ジョシュア・カリー【准将】
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「大佐、カリー大佐!」
国連軌道宇宙軍、軌道内方面参謀部のオフィス。
大量の書類を抱え、オフィス内の通路を歩く佐官クラスの人物の背中に、
若く、力のみなぎった快活な声がかかる。
「うん?」
その声に振り向いたのは、国連軌道宇宙軍、軌道内方面参謀部、総参謀長のジョシュア・カリー大佐。
そう、南極大陸攻略の際、副参謀長だったカリー中佐は、年が明けて大佐に昇進したのだ。
軍隊と言う組織内において、「惨敗」と言う結果が何故、昇進と言う真逆の状況に結び付くのか?
全体主義社会なと、軍部が政治に介入する強権政治では、戦闘による敗北と言う事実は抹殺される。
しかし、「報道の自由」が保証される、民主主義社会において、戦闘による敗北と言う事実は、隠す事が出来ない。
報道規制を行ったとしても、規制をかいくぐり、必ず情報は表面化する。
ならば、「敗北」を民衆の目から反らし、厭戦ムードを育てない為にはどうすれば良いのか。
これがつまり、「昇進」と言う作業に繋がるのだ。
【英雄】を作り上げ、マスコミに取り上げさせる…。
美談をもって、民衆から敗北の事実を忘れさせる、印象操作。
昨今の国連軌道宇宙軍において、階級がどんどん上がる「昇進現象」は、ここに起因していたのだ。
ただ、他の側面もある。
南極大陸攻略戦の敗北で、国連軌道宇宙軍と、国連月宇宙軍は、
熟練の兵士から精鋭の将官まで、まんべんなく戦死させてしまった。
【完全に、人的資源が枯渇してしまったのである】
つまり、空洞化した組織内を充足させる為に、
昇進を行う事で組織の弱体化を補ったと言う事情も、確かにあったのだ。
前記にあるカリー中佐も結局のところ、
「退却する機械化歩兵部隊を、一人でも多く救出しようと、その場に留まり、
補給艦隊CICで粘り強く兵士達の救出活動を指示した中佐」と、言う理由で、
この、馬鹿馬鹿しくも寒々しい、昇進ラッシュの波に巻き込まれたのだ。
「カリー大佐!」
背後から声をかけて来たのは、新しくカリー大佐の副官に任官した、ヒロ・経堂中尉。
カリー大佐「どうした?」
経堂中尉「統合幕僚本部より、データリンク通信の要請です。至急大佐の執務室へ」
スチール製のプレートで【カリー大佐】と刻印が打たれ、扉に固定された部屋。
カリー大佐の執務室に、使用者である本人が帰って来る。
手狭な部屋、机と本棚と書類棚だけの執務室。椅子に座り、机の上にあるデータ端末のスイッチを入れる。
端末のモニターには、画面いっぱいに国連軌道宇宙軍の記章が表示され、メニュー画面に切り替わる。
メニュー画面にある、データリンク通信を選択し、「受信中」の項目を選択し、モニター画面が切り替わるのを待つ。
『すまないね、忙しいところを』
モニター画面の向こうに現れたのは、国連軌道宇宙軍統合幕僚本部長の、エリオット・コバヤシ中将。
椅子に座りながらも、丁寧な敬礼をし、カリー大佐はコバヤシ中将の言葉を待つ。
コバヤシ中将『少しは落ち着いてきたかね?』
カリー大佐「いえ、残務処理と新体制移行への手続きで、まだしばらくは、あわただしい日々が続きそうです」
コバヤシ中将『君ならこなせるさ。それに、そうでなくては困る(笑)』
カリー大佐「…はあ」
コバヤシ中将『忙しい身の君だ、雑談は後にして、用件を先に言おう』
カリー大佐「お気遣い、感謝します」
コバヤシ中将『君が立案した例の作戦案が通った』
カリー大佐「…!」
コバヤシ中将『作戦案に沿った兵器開発は時間がかかる。だが、予算は最優先で回すから、君が中心となって作戦を進めて欲しい』
カリー大佐「承知しました」
コバヤシ中将『そこでだ…君にまず、やって欲しい事がある』
カリー大佐「仮説を証明してみせろ…ですね?」
コバヤシ中将『察しが良いな(笑)』
カリー大佐「兵士達の生命と、軍の財産がかかってます。石橋を叩き過ぎて慎重だと笑われても、仮説の証明は必要かと」
コバヤシ中将『うむ。それと、人類の未来もかかっている事、肝に命じて欲しい』
カリー大佐「はい。それで、具体的なプランは…?」
コバヤシ中将『今送ったよ。画面の下にデータ表示されたはずだ、それを読み込みたまえ』
カリー大佐「承知しました」
コバヤシ中将『とにかく…突破口を見つけてくれ。
頼むぞ、【准将】』
カリー大佐「じゅ、…准将?」
コバヤシ中将『新体制の元で行われる、最初の作戦。その作戦指揮官が【佐官】じゃまずいだろ(笑)』
カリー大佐「作戦指揮官?私がですか?」
カリー大佐が驚くのも無理は無い。
軌道内方面参謀部…、つまり、地球と月の間、ラグランジュ・ポイントよりも地球軌道側を管轄する作戦本部において、
作戦を企画・立案するのが参謀部の業務であり、作戦運用は、実働部隊の業務になる。
つまり、軌道内方面参謀部、参謀長のジョシュア・カリー大佐は、
作戦を作る立場にありこそ、作戦指揮官として、現場指揮を取る事は有り得ないのだ。
だが、何故コバヤシ中将は、それを承知しながら、カリー大佐にそれを告げたのか…。
コバヤシ中将『来週、全世界に向けて【統合宇宙軍】の誕生が発表される』
カリー大佐「承知しております」
コバヤシ中将『今、大急ぎで、組織の再編成を行っているが、正直…、
参謀部を参謀部として存続させられる程、我々は人材的には潤っていない。
それだけは承知しておいて欲しい』
カリー大佐「つまりは、作戦立案から実行までを行う、軍団形式の組織になる…と?」
コバヤシ中将『そう考えてくれて良い。まだ名称・呼称は未定だが、君が第一軍の最高指揮官だ、カリー【准将】』
カリー准将「短い大佐生活でしたが、私も思うところがあります。楠木の死を無駄にしない為にも、全力を尽くします」
コバヤシ中将『准将、頼むぞ。君の部隊は、最優先で編成させる』
カリー准将「ありがとうございます」
コバヤシ中将『む?どうやら来客だ。准将、すまんな。ゆっくり話も出来ず…』
カリー准将「忙しい事は良い事です。暇だと人間…余計な事を考えてしまう」
コバヤシ中将『そうだな(笑)では准将、切るぞ』
モニター画面に向かい、敬礼するカリー准将。
通信映像の画面が消え、端末のメニュー画面が表示される。
すると、
「ふう…」
溜め息を吐きつつ、肩を落とす。
カリー准将「…民族や国を越えた、悲願の人類統一。その象徴になろうとしている【統合宇宙軍】。
名前は勇ましいが、中身は生き残りの寄せ集め。まさか…俺が出世コースに乗る程、弱体化しているとは」
自嘲気味に、皮肉たっぷりの言葉を吐き出しながら、
カリーはオフィスを後にした。




