クリスマスにそれは始まり、次のクリスマスに全てが終わる
・
国連月宇宙軍の奨学生である美田園恭香が、カオルの「撃墜王」の話に夢中になっていた頃、
ここ、環地球軌道連盟の連盟事務局と、国連軌道宇宙軍外交部がある、地球軌道上の(永世中立)コロニー【ジュネーブ1】では、
極秘の機密扱いで、ささやかながらのセレモニーが行われていた。
場所は、国連軌道宇宙軍が所持する「迎賓館」。
とても大勢とは言えない程度の人々が、大広間に集い、厳か且つ、簡単だった質素なセレモニーに続き、
これまた質素なパーティーが始まったのだ。
随伴する貴婦人もいない、二種類の…黒と紺色の軍服に染まる大広間。
その中で、隅っこに陣取り、壁にもたれる二人の人物。
形式ばった挨拶と、堅い笑顔が溢れる「その場」に染まる事なく、
まるで飲み干す気の無いシャンパンを右手で持ったまま、
二人は、ただひたすらため息を吐きながら、時間が経つ事だけを願っている様にも見えた。
「…こう言うのは苦手だ」
「ああ、まったくだな」
どうやら、パーティーや式典など、きらびやかな世界が苦手だと言うこの二人。
見れば、紺色の国連月宇宙軍とは違い、軍服は黒色で国連軌道宇宙軍所属。
両方とも見た目は30代後半から、40代前半の様に見受けられる。
軍服や軍服の襟章を見れば、きらびやかでも無くさりとて簡素でも無い。
組織内において、中間管理職的なおもむきのある二人、
黒髪を短く刈り上げた方の男性は、国連軌道宇宙軍、機械化装甲歩兵A大隊の大隊長、アレン・楠木中佐。
そして、短めの金髪をかき上げている男性は、国連軌道宇宙軍、軌道内方面参謀部、次席参謀長のジョシュア・カリー中佐。
互いに国連軌道宇宙軍の奨学生コースを歩んだ、古くからの友人、同期であった。
楠木中佐「いよいよ俺の大隊にも、新型が入る」
カリー中佐「それにしては、浮かない顔だな」
楠木中佐「…お前だって分かってるはずだろ?これから先、何が起きるか」
カリー中佐「知らんね(笑)まあ、知ってても言える立場じゃないが」
「この野郎(笑)」
楠木中佐は苦笑しながら、生ぬるくなったシャンパンを一気に飲み干した。
楠木中佐「今年度早々から始まった、APEの大気圏降下訓練。
今では地上まで降下して、強行偵察までしてるそうだ」
カリー中佐「…」
楠木中佐「そして今度は機械化装甲歩兵部隊に新型装備実装。それどころか、
兵員輸送用の【車輪付き】装甲車まで」
カリー中佐「おい楠木、声がデカい…」
楠木中佐「地上戦装備を充実させてはいるが、月面の低重力対応じゃない、ガチで【1G環境】対策だ。
…敵は国連月宇宙軍じゃないな」
カリー中佐「俺は知らん」
いたずら小僧がいたずらを「仕掛ける」様な眼差しで、カリー中佐をからかう。
それはもちろん、何も知らされていない実戦部隊の楠木中佐が、
全てを知り得た上で作戦立案を行う、カリー中佐に対し、
情報を引き出そうと言う、下手な駆け引きでもあった。
楠木中佐「…地球か?」
カリー中佐「…」
楠木中佐「ふふっ、ハハハ。昔からそうだったが、お前の沈黙は分かりやすい」
カリー中佐「ノーコメントだ」
突き放す様に言い捨てるカリー中佐、
しかし、次の楠木中佐の質問は、カリー中佐の胸をグサリとえぐる。
楠木中佐「【物体E】とやり合って、勝算はあるのか?
部下の死体の山を築いてでも…、地球に降りなきゃならない理由は何だ?」
危うく、「俺はそこまで知らされていない!」と、口から言葉が出かかってしまうカリー中佐。
慌ててシャンパンを一口飲み込み、沈黙を保つ。
そして改めて
カリー中佐「俺たちは軍人だ、命令に従うだけだ」
と、ポツリと漏らす。
楠木中佐が「ふぅん」と、つまらなさそうに相づちをうった時、思わぬ方向から、二人に声がかかる。
「楠木中佐、カリー中佐、こんな所にいたのかね」
自分達を呼ぶ声に反応し、声の方向に視線を向ける。
楠木中佐「あっ」
カリー中佐「准将!」
二人は慌てて敬礼する。
しかし、
「おいおい、やめたまえ(笑)貴婦人達の姿は無いが、それでも今はパーティーの真っ最中だ」
楠木中佐とカリー中佐の視線の先にはなんと、国連軌道宇宙軍、亜宇宙戦術空母群の総司令官、
ハンス・ヘンリクセン准将が立っていたのだ。
ヘンリクセン准将「だいぶ、腐ってる様だな、中佐(笑)」
自分達よりも一回り上、年配のヘンリクセン准将に、「中佐」とまとめて笑われ、恐縮する楠木中佐とカリー中佐。
ヘンリクセン准将「しかし、貴官らも立派になったな」
楠木中佐「配属先が全て、【鬼】の異名を持つ方ばかりでしたからね(笑)」
カリー中佐「鬼のキンゼイ、鬼の曽ヶ端、鬼の…」
ヘンリクセン准将「わしか」
カラカラと、屈託の無い笑い声を響かせる准将。
ヘンリクセン准将「しかしまあ…(笑)長考の楠木、瞬間湯沸かし器のカリーが、見事に逆転したな」
カリー中佐「配属先が配属先なら、性格も豹変しましょう」
ヘンリクセン准将「確かにな。こんな私も亜宇宙戦術空母群総司令官なんぞ拝命され、
軽はずみに部下に嫌がらせ出来なくなった」
楠木中佐「ぷっ(笑)」
ヘンリクセン准将「私がただ、ひと睨みするだけで、ヒヨッコ達は心底すくみ上がる…。
それが楽しくて楽しくてなぁ」
笑いに包まれる三人。
懐かしさ溢れる談笑が中、意外にも…、
カリー中佐の口から、和やかな空気を切り裂く質問が投げ掛けられた。
カリー中佐「…准将」
ヘンリクセン准将「ん、何だね?」
カリー中佐「作戦名は知りませんが、【地球進攻作戦】…。我々に兵を動かす大儀はあるのでしょうか?」
楠木中佐「…おい、カリー」
楠木中佐はその時肌で感じた。
散々カリー中佐に揺さぶりをかけて、真相を引き出そうとしていたが、
カリー中佐自身も、彼の言葉の通り、大事な事…何故地球を目指すのかと言う根本的な原因を、
カリー中佐は知らされていなかったと言う事を。
カリー中佐の質問で、ヘンリクセン准将の表情が劇的に、ガラリと変わる。
瞳の奥がギラリと輝き、まるでそれは【往年の鬼艦長】を彷彿とさせる形相となっていた。
楠木中佐「…准将」
ヘンリクセン准将「大儀と言ったな、カリー中佐」
カリー中佐「はい」
カリー中佐は中佐で、一歩も退かない構えで、准将と対峙している。
ヘンリクセン准将「ある。大儀はあるぞ、カリー中佐」
カリー中佐「准将、それを知らされないまま、日々…自軍の兵を殺す作戦を練るのは、慚愧に耐えられません」
ヘンリクセン准将「カリー中佐、貴官はわしが認めた優秀な軍人だ。
将来の国連軌道宇宙軍を背負って立つ者が、…そんな有り様でどうする」
カリー中佐の吐露した心情…苛立ちと焦り、そして自責の念。
それが手に取る様に理解出来た楠木中佐は、
度を超えた質問をしたカリー中佐をたしなめるどころか、カリー中佐をかばい始める。
楠木中佐「准将、私もカリー中佐と同じ気持ちです。
理由のわからないまま、部下に地球に降下して死んで来いとは、到底命令出来ません」
ヘンリクセン准将「楠木中佐、君もか…(笑)」
ギラついていた「武人」の顔が消え、
年相応の好々爺…穏やかな表情の老人が帰って来た。
ヘンリクセン准将「うむ…今は9月、日本国気象基準で言えば、秋だな」
楠木中佐「は、はい」
ヘンリクセン准将「うむ…。ならば、後3ヶ月我慢せい」
カリー中佐「3ヶ月…とは?」
ヘンリクセン准将「クリスマスにそれは始まり、次のクリスマスに全てが終わる。
後3ヶ月の辛抱だ、クリスマスに全てがわかる」
准将は、真相を求めて焦る二人に期間を設けて、それまでは現状維持に務めよと、命令したのだ。
はぐらかされた面もあるが、ゴールも見えた気がする…
楠木中佐とカリー中佐は、国連軌道宇宙軍・亜宇宙戦術空母群総司令官である、ハンス・ヘンリクセン准将が、
今現在答えられる【精一杯】の内容を噛み締め、准将に対して問い詰める事をやめた。
逆にそれは、国連軌道宇宙軍、亜宇宙戦術空母群の総司令官でさえ、秘密を保持しなければならない程の、
非常に重要な問題だからと気付いたからだ。
何事も無かったかの様に三人は振る舞い、そして、時が過ぎて行く。
一つだけ言える事は、人類誕生以来、過去の戦史を振り返ると、
第二次世界大戦の連合軍「マーケット・ガーデン作戦」に代表される様に、
クリスマスまでに成果を出そうとした軍事作戦は、ことごとく失敗している事。
カリー中佐はそれを思い出しながらも、今はヘンリクセン准将と楠木中佐との、歓談に傾倒して行った。




