つまり、嫌なヤツだな
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日本国コロニー1、首都【東京】
日本の政府機関が集中する、名実ともに日本の首都。
【中京】の様な工業用のドーナツ状コロニーとは違い、人々の生活環境をも重視した、
円筒形コロニー3基で構成された、「空のある」コロニーである。
人工ではあるが、小川の清流には小魚が泳ぎ、森にはリス等の小動物がかしましく動き回る。
庭のある家で人々は、地上と同じく、太陽の恩恵を受けながら生活する。
そんな「宇宙」を忘れさせてくれる世界が、この円筒形コロニーにはあった。
3基あるコロニーの1つ、政府機関と各国の出先機関、そして、
国連軌道宇宙軍の日本国方面団本部などが密集する、通称「霞ヶ関」。
今、亜宇宙戦術空母群4番艦「フィン・マックール」の乗組員達が、
我先にと、繁華街へと繰り出していた。
時間設定はまだ昼。しかし、機密隔壁で太陽光さえ届かない空母で航海していた乗組員達は、
それこそ「昼も夜も関係無え!」とばかりに、我先にと繁華街へ繰り出し、
酒をあおり、料理に舌鼓を打っている。
そう。「フィン・マックール」の南極大陸攻略戦は、今終わったのだ。
南極大陸からの全軍撤退後も、亜宇宙戦術空母群の5艦は、地球軌道を周回し続け、
あらゆるデータ収集と、南極大陸から逃げ遅れた兵士がいないか、捜索を続けていたのだ。
過労…そして緊張から解き放たれた乗組員達は、仲間の死を悼みながらも、
重圧から自らを強引に解放した様に、「意図的に」陽気に振る舞っている。
繁華街の一角、飲食街の奥。
看板のネオンが煌めく店が立ち並ぶ中の一つ、西部劇風バー「テキサス・レンジャー」のカウンターに、
フィン・マックールAPE部隊の、小隊指揮官…、朝霧【少佐】が、独りで座っていた。
「お待たせ♪」
ヒゲだらけの、陽気な店主が、朝霧少佐の目の前に皿を差し出す。
ホットドッグにフライドチキン、マッシュポテトを盛り合わせたプレートだ。
店主「どうする、酒のお代わりはいるかい?」
朝霧少佐の手元にある、空になったショットグラス。
朝霧少佐は「悪いね、お願い」と、グラスを差し出し、テキーラのお代わりを要求した。
そして、「ぱくり」と、人目をはばからず、大きく口を開けてホットドッグをほうばる少佐。
カウンターには彼女一人、背後のボックステーブルには、フィン・マックールの乗組員達が、
何組かに別れて、賑やかに酒を酌み交わしている。
口の中のホットドッグを、テキーラのロックで胃に流し込み、再びホットドッグを口に…。
長旅から解放されたものの、朝霧少佐の表情に笑顔は無い。
今の朝霧少佐に、笑顔を作る余裕が無いのである。
ホットドッグを、フライドチキンを、マッシュポテトを、口に運ぶ度に、
テキーラのロックを「グイッ!」とあおる。
もう、何杯目のお代わりかも判らなくなっている中、朝霧少佐のその「作業」を止める者が現れた。
「…ご一緒しても宜しいですか?」
背中にかかる声、振り返る朝霧少佐。
そこに現れたのは、国連軌道宇宙軍の軍服姿。
切れ長の目が印象的な、長身で黒髪の男性。
襟章から見るに、どうやら朝霧少佐と同じ佐官。
朝霧少佐「…?」
朝霧少佐は、この時代には珍しい、黒縁の眼鏡に注目する。
すると、「どうも科学療法は苦手でして(笑)」と、言いながら眼鏡を持ち上げる。
朝霧少佐「ご一緒したいのなら、名乗るのが礼儀じゃないかしら?」
と、言いながら、店主にテキーラロックのお代わりを頼む。
「これは、失礼しました。緑川伸弥、少佐です」と、うやうやしく一礼する男性に、
朝霧少佐は頷き、隣の席につく事を認めた。
緑川少佐「彼女と同じものを」
緑川少佐は、朝霧少佐と同じく、テキーラロックを頼み、届いたところで軽く乾杯。
軽々と一気に飲み干し、余裕の笑みで、店主にニ杯目を要求する。
緑川少佐「フィン・マックール、APE小隊の朝霧少佐ですね?お噂はかねがね聞いております」
朝霧少佐「チッ…」
緑川少佐「おや?何か私は不興を買う様な事を…」
朝霧少佐「私の素性を知っていて、近付いて来たんだ。口説こうとしてる訳じゃないのは理解した。
つまり、嫌なヤツだな」
緑川少佐「これは手厳しい(笑)」
苦笑する緑川少佐
朝霧少佐「所属は?…私に何の用だ?」
緑川少佐「日本国方面団、本部付きの参謀をしてます」
朝霧少佐「ふうん、汗もかかない出世コースさんが、私に何の用?」
緑川少佐「引き抜きです(笑)」
朝霧少佐の痛烈な皮肉をヒラリとかわしながら、
満面の笑みを浮かべ、堂々とそれを言う緑川少佐に、
朝霧少佐は一瞬、口に含んだテキーラを吹き出しそうになる。
朝霧少佐「…堂々と言い過ぎだろ、それに、人事なんざ上で決める事だ……!」
ここで朝霧少佐は、自分の言っている言葉の内容に、自分自身で驚く。
と、言うのも、軍の人事は、あくまでも上層部が決定する。
佐官クラスの緑川少佐が、同階級の朝霧少佐を「引き抜く」事など有り得ない。
しかし、それを承知で緑川少佐はやって来た。
それはつまり、これから引き抜こうと画策しているのではなく、既に上層部に…
朝霧少佐「貴様、何を企んでいる?内容によっては容赦しないぞ」
緑川少佐「いやいや、容赦してください。私なんか多分、一発のパンチで沈みますから」
(どこまで本気なんだ、この男は…?)
飄々とした緑川少佐のペースに、完全に乗せられている朝霧少佐。
しかし、朝霧少佐は少佐で、この状況下でも、何とかしてこの緑川少佐から情報を引き出そうと、
脳内でアルコールと格闘していた。
朝霧少佐「概略を説明しろ。内容によっては、いざ移動となっても、私が協力する度合いが変わって来る(笑)」
緑川少佐「さすがです少佐。私に許されている限りの内容は、ご提示しましょう」
そう言って、緑川少佐はニコニコしながら、経緯を語り始めた。
軍部内では周知の事実だが、来週統合宇宙軍が誕生する事。
そしてその際、大規模な軍組織の改編がなされ、
役所的な個別セクションを統合・廃止し、軍団形式の組織になる事。
もちろん、亜宇宙戦術空母群も…。
緑川少佐「今現在の人的資源では、多くて第1軍から第5軍まで作るのが精一杯。
当然、兵士の誰もがそこに属する事になります」
朝霧少佐「貴様もな」
緑川少佐「ええ、そうです♪」
朝霧少佐「それで、貴様が属する軍団のお偉い連中が、私が欲しいと、言っているのか」
緑川少佐「フィン・マックールのエースパイロットで、訓練部隊の教官も兼ね、
生還率2割の南極から帰って来た数少ないパイロット」
朝霧少佐「…あれは運が良かった、それだけだ。」
緑川少佐「いえ、あなたの戦闘記録映像を拝見しました」
朝霧少佐「…何?」
ここで、緑川少佐の眼鏡が輝く…、輝いた様に、朝霧少佐には見えた。
緑川少佐「続々と撃墜される僚機、圧倒的不利な状況の中、退却命令が出ても、
あなたは最後まで撤退部隊を守りながら、ある映像を残した」
朝霧少佐「…」
緑川少佐「あの恐ろしい戦闘状況下で、朝霧少佐、あなたはパニックすら起こさず、
撃墜した【物体E】を、つぶさに観察していた」
朝霧少佐「そ、それは…」
緑川少佐「ガンサイトカメラに、色々と有益な記録が残っていました。
我々は、戦闘機械としての兵士より、あなたの様な何かを見極めようとする、そんな人材が欲しいのですよ」
朝霧少佐「褒め過ぎだ、何も出んぞ」
緑川少佐「ご謙遜を(笑)」
朝霧少佐「なるほど、何か読めた。曽ヶ端機関…曽ヶ端少将か」
怪しい「笑顔」で、朝霧少佐を口説いていた緑川少佐だが、
この朝霧少佐の一言で、瞬時に笑顔が消え去る。
冷たい眼鏡の奥、瞳まで冷たさを醸し出しているのだ。
緑川少佐「…読めた理由は?」
朝霧少佐「【物体E】の研究を独自に進め、【物体E】の情報を欲しがる。
それにここは日本、貴様は日本方面団。読めるだろ、普通(笑)」
緑川少佐「そうですか、読めますか。まあ、当たりなんですけどね(笑)」
朝霧少佐「貴様は…つかみどころの無い、本当に怪しいヤツだな(笑)」
緑川少佐「まあ、長いお付き合いになります。これからもよろしく♪」
朝霧少佐「だがな、それを告げに来たと言うのも、何か怪しいな。
まだ言い足りない事が、あるんじゃないか?」
緑川少佐「いやはや、あなたは本当に鋭い方だ。敵じゃなくて良かった♪」
朝霧少佐「敵は【物体E】だろ(笑)」
緑川少佐「いやはや、すいません。それで本題に戻しますね。あなたに、育てていただきたい少年兵がいます。名前は、…ムナカタ・カオル」
朝霧少佐「…!」




