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オキュパイド・アース ~占領下の地球~ 原案  作者: 振木岳人
統合宇宙軍誕生編
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カオル「軍の奨学生をやめた場合の、違約金の試算結果通知です」




統合宇宙軍


第3軍、通称「曽ヶ端軍団」総司令部付き、情報保全部、部長。

メリル・ウィルドット特務中佐、34歳




料理は「ド」下手である。




元々、国連軌道宇宙軍と民間資本が提携して設立された合資企業、

軍用通信機器大手のアトランティック・インダストリアル社の、創業者の家系で、

「箱入り娘」として何不自由無く育ったメリルが、料理の腕前がある方がおかしい。


時間が来れば、囲んだテーブルの上座にいる父親が「パンパン!」と、乾いた手を叩けば、

幼い彼女の目の前には、合成食材ではなく、天然食材の高級料理がズラリと並んだのだ。


そういう環境に育ったメリルが、まともに調理場に立った事の無いメリルが、

自分の食事どころか、他人の為に料理するなど、天地がひっくり返る程の出来事なのである。


他人の為…。


それはつまり、亡きレイコの息子であるムナカタ・カオルの為。

自宅に引き取ったカオルの為に、彼女は日夜、悪戦苦闘していた。




メリル中佐「痛っ!」




メリル中佐「痛たっ!!」




日本国コロニーNo.3【中京】に朝時間が来た。


夜時間が終わり、コロニー内は照明が徐々に点灯され、住人に、朝が来た事を告げる。

旧国連軌道宇宙軍、今は統合宇宙軍の官舎の一つ、メリル中佐宅の調理場。

メリル中佐は今、包丁を「むんず」と掴み、まな板の上のトマトと格闘している。


だが、どうやら、あちこち指を切り、メリル中佐の格闘は、敗北につぐ敗北が続いている様だ。




メリル中佐「ううう…」




涙目で絆創膏を指に巻くメリル。


隣の調理台には、トーストしたパンの上に、

レタスとベーコン、チーズが乗せられている。




メリル中佐「この…皮が、トマトの皮が…」




イライラしながら、トマトスライスを作ろうとするのだが、トマトの上に包丁を乗せて力を入れると、

トマトの皮に思うように刃が当たらず、「つるん!」と表面で包丁を滑らせる。




メリル中佐「キィーー!!!」




イライラも頂点に達し、悲鳴を上げながら、髪の毛をかきむしっているメリル。


背後では、眠そうな顔をして起きて来たカオルが、ガッツン!ガッツン!と、

包丁をまな板にぶつけるメリルの姿を見て、顔を真っ青にしていた。




カオル「あ、あの…おはようございます」




メリル中佐「あっ!あはは!…あははは!カオル君、おはよう」




何とか笑いでごまかし、真剣にトマトスライス作りに向き合うメリル。




メリル中佐「カオル君、顔…先に洗ってきなさい。そしたら、朝ご飯にしよう♪」




メリルは背中越しに、カオルへそう伝える。




カオル「はい」




すすっと、洗面所へ姿を消すカオル。




カオルの「はい」と言う返事。


明るさも、抑揚も、憎しみすらなく、ただ言われるがままに答えた、

言霊の無い言葉である事は、メリルも承知している。


季節は晩冬に入り、徐々に陽気は回復する。

春休みに入った学生ならば、クタクタになるまで遊んだり、図書館へ通って勉強したり、

何かしら、持て余すパワーを発散される事がらがあって良いはずなのだが、


謹慎中のカオルは、どこへも遊びに行かず、友人からの連絡は無視し、

心配した友人が来訪しても無視。

ただただ、一人で部屋に引きこもり、深夜になると家を抜け出し、母レイコの墓に行くだけの日々。


そう、今のカオルは生きる屍、目が死んでいた。母の死が、快活なカオルを完全に変えてしまったのだ。




メリル中佐「カオル君、用意出来たよ」




洗面所に声を掛ける。

さっぱりさせたカオルが出て来て、食卓を前にする。


テーブルの上には、牛乳とシリアル。

そしてサラダと…




メリル中佐「カオル君、ごめん。目玉焼きの予定だったんだけど…」




皿の上に鎮座しているのは、油をひきすぎて、焼いたと言うより、揚げた玉子。

それも、黄身がはじけて、グシャグシャになった、メリル渾身の…迷走の一品。




カオル「いえ、わざわざありがとうございます」




感動も、ツッコミすらせず、頭を下げるカオル。


「良かったら食べて」

表情こそ平静を装っているが、カオルのよそよそしい態度に、幾分瞳を曇らせるメリル。

会話の無い、静かで奇妙な朝食が始まった。




メリル中佐「あっ、そうだ!」




よそよそしくも、わざとらしいメリルの驚きに、視線を上げるカオル。




メリル中佐「昨日…カオル君宛てに、統合宇宙軍から手紙が来てたね。新しい部隊、決まったの?」




精一杯頑張った…作り笑いに近い笑顔で、カオルに問い掛けたメリル。

カオルは再び目を落とし、視線をメリルから反らしながら




カオル「いえ。…軍の奨学生コースをやめた場合の、違約金の試算結果通知です」




メリル中佐「…!!!」




カオルは奨学生をやめようとしている!


メリルに衝撃が走る。




プロジェクト・ペイルライダー、プロジェクト・ゴーホーム。

レイコ・F・ムナカタが命がけで産み、そして育てた人造の神。

人類が地上に立つ為の、最後の望み。99式APE【蒼騎】唯一のパイロット。

カオルについては、様々な「極秘の肩書き」がついて回る。


それだけ、最重要機密ではあるが、カオルの存在は人類の未来にとって欠かせない要素なのだが、


この時メリルは、カオルが軍をやめると意志表示した際のメリルは、

ゴチャゴチャと細かいそれらの理由など全く頭に無く、

ただ単純に、たった一つの理由で衝撃を受けたのだ。


【レイコを、そこまで愛していたのか】と。




メリル中佐「カオル君、軍…やめるの?」




メリルは知っている。カオルが何故、軍人を目指したのか。

シングルマザーのレイコを、早く楽をさせてあげたい一心で、国連軌道宇宙軍の奨学生コースを選んだ事を。




カオル「無理…でした」




メリル中佐「無理?」




カオル「僕が働いて、数年で何とかなる額じゃありません」




メリル中佐「で、でも…、遺族への支払い金が」




カオル「あのお金は、母さんがこの世に生きた証だから…。手をつけるつもりはありません」




メリル中佐「カオル君…」




カオル「だから、…このまま軍人になる事を選びます」




(彼は目的も希望も失い、全てを諦めている)

それに気付いたメリルではあるが、だからといって、カオルに対して自分は一体何が出来るのか、

メリルの中ではまだ答えが出ていない。


重苦しい時間から逃げ出す様に、メリルは仕事に向かった。



カオルの昼食用に、トマトスライスを入れた、ベーコンサンドを渡して。





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