おかあさん
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カオル「何考えてんだ母さん!」
レイコ「うるさい!早く蒼騎に乗って立ち上げろ!」
カオル「敵前逃亡罪じゃないか!艦長の下船命令は…出てない!」
ぱぁん!
真っ赤に充血するカオルの頬。
リスキー・ビスキーの格納庫で、カオルは母レイコに、張り手を食らったのだ。
レイコはそのまま、カオルの胸ぐらを掴みながら、
レイコ「四の五の言うなガキィ!」
カオル「か、母さん…」
ドン!
胸ぐらを掴んだ手を、思い切り突き放すレイコ。
優しい母の豹変に呆然とするカオルは、「こてん」と床に尻もちをつき、そのまま動かなくなった。
レイコ「赤磐君、APE連絡艇をカタパルトレールに乗せて!
ショーン君、残りの3体のカーゴを開封!立ち上げ無理なら蒼騎で運ぶから!」
カオル「…から」
ぶつぶつと呟くカオル、レイコの耳にそれが入り、
レイコは尻もちをついたままのカオルに、視線を移す。
レイコ「ん?何?」
カオル「…カレン中尉も、ウェンディ軍曹も、エラン軍曹も…帰って来るから」
レイコ「…何を言ってる?」
カオル「みんな、みんなこの船に帰って来るんだ!この船に帰って来るんだよ!
僕達だけ安全な場所に避難なんか…出来る訳ないじゃないか!」
レイコ「!」
カオル「母さんなんか…大嫌いだ、大嫌いだ!
何で、…何でリスキー・ビスキーに乗ってるんだ!
兵士でもないのに、何で乗ってるんだ!」
レイコ「…カオル…」
一瞬、心から悲しそうに、今にも泣き出しそうな表情を浮かべたレイコ。
それでも…、それでも心に決めた事があるのか、レイコは尚もカオルに厳しくあたる。
レイコ「特務大尉命令だ!今すぐ蒼騎に乗って、撤収準備をしろ!」
カオル「…くっ!」
自分達だけ、安全な場所へ逃げる。
それが罪悪感となって、まるでイバラのツルの様に、カオルに巻き付く。
しかし、今のカオルにとっては、母レイコの言葉よりも重い言葉が、
艦内のスピーカーを通じて轟いた。
キュイ!キュイ!キュイ!
キンゼイ艦長『艦長より達する!四日市東高校の軍属実習生は、只今を持ってその任を解く。
脱出艇を用いて、安全圏へ退避せよ!
各セクション担当者は、子供達の脱出を優先的にサポートせよ、これは艦長命令である!』
ゴガアアアンッ!!!
キンゼイ艦長「くっ!」
副艦長「左舷安定翼部被弾!機密隔壁破損、船内気圧低下します!」
キンゼイ艦長「ダメージ・コントロール!ダメコンだダメコン!誰か行けるか!?」
通話器に向かって叫ぶ艦長、
副艦長「私がダメコン指揮をとります!」
キンゼイ艦長「すまん、頼む!」
副艦長はインカムを手に取りながら、「作業班、左舷ダメコンやるぞ!」と叫びながら、ブリッジを出て行く。
キンゼイ艦長「…子供達は、まだ脱出出来ないのか!?」
イライラしながらも、カオル達を気にする艦長。
航宙士「APE搬出に手間取っているようです」
副艦長の仕事を兼務した航宙士、カオル達が未だに
リスキー・ビスキーを離れられないでいる理由を艦長に告げる。
武器管制官「艦長、電磁投射砲の残弾…6!他の武器も、残弾厳しいです」
キンゼイ艦長「元々当たっても微々たる効果なんだ、今は敵を引き付けながら逃走する事に専念する!」
航宙士「敵…荷電粒子砲の充填を始めました!撃って来ます!!」
キンゼイ艦長「急速下降!ダイブ!ダイブ!タイミングを合わせて急上昇行くぞ!」
強引に、急下降を始めるリスキー・ビスキー。
中の人間はもちろん、無重力体験飛行機の様に、一瞬身体が宙に浮く。
ショーン「うわあああっ!!!」
ミカ「ちょ、ちょっと!!」
リスキー・ビスキーの格納庫。
母レイコに圧倒され、渋々と…半ばレイコを無視しながら、
カオルは【蒼騎】に乗り、撤収作業を始めていた。
APE輸送艇に蒼騎以外の、3体を積み込む作業が、
やっと終わった矢先に、リスキー・ビスキーは急に下降を始め、
その重力の違和感は、露骨に仲間に襲いかかる。
ショーンと赤磐は輸送艇格納室で、天井に激突し、
輸送艇ブリッジにいた伊達とエレノアと氷室、ミカやレイモンド姉弟は、
座っていたシートから投げ出され、床に激突する。
そして、輸送艇の外では、搬入を終えたばかりの白騎から手を滑らせ、
美田園恭香が広い格納庫の宙を舞ったのだ。
ちょうど、前部カタパルト扉を解放したレイコ。
美田園恭香と、空中で彼女をキャッチしたメリル少佐が吹っ飛んで来る姿が目に映る。
その後ろで、慌てて手を伸ばす蒼騎の姿もしっかりと。
恭香「きゃ…きゃあああっ!!」
メリル少佐「ちいいっ!」
格納庫の開いた前部扉、その扉の左側の通路パイプを、美田園恭香を掴んだメリル少佐が、かろうじて掴む。
逆に、反対側の右側通路パイプを、カオルの母レイコが掴んでいる。
どちらも宙ぶらりん
前部扉が開いたリスキー・ビスキーの格納庫から見えるのは、
真っ青な海、未だに急降下は続いている。
カオル『みんなぁ…!!!』
吹っ飛んだレイコ、美田園恭香、メリル少佐を追いかけ、
APE蒼騎に乗ったままダッシュしたカオルは、冷たい機械の手を差し出す。
『先に、左側の美田園恭香とメリル少佐を助けるべきか』
『先に、右側のレイコを助けるべきか』
刹那の一瞬、カオルの脳裏で判断を躊躇する。
母か!?
美田園恭香とメリル少佐か!?
カオルの瞳に飛び込んで来る世界、視界に入る回りの景色全てが斜線に見える、
時が止まったかの様なその景色の中心に見えるレイコと、カオルの瞳…視線が交差する。
意識が母親の顔に集中していく中、カオルの耳に届く、艦内通信。
まるで、スローモーション映像を再生しているかの様な、キンゼイ艦長の声。
『敵…攻撃…来る…!総員…何かに…掴まれ…!』
にこり♪
レイコはカオルに、満面の笑みを浮かべながら、
パイプを掴んでいない右手で、メリル少佐と美田園恭香を指差す。
【…恭香ちゃんと、メリルを助けなさい…】
「大嫌いだ」と、悪態をついて、母に反発し、母を困らせていたカオル。
しかし、この瞬間、刹那的な短い時間の中で、
思惑とは裏腹に、身体が勝手に、アクセルペダルと操作レバーに力を入れる。
【母さんに従う】と、【今まで母さんに従って、失敗した事は無かった】と。
カオルの意志のままに動く、99式APEプロトタイプ【蒼騎】。
自由落下状態のリスキー・ビスキーの格納庫の中、スラスター微噴射と、壁を蹴った跳躍で、
美田園恭香とメリル少佐の元へ突進。機械の右手で二人を優しく包み、救出に成功したのだ。
カオル「やった!やったよ母さん!!」
母レイコがぶら下がる反対側のカタパルト扉、
カオルが視線を母に向けた時、突如それは起きてしまった。
ドガァンッ!!!
謎の怪光線…、神格型【物体E】が放った、荷電粒子砲が、護衛艦リスキー・ビスキーに命中。
船体上部、ブリッジ付近から、前部カタパルト扉付近にかけて、
荷電粒子砲の光のカーテンが突き刺さり、爆発…炎上した。
もちろん、被害はリスキー・ビスキーの船体表面上だけではない。
カオル「うっ…わあああっ!!!」
カオルのいる格納庫でも、強烈な振動と共に爆発・炎上し、
カオルの視界に一瞬、紅蓮の炎が広がる。
慌てて姿勢を丸め、手のひらにいる美田園恭香とメリル少佐を、炎から守るカオル。
しかし、次の瞬間
…ゴンッ!!!
胸部のコクピットからも聞こえた、鈍く低い音。
カオル「…!!!」
炎上の瞬間、目をつぶってしまったカオルが、
異音に気付き、とっさに頭部ガンサイトカメラのモニターを見た時の事だった。
カオル「あ、あ…ああ!!!」
鈍い音の主はレイコ。爆風で吹き飛ばされたレイコ。
カオルの母親、レイコ・F・ムナカタが、99式APEプロトタイプ【蒼騎】にぶつかった音であり、
カオルが見詰めたガンサイトカメラの、モニターの中でレイコは、
ぶつかったカメラに血しぶきを振りまきながら、今度は反対に、カタパルト扉を飛び出して、
地上の遥か下に位置する海に向かって、落ちて行く姿だった。
下半身は爆風で粉々に粉砕され、上半身と、かろうじて皮一枚で残った、左腕を風圧でヒラヒラと揺らしながら。
カオル「か…母さ…」
APE運搬艇の操縦室、エレノアが赤磐に向かって絶叫する。
エレノア「カオルのAPEを強制回収!ロボットアームで強引に引っ込めろ!!!!」
呆然とするカオル。
口から漏れて来るのは、空気とも、言葉とも判別出来ない。
カオル「ヒュー!…ヒュー!か…あさ…ん…!ヒュー!」
蒼騎のガンサイトカメラにべったりと付着するレイコの血。
真っ赤な血が投影されるコクピットの中、やがて、カオルは絶叫する。
カオル「ぎゃあああああっ!!!わあああああっ!!!!」
カオル「母さ…!!!!かあああああ!!!!!」




