アイ・セイ・アゲイン!ボギーを撃沈せよ!
・
場面は再び変わり、
地球成層圏と宇宙空間との、はっきりとした切れ目の無い境界線。
船体表面で、無数の小爆発を繰り返す、エジプト船籍の密漁船に対し、
国連軌道宇宙軍の、亜宇宙戦術空母4番艦「フィン・マックール」は、
当初の警備活動を変更し、救助活動の為の尖兵として、
武装強化外骨格…APEを初めて実戦投入した。
救助活動の主力となる衛生兵の乗る連絡艇と、それを護衛する、
高高度戦術戦闘機ハンティング・ホークを後方で待機させ、
APE小隊3機が、成層圏から潜り込む様に、エジプト船に向かって行く。
元々が訓練兵の為の訓練航海だった、フィン・マックール。
今回のAPE出撃だけは、訓練部隊で対処と言う訳にもいかず、
ユニフォーム6小隊の小隊長である、朝霧大尉を臨時小隊長とし、
やはり、別小隊で訓練教官を担当している、スコット少尉、アッザン少尉の合計3名で、
「Z1 (ズールー1)臨時小隊」が編成された。
今、Z1臨時小隊は、地球軌道を回るエジプト船に先回りをしようとして、
地球の重力を味方に落下と加速を加え、ジャンプ…飛翔のタイミングを伺っている。
つまり、ジェットコースターの頂上から、物凄い勢いで下り落ちている状態だ。
朝霧大尉『姿勢変更、背部メインブースターを下面158度に向ける、10秒以内にやれ!』
朝霧大尉『スコット少尉!貴官がカウントしろ、30秒だ!!
カウント後に背部ブースター噴射20秒2回。しっかり合わせろよ!全然別の場所に浮上しちまう』
スコット少尉『了解しました!時計合わせっ!!
カウントマイナス5秒!4!3!2!1!
カウント開始、ブースター噴射30秒前っ!』
赤く…、赤く、大気摩擦で加熱が進むAPE。
重力のなすがままに自由落下に身を任せているAPEが、スコット少尉のカウントゼロで、漆黒の宇宙へと羽ばたく。
スコット少尉『3!2!1!ブースター噴射!!…2!3!4!』
凄まじい重力の反発に遭い、身体が押し潰されそうになる感覚に襲われる朝霧大尉達。
地球の大地に釘付けになっていた視線は、今度は真っ暗な宇宙空間に。
そして、単なる光点の一つだったエジプト船が、みるみるうちにその姿が見えて来る。
朝霧大尉『あっ、あれは!?あれは何だ?』
モニター越しに、どんどんと近づいて来るエジプト船、その異様な状況に驚く朝霧大尉。
一瞬、その光景に息を飲まれるが、自らの置かれた状況をすぐさま思い出し、部隊に命令を下す。
朝霧大尉『ブレーキ噴射!ブレーキ噴射!相対速度をボギーに合わせるぞ!』
アッザン少尉『ズールーリーダー、あれは…?あれは何ですか?』
エジプト船に接近し、徐々に速度を合わせ始める、APE部隊。
しかし、間近に見えて来たそのエジプト船の様相に、朝霧大尉以下APEのパイロット達は愕然とする。
スコット少尉『…神よ…』
朝霧大尉『こちらズールーリーダー、フィン・マックール聞こえるか?
フィン・マックール、応答されたし!』
『こちらフィン・マックールCDC、クァン・ロウ准将だ』
空母フィン・マックールを呼び出す朝霧大尉。
その声には、多分に恐怖の色が見て取れた。
そう、百戦錬磨の鬼の訓練教官、朝霧大尉は恐怖していたのだ。
朝霧大尉『ボギーの船体表面に、無数の不審物を確認!映像確認後に指示をくださいっ!!』
朝霧大尉の無線が響く、フィン・マックールのCDC。
クァン准将「朝霧大尉のガンサイトカメラを、メインモニターへ回せ!」
周囲をぐるりと、そして天井までゴテゴテと機材やモニターで固められたCDC、
その中でひときわ大きなモニターに、朝霧大尉の乗った14式APE【銀嶺】が、
今、何を見詰めているのか表示される。
クァン准将「…これは」
絶句して言葉の出ないクァン准将。
それもそのはず。
国連軌道宇宙軍、亜宇宙戦術空母4番艦フィン・マックールの呼び掛けを無視し、
地球周回軌道を飛翔し続けるエジプト船籍の不審船。
その船体の表面に、無数の【物体E】が取り憑いて、船体に穴を開けて破壊していたのだ。
CDCオペレーター「ぶっ…!…物体Eが!?」
クァン准将「あの船…地上に着陸までしてたのか…」
愕然としているクァン准将、そしてCDCのクルー達。
そこへ、朝霧大尉のうわずった声で、命令の催促の無線が入る。
朝霧大尉『こちらズールーリーダー!フィン・マックール!命令はまだかっ!!!』
朝霧大尉に急かされた訳ではないのだが、
クァン准将は「ガチャリ」と備え付けの受話器を取り上げ、
冷静な声で、朝霧大尉に命令を告げた。
クァン准将「クァン・ロウ准将より、ズールー1。
【物体E】を確認した、速やかに船ごと撃沈せよ」
朝霧大尉『こちらズールーリーダー!船ごと撃沈せよと聞こえたが、間違い無いか?』
クァン准将「命令に間違いは無い。ズールー1はボギーを撃沈せよ!
アイ・セイ・アゲイン!ボギーを撃沈せよ!」
(朝霧大尉は、クァン准将の命令に躊躇している。)
その場で、大尉と准将の無線交信を聞いていたCDCクルー達は、誰もがそう感じていた。
何故なら、いくらあのエジプト船が、違法な資源泥棒だと言っても、
乗組員達の人命は尊重するべきで、未だに安否が確認されていない中、
いきなりの撃沈は、有り得ないと感じていたからだ。
しかし、クァン准将は酷く冷静なまま、朝霧大尉の心中など計りもせず、無線交信で逆に、催促の言葉を発する。
クァン准将「【物体E】に対する交戦規定3項4条!
【物体E】が大気圏外に出現した際は、いかなる手段を行使しても、これを阻止すべし」
朝霧大尉『…!』
クァン准将「【物体E】に対する交戦規定6項1条!
既に人体が乗っ取られた可能性のある者は、理由の如何を問わず、これを排除すべし!」
つまり准将は、エジプト船が【物体E】を大気圏外に連れ出している事と、
それと、エジプト船がフィン・マックールの命令を無視しながら、
無線交信すら行わずに逃走を続けている…つまり、乗組員達は既に、
【物体E】に人体を乗っ取られている可能性がある。
この2点を持って、撃沈すべき対象なのだと、朝霧大尉に説得しているのである。
クァン准将「ズールーリーダー、復唱はどうした!
それとも、貴官は【物体E】を宇宙に輸出する積もりか!!」
ものの数秒もかからず、朝霧大尉からの返信が届く。
朝霧大尉『こちらズールー1交戦規定に基づき、ボギーを撃沈します』
クァン准将「…フィン・マックール了解」
ゆっくりと目をつぶるクァン准将、その表情には苦悶が満ち溢れ、口は「真一文字」に結ばれている。
朝霧大尉『ズールーリーダーから各機、火器管制システムのロックを外せ!
バーニア噴射でブレーキ、ボギーの後方に回る!』
朝霧大尉『ボギーのメインスラスターを狙い、私の合図で一斉射撃!
強引に大気圏再突入させ焼却する。デブリに充分注意しろ!』
静まり返るフィン・マックールのCDC、朝霧大尉の無線だけがそこに響いていた。
船内のAPE専用ドック
帰投した臨時小隊「Z1」の【銀嶺】3機が、リフトに繋がれ各々の整備ブースへと牽引されて行く。
整備に入る【銀嶺】とは別に、宙を漂いながら、通用口へと向かう三人のパイロット達。
朝霧大尉とスコット少尉、そしてアッザン少尉。
【物体E】に襲われたエジプト船籍を撃沈させ、国連軌道宇宙軍で、史上初めての実戦を経験したAPE部隊。
そして、民間人を殺傷した初めてのAPE部隊。
パイロット3人の表情は暗く、陰鬱でしかも攻撃的。
まるで、不用意に触れば簡単に斬れてしまう、両刃のカミソリの様であり、
すれ違う整備士や保安要員達も、正直なところ、彼らにかけてあげられる言葉すら無いほどだった。
朝霧大尉「!」
無重力の筒形通路の奥、分岐点の小さなスペースで、手すりに掴まりながら朝霧大尉達を見詰める人物が1人。
朝霧大尉に民間船の撃沈を命じた、クァン・ロウ准将の姿が。
朝霧大尉は近付きながら敬礼し、振り返る。
朝霧大尉「スコット少尉、アッザン少尉、御苦労だった。報告書は私が書くから、今はとにかく休め」
そう言って、先に二人を返す。
クァン准将に敬礼しながら去って行くスコット少尉とアッザン少尉。
クァン准将は返礼しながら、その場で漂う朝霧大尉に声を掛けた。
クァン准将「大尉、御苦労だった」
朝霧大尉「…」
クァン准将「私を憎んでいるのかね?」
朝霧大尉「いえ、違います。APEに乗せて頂けた事に感謝はしても、恨む事など一切ありません」
「ただ…」
朝霧大尉が言いかけた「ただ…」の一言、
クァン准将は口を挟む事もなく、その後にどんな言葉が続くのか、じっと待っている。
朝霧大尉「何となく、見えて来ました」
クァン准将「何が…見えたのかね?」
朝霧大尉「何故、APEに太い足があるのか。何故船外活動服なのに、大気圏突入や地上訓練が必要なのか」
クァン准将「…」
朝霧大尉「地球奪還作戦ですね?APEは実は、船外活動用じゃなくて、対【物体E】用兵器」
クァン准将「…それについて、私には答えられる権限を持っていない。
今はゆっくり休みたまえ、大尉」
二人とも…、やり場の無い虚無感と怒りに包まれたまま、
互いに別々の通路へと消えて行った。




