エリオット・コバヤシ中将の演説
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演台に進んだエリオット・コバヤシ中将、原稿も用意せずに、
視線はカメラを射抜きながら、無数に束ねられたマイクに向かって語り出す。
『環地球軌道経済連合の皆さん、月経済連合の皆さん、そして火星に住む皆さん。
…この世界に住む皆さんに、大変重大なお知らせがあります。
人類の未来を左右する、非常に重大なお知らせです。
地球を追われた、あの忌まわしい記憶から2百年。
絶望の縁に立たされていた我々人類は、この宇宙空間を新たな開拓の地として、
再び繁栄の道を歩み始めました。
この世界、この宇宙空間で我々が生命の営みを育む事が出来たのも、
新たな希望を胸に、宇宙開拓に邁進して来たのも、
ひとえに、あの【黙示録の7日間】の地獄を耐え!生き延び!
そして後の世に生きる我々に、希望の火種を残してくれた…200年前の我々の祖先です。
今を生きる者達が、後の世に生きる人類の為に、何かを残す。
今度は我々…、我々が、その義務を果たさなければならない。
そんな重大な局面に来たのです。
人類は…
今から36年後に人類は、絶滅の危機にみまわれます。
私の背後に投射された映像を、ご覧ください。
これは、今現在の太陽系の惑星位置図です。
今から36年後、直径400kmを超える隕石が、太陽系外縁から飛来し、太陽をフライバイ。
再び太陽系外へと抜けて行きます。
発生源は、太陽系全体を取り巻く、小天体群…オールトの雲からと、予想されますが、
この隕石、我々は【ギャランホルン】と名付けたこの隕石の、コースに注目して頂きたい。
太陽に向かうルートにおいて、地球と月の間を通過します。
拡大画面に切り替えて下さい。
【ギャランホルン】は地球の夜間面から進行し、地球の引力圏に干渉、
衛星軌道からラグランジュ・ポイントを通過。
月の衛星周回軌道に引力の影響を与えながら、太陽に向かって進行します。
惑星に対するジャイアント・インパクトはありませんが、
この【ギャランホルン】のコースは、我々に絶望しかありません。
【何故なら、我々の生きる場が、そこにしか無いからです】
楠木中佐「まさか…、ケスラー・シンドローム!?」
カリー中佐「そうか…だから我々は…」
アメリカ資本で建造された、国連軌道宇宙軍専用の基地コロニー、【ノーラッド】。
その士官用食堂では今、大型モニターに映るエリオット・コバヤシ中将の演説の内容に、
誰もが愕然となりながら…呆然としながら、聞き入っている。
その中には、楠木中佐とカリー中佐の姿もあった。
エリオット・コバヤシ中将は、言葉を続ける。
『計算では、最低でも28基のコロニーが瞬間的に粉砕され、
そのコロニーの残骸や破片…つまりスペース・デブリ(宇宙ゴミ)が大量に発生します。
秒速数千メートルで慣性飛行を続けるデブリは、あらゆる方向に飛び散りながら、
新たなコロニーや月面施設に衝突、被害とデブリはネズミ算的に増え…
地球軌道圏、月引力圏。おそらく、地球公転軌道は、大量のデブリが飛び交う、
二度と航宙艦が航海する事の出来ない、【死の世界】になるでしょう。
それはつまり、物資が全て止まり、火星経済圏も餓死すると言う事。
人類が、宇宙で生きるすべが…全て失われてしまうのです。
ならば、我々は生き延びる為に、どうすれば良いか…。
地球軌道圏、月面に住む人々を、どこへ避難させればベストなのか?
【ギャランホルン】が通過するまでに、軌道上のコロニーを撤去するにしても、
何億もの人々を、どこへ移動させるのか…。
火星でしょうか?
未だに10万人程度の人々が住むだけのキャパシティしか無く、テラフォーミング完成に、後900年もかかる火星は、
実質的に、地球圏の人々が移動する事は不可能です!
そうであるならば!
そうであるならば!
我々に、まだ希望が残っているとすれば、後36年の間に一体、何が出来るのか…?』
楠木中佐「地球か」
カリー中佐「だから地球なのか」
朝霧大尉「…地球…」
ショーン「地球…」
エレノア「なるほど」
ミカ「…マジなの?」
カスミ「地球…か」
ヒロノブ「…」
カオル「…地球…!地球!!」
エリオット・コバヤシ中将『地球…そう、地球。我々は、来るべき36年後の黙示録から逃れる為に、
200年前に黙示録が起きた地…地球を目指すのです。いや、地球を目指すしか無いのです。』
一瞬…いや、精一杯息継ぎをし、時間を溜めるコバヤシ中将。
地球を目指す事それが、どれだけ困難な事なのか、
この記者会見を注視する、世界中の誰もに、その困難の理由を思い出させる為の、演出の間と言っても良かった。
コバヤシ中将『彼の地には【物体E】が待ち構えています。
人類を地球から追い出した、未だに正体不明の物体…。まさしく何物とも表現出来ない、謎の物体が。
だがしかし、だからと言って、今我々は地球を諦める訳にはいかない!
地球を目指すしか、我々人類に残された道は無いのです!
再び、モニターに注視して頂きたい。
これが、国連軌道宇宙軍と、国連月宇宙軍が共同開発し、
そして地球攻略の前線基地となる、空中要塞アーシラトです。
そして!
これが、対【物体E】に直接対抗する、我々人類の希望。武装・強化外骨格…APEであります!
戦いは、厳しくなるでしょう。何人も、何百人も、兵士達は死んで行くでしょう。
それでも、我々は退く事を許さない、許されない!
人類の最後の希望が、そこにしか無いのであれば、どんな障害が待っていようが、
どんなに死体が積み上がろうが、我々人類は、進むしかないのであります!』
全てを言い切った…
全てを世界中に言い切った。
黙っていれば、人類は幸せだったのか?それとも…。
苦悩を隠さず、沈痛な面もちで、声のトーンを落とし、
小さな声で、ゆっくりと話し始めるコバヤシ中将。
『来月の12月より、戦時統制法が施行され、皆さんの暮らしにも、目に見えた変化が現れると思います。
そして、我々国連軌道宇宙軍と国連月宇宙軍は、【物体E】に対しての、本格的な地球奪還作戦を行います。
各国、国民の皆さん、火星にいる皆さん、希望だけは、希望の火だけは消さないでください。
36年後、何事も無くギャランホルンが通過した時、みんなで笑い合いましょう。
地球の地上で、空を見上げながら…』
コバヤシ中将は一礼し、演台から降りた。




