ムナカタ・カオル
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僕の家は、貧乏だ。
ただ、貧乏と言っても、明日食べる物に困るって言う程でも無い。
でも、本屋でマンガや雑誌を、好きなだけ購入出来る訳でも無い。
学校から帰る途中、クラスの友達が、「みんなでクレープ食べに行こう」って誘いに来た時、
「僕お金持って無いから次の機会にね」と、断る程度の貧乏だ。
友達が「もう飽きたからいらない」って言った文房具を、
「いらないならちょうだい」って気軽に言えてしまう程度。
そう。
学校の昼休み、みんなが学校の食堂で、豪華なランチを楽しむ時、一人で教室に残って、
母さんが持たせてくれた、チーズとハムをパンで挟んだお弁当を食べる程度に、お金は持って無い。
別に、母さんのお弁当に不満を唱えてる訳じゃない。
母さんのお弁当は美味い。
母さんはお弁当を作る天才だ。
夕飯の残りが、母さんの手にかかれば、ピッカピカで思わず笑顔がこぼれる、美味しいお弁当に早変わりする。
お弁当の話に傾き過ぎたけど、とにかく僕が言いたいのは、
お父さんのいない母子家庭で…、世の中にはまだたくさんいるだろう、母子家庭の中で、
僕の母さんは最高だって事だ。
いくら貧しくて、窓無しで、「スカイモニター」無しの下階層…箱暮らしでも、
僕は母さんを尊敬している、素晴らしい女性だ。
僕が生まれる前に、お父さんは死んだらしい。
母さんはあまり多くを語ってくれないけど、なんだかそうらしい。
どうやら、火星開発計画公社の運搬船の船員だったらしいけど、
お父さんが何故死んだのか、事故なのか病気なのかすらわからない。
まあ、母さんが話したくない事なんだろう。
そこら辺は僕も大人だ。母さんが話してくれるまで待とうと思う。
とにかく、仕事をしながら僕を育て、家事もしっかりこなして料理も美味い。
それにとっても美人で若い。
これ以上、母さんに望む事が無いくらい、母さんが大好きだ。
だから、こんな僕でも、ちょっとでも母さんの負担を減らそうと、
高校に入学したと同時に、国連軌道宇宙軍主催の奨学コースを選択した。
そう、たまに綺麗なお姉さんが登場するCMでやってる
【ねえ…学校を卒業してから、チンタラ仕事を見つけるの?それで良いの?
私は、学校を卒業したら即、航宙艦の乗組員で太陽系デビューする人が好き♪】
って、そんな説明臭い女の子いないだろって、苦笑するCMだ。
国連軌道宇宙軍の奨励コース。
高校の授業料を免除され、国連軌道宇宙軍航宙士としての専門過程教育を無償で行ってくれる、
【高卒、即、国連宇宙軍就職!】の最高のコースだ。
もちろん高校卒業後、民間宇宙企業に就職する事も可能だ。
その際は無利子で奨励コースの授業料を返納するだけで良い。
「早く母さんを楽にさせたい」
どうせ今の世の中、コロニー内では、職にありつけない人で溢れてる。
宇宙に出て行って、経済活動をしなきゃ話にならないんだ。
遅いか早いかの差だけならば、一刻も早く母さんを楽にさせてあげたい。
そう願う僕なら、即決で奨励コースを選択したのも必然。
僕がそう決めた時、僕が母さんにそう告げた時、
母さんは何も言わずに抱きしめて、頭をクシャクシャになで回した。
「カオルが自分で人生を決めたんだ、尊重するよ」
そう言って僕を誉めて、その日の晩は今までにないほどのご馳走…ビーフシチューを僕に作ってくれたんだ。
…あれは美味かった♪
口の中で柔らかくほぐれ、やがて溶けて胃の中へと流れて行く牛肉。
高価でしかも、なかなかコロニーじゃ手に入らない、牛肉自体も美味だったけど、
やはり、母さん自ら手間暇かけてじっくりと煮込んでくれたのが最大の要因かな?
ビーフシチュー
最高のビーフシチュー
大好きな母さんのビーフシチューは、やっぱり僕の大好物のご馳走…♪
カオル「…それに比べて…」
カオルは、目の前のテーブルに置かれているスープ皿を、そのスープ皿に盛り付けてある中身を凝視しながら、
もう一度だけ「ぽつり」とつぶやく。
カオル「…それに比べて、このビーフシチューは何だ?これがビーフシチューなのか?」
悲しそうな顔でつぶやいたその時、
コチーンッ!!!!
カオル「ぐはぁっ!!」
金属製の音を伴いながら、後頭部に突如襲いかかった激しい痛み。
カオル「!?」
涙目で頭をさすりながら振り返る。
そこには、厨房の奥から顔を真っ赤にしながら、カオルを睨み付ける女性が。
「ぜ~んぶ聞こえたぞカオル、コラぁっ!!」
窓一つ無い、狭い食堂。
天井は緩やかに弧を描き、入口から向かって左側の壁が高く、向かって右側の壁が低くなっている。
そこからして、その部屋が、横にした「巨大な円筒形」の一角を形作っている事が理解出来る。
入口から一番奥に見える厨房のカウンター。
入口からそこまでたどり着くのに、駆け足など必要無い。
大股で歩いて10歩くらいで厨房にたどり着いてしまう。
非常に狭く、収容能力の低い食堂。
小さいボックスのテーブルが4つ設置され、その一角でテーブルを囲み、食事をとる四人の少年少女。
そして厨房のカウンターから身を乗り出している若い女性。
壁には大きな液晶モニターが設置され、
そのモニター画面の上部では、流れる文字でしきりに【対流圏:高度10000メートル:揚力飛行中】と表示され、
モニター全面には「教育実習生:本日の予定」と題されたスケジュールが、
時間刻みで20時まで羅列されている。
そう。前述の騒動は、この食堂で起こっていたのだ。
カオル「…痛い、果てしなく痛いです。リンダ先生、全力で物を投げちゃ駄目です」
後頭部を両手でさすりながら、決して激昂する訳でも無く、
落ち着き払いながら、厨房の「リンダ先生」に抗議するカオル。
リンダはカウンターから身を乗り出して、鬼の形相でカオルに怒鳴りちらす。
リンダ「最初から…ぜ~んぶ聞こえてんだよ!このマセガキ!
人がせっかく作ってやったのに、感謝の気持ちは無いのかっ!!」
カオル「い、いや…とっても感謝はしてます。してますが、まさか独り言を聞いているとは…」
カオルとテーブルを囲む少年と少女二人。
何とも言いようの無い表情のカオルを見て、
少年と少女は腹を抱え、涙を流しながら笑っている。
カオルを含めた四人の少年少女、国連軌道宇宙軍支給の作業用紺ツナギとは色の違う、くすんだオレンジ色のツナギを着ている。
胸には【国連軌道宇宙軍】UNOSFのワッペンが縫い付けられているのだが、
その下には「教育実習生」と表記された布が縫い付けられ、さらに、その下には名前も縫い付けられていた。
リンダに「おたま」を投げつけられ、後頭部を痛打した教育実習生「ムナカタ・カオル」。
その隣でケラケラと、乾いた明るい笑い声を出している「ショーン・カザマ」が、
涙を拭きながらカオルに話しかける。
ショーン「カ、カオル…お前最高だよ。こんなにデカい声で独り言とか(笑)」
バンバン!
肩を震わせながら、ショーンはカオルの背中を二回叩く。
カオル「な、なんだよ…」
耳にかからない程度の、黒いサラサラの髪を揺らしながら、
カオルはショーンを見たり、周囲を見回したりと、
仲間が何を笑っているのかさっぱり理解出来ず、オドオドし始める。
「カオルってさ、筋金入りの天然で、ホンット笑わせてくれるよね(笑)」
今度は、カオルの右隣に座りながら爆笑する、「ミカ・カートライト」が口を開き、
細くてしなやかな左手の人差し指で、カオルのほっぺたをプニプニと押す。
カオル「ショーンだけじゃなくて、ミカまで…。僕、ちょっと傷つきますよ」
動揺を隠せないカオルは、不機嫌さを前面に出し、口を尖らせながら抗議する。
すると、カオルの真向かいに座っていた少女が、身をかがめて床に手を伸ばし、
リンダがカオルに向かって投げた「おたま」を拾いながら、カオル達の視線を意に返さないまま、
そのまま立ち上がり、リンダの元へと「おたま」を返しに向かう。
ツナギに縫い付けられた「エレノア・シグニス」と言う名前の少女、リンダに「おたま」を両手で差し出しながら、
エレノア「…お料理する道具、投げちゃ駄目」
まじまじとリンダの瞳を見詰めるエレノア。
リンダはエレノアの静かな迫力に気押されたのか、
リンダ「あ、ああ…。そうだな、すまない」
と、言って「おたま」を預かり、流し台でおたまを洗い始めた。
それを確認したエレノア、相変わらず無表情のまま、すたすたと自分の席に戻り座る。
そのまま誰にも一言も告げず、スプーンを手に「ビーフシチュー」を食べ始めたのだ。
カオルが長い言い回しの独り言でこき下ろした「ビーフシチュー」を。
唖然と見詰めるカオルとショーン、そしてミカ。
エレノア「…間違えて味噌入れたのかな。牛肉で作った豚汁だと思えば、美味しいよ」
と、カオル達と誰とも目を合わさず、エレノアはぽつりと喋り、
再びビーフシチュー改め「豚汁 (牛肉入り)」を食べ始めた。
意外な場の流れに沈黙を続けるカオル達。
空耳なのか、心なしか厨房からは、リンダ先生の声で、「エコエコアザラク…」と、
呟く声が聞こえたとか、聞こえないとか…。




