆に、ショーン達仲間を思い出せば、母の死も思い出してしまうのだ。
カスミ「でも、それが分かったからって…、私達どうすれば良いのよ」
うつむくカスミ
三人共に、満員のリニアバスの中、長椅子に座り、
妙案も浮かばないまま、うつむく。
ヒロノブ「でも、奨学生を辞退するには、高い違約金が必要になるんじゃ?」
カスミ「バカね、カオルさんのお母様の遺族年金があるでしょ」
恭香「カオル君…元気になって欲しい。そうじゃないと、私が…つぶれちゃい…そう」
とうとう、鼻声になる恭香。
このままでは、人目もはばからずに号泣しそうな勢いだ。
「どうしたものか…」
途方に暮れる三人の中で、ふと、
ヒロノブが天井からぶら下がっているADモニター(アド=広告モニター)に視線をやる。
すると
ヒロノブ「…!!」
ヒロノブの脳裏に、何かが閃く。
ヒロノブ「これだ、これこれ♪これでカオルさんを引っ張り出したら!」
カスミと恭香に対し、ヒロノブが指を差し示す。
カスミ「ええっ!?」
恭香「ど、どうするのぉ?」
驚くカスミと恭香。ヒロノブが指差す方向、ADモニターには、
『グラビティ・ブースト四日市店 3月31日堂々オープン!
オープニングイベントに【TEAM・GALAXY】来店、
君もチームを組んで【TEAM・GALAXY】に挑戦だ!!』
と、表示されていた。




