空中要塞アーシラト
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「准将、こんな所におられましたか」
大広間の隅っこ、目立たない壁際で歓談を続ける楠木中佐とカリー中佐、そしてヘンリクセン准将の合計三名の元へ、
国連軌道宇宙軍の軍服とは違う色…、紺色の軍服を着た、初老の男性が現れる。
ヘンリクセン准将「これはこれは!ツェイ・ウァン少将」
現れたのは、「国連月宇宙軍」、宇宙艦隊総参謀長のツェイ・ウァン少将。
にこやかな笑みを浮かべ、ヘンリクセン准将と敬礼ではなく、お辞儀で挨拶を交わす。
そして、ヘンリクセン准将は、楠木中佐とカリー中佐を紹介し、談笑が始まった。
ウァン少将「両宇宙艦隊の定例合同演習から、姿を消したと思ったら、
亜宇宙戦術空母群の総司令官とは」
ヘンリクセン准将「いやはや、私もまさかこうなるとは思いませんでしたよ(笑)」
ウァン少将「いやいや、准将はなかなかの武運を持つ方の様ですな(笑)
当方一押しのアーシラトも、准将の亜宇宙戦術空母にかかれば、赤子も同然」
ヘンリクセン准将「いやいや、先ほどの御披露目式で映像と性能を見せていただきましたが、
王者の風格が漂う、さすが空の要塞と言ったところ」
楠木中佐 (…謙遜対謙遜…)
カリー中佐 (…これは正直背中がかゆい)
ヘンリクセン准将とウァン少将の「超」外交儀礼的会話から逃げようと、
楠木中佐とカリー中佐は目配せし、空になったシャンパングラスを変えようとする「ふり」をし、
ヘンリクセン准将の元から立ち去ろうとする。すると
ヘンリクセン准将「楠木中佐、カリー中佐。わしも歳でのう、せっかくのアーシラトの性能を忘れてしまったわい(笑)
どちらか、教えてくれんかのう?」
楠木中佐 (…タヌキ親父め)
カリー中佐 (足止めくらわしやがったな)
どうやら、ウァン少将と1対1になる事を嫌ったヘンリクセン准将は、
わざと両中佐に会話を振り、足止めしたのだ。
カリー中佐「僭越ながら、私の知る範囲でお答えします、准将」
ヘンリクセン准将「うむ、カリー中佐、頼む」
カリー中佐 (楠木…逃げるなよ、楠木…。あっ…楠木てめえ!何一人で逃げ出してんだよ!)
「空中要塞アーシラト」
正式名称は、【全天候型揚空母艦アーシラト】。
ラムジェット推進と反応炉を併用し、成層圏と対流圏 (高度1万メートル)の境界を、
半永久的に航行出来る、巨大な空母の事である。
姿はまるで、海洋生物の「エイ」の様であり、国連軌道宇宙軍所属の教育実習艦、
リスキー・ビスキーをそのまま巨大化した趣がある。
と、言うのも、このアーシラトは、面向きは国連月宇宙軍の所属であり、
「実験機として地球の大気圏を走らせる」と言うのが、大義名分であったのだが、
実は、このアーシラト開発にあたり、国連軌道宇宙軍と国連月宇宙軍が共同で出資し、
設計と開発は国連軌道宇宙軍、そして、建造と運用は国連月宇宙軍と言う、
今まで冷戦状態の中で、地味な経済戦争を繰り広げて来た両者の関係上、
非常に有り得ない程の共同歩調で、竣工された母艦なのだ。
つまり、国連軌道宇宙軍の大気圏航行のノウハウと、国連月宇宙軍の生産力。
これが合体して、空中要塞アーシラトが完成したのだ。
「アーシラト」とは、海を行く貴婦人の意味を持ち、ウガリット神話に登場する、
西アジアの女神であり、神々の母と言われる。
それはつまり、この空を飛ぶ要塞は、国連軌道宇宙軍と、国連月宇宙軍の希望の象徴と表現しても、過言では無かった。
全長:1260メートル (大日本帝国が所有した、超弩級戦艦「大和」が5隻連なった長さ)
横幅:820メートル
搭乗員:5000名(APE等の搭乗員も含む)
搭載機:
・14式APE【銀嶺】46機
・15式APE【閃華】21機
・ロックウェルW-EVA4「ジェネシス」 (国連月宇宙軍製APE)18機
・APE専用強襲揚陸艇6機
・ヘッジホッグ爆撃機6機など
兵装:45口径40cm電磁投射砲4門
空対地EHM (エボルド・ホーネット・ミサイル)390発
気化爆弾ライジング・サン9発など
まさに、まさに空の王者。
空中要塞の名にふさわしい船であったのだ。
ヘンリクセン准将「うむ、満足だ、カリー中佐。よくぞそこまで把握した」
ウァン少将「いやはや、ヘンリクセン准将は、優秀な部下をお持ちだ」
アーシラトについての、カリー中佐の説明に満足したのか、
ヘンリクセン准将とウァン少将は「古い戦友を紹介しよう」と、その場を離れて行った。
やれやれ、と、肩の力を抜いてため息を吐くカリー中佐。
すると背後から、「御役目ご苦労」と、楠木中佐の声が聞こえる。
カリー中佐「一人で逃げ出しやがって(笑)友人想いの最低の奴だ」
楠木中佐「何を言っている、俺はお前の見せ場を作ってやったんだぜ、中佐(笑)」
カリー中佐「勝手に言ってろ(笑)」
両手にグラスを持っている楠木中佐、片方のグラスをカリー中佐に渡す。
中身は天然ウイスキーのロック。
カリー中佐はそれを見た途端、楠木中佐に笑みをこぼしながら、グラスを掲げた後に一気に飲み干す。
カリー中佐「…楠木」
楠木中佐「何だ?」
カリー中佐「俺達…【物体E】に、勝てると思うか?」
楠木中佐「…」
カリー中佐「人類の大半を虐殺して、残りカスを地球から追い出した、あの連中に、俺達果たして勝てるのか?」
楠木中佐「おいおい、まだそうなると決まったワケじゃ…」
カリー中佐「何を言っている、それを深刻に考えているのは、俺より楠木、お前のはずだ」
楠木中佐は答えない。
その代わり、口をつけていなかったウイスキーを、「グイッ」とあおり、
天然物の味に満足そうな笑みを浮かべつつ、ゆっくりと息を吐く。
楠木中佐「どうなるんだろうな、俺達。いや、人類は…何を目指してるのだろうな」
何かを濁したかの様な、抽象的な言葉を吐く楠木に、カリー中佐はかける言葉も見つからない。
楠木中佐も、腹の内から湧き上がる疑問や怒りを、カリー中佐にぶつける事は出来ず、
ただこのまま、時間だけが無駄に過ぎて行った。
ヘンリクセン准将が口にした、「クリスマスまで待て」と言う言葉。
その内容に驚くのは、楠木中佐やカリー中佐だけでは無い。
人類全体が驚き、そして人類全体の運命が決まる日、それがクリスマス。
それまで後3ヶ月。
まだ、人類は幸せの中にいた。




