草原で流す涙
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時間と場所は変わり、その日の午後。
場所はコロニー3【中京】の中層、公共機関が並ぶエリア。
円筒形コロニーでは無い為、空も、川も、緑も無いコロニーではあるのだが、
スカイモニターが疑似映像で空を描き、広々とした区画割り構造の中で、
官公庁や公共施設に、人々が行き交っている。
看板にセントラルパーク【中央公園】と表示された、
天井は相変わらず低いが、池と噴水、タイルが敷き詰められた通路と広場が設置された憩いの場所に、
四日市東高等学校の一年生が、集結していた。
一年一組と二組、2クラス合わせて合計約80人。
社会科見学で午前中は企業や工場、警察署や消防署を回り、
いよいよ、本日ラストの見学場所である、地球環境館へとやって来たのだ。
ミカ「いや~。やっと来たね♪」
ショーン「退屈だったもんなあ」
カオル「えっ、えっ?警察署とか、消防署とか、とってもかっこよかったよ」
ショーン「子供か!(笑)」
ミカ「地球環境館…まずは、動物ブース直行ね♪」
エレノア「…うん、ワンコが待ってる♪ワンコに囲まれて悶絶したい」
ミカ「私はウサギと猫に囲まれたいよぅ♪」
期待に胸膨らませ、興奮から会話の止まらない生徒達。
引率で来ている教師達の中から、担任クラスを持たないリンダ先生が躍り出る。
リンダ「は~い注目!!!これから班に別れて行動するけど、集合時間には必ずここに集まる様に!」
リンダ先生のかけ声で、「わらわら」と入館して行く生徒達。
ミカ「エレノア、動物ブース行こう♪」
エレノア「で、でも…班行動しろって」
ショーン「いいよ、行ってきな(笑)」
カオル「うん、僕らと一緒だと、最初からじっくり見る事になるから」
ミカ「ショーン、カオル、ごめんね。後でジュースおごってあげる♪」
カオル「そんなのいいよ、気にしないで♪」
エレノア「ここの売店で出してるジュースは、果汁100%の本物よ」
カオル「…」
ショーン「カオル、よだれよだれ(笑)」
かくして、若者達は地球環境館で、地球の歴史と、人類の歴史を、目の当たりにする事となる。
ショーン「うはあっ!見てみろよカオル。これがナイアガラの滝だって」
カオル「うわああ、こんなにたくさんの水…、もったいないよ」
ショーン「あほか(笑)もったいないも何も、地球の水資源は莫大なんだよ」
館内に響き渡る歓声
ショーン「氷山…、バカでかいな」
カオル「氷山も凄いけど、雪…見渡す限り真っ白だよ」
写真集や家庭用のテレビでは味わえない、この大迫力の映像展示を、
初めて目にするショーンとカオルは、ブースに移動する毎に歓声をあげる。
ショーン「すげえ!すげえ!クジラのジャンプ!」
カオル「ペンギン…可愛いぞ。ペンギンに…囲まれてみたい♪」
夢中になって館内を回るショーンとカオル。回りの事など一切目に入らないのか、
別行動をとっていたミカとエレノアが、後ろにいる事すら気付いていない。
カオル「でっかいネコだ!」
ショーン「あれはライオンって言うんだよ(笑)」
ミカ「ショーン、カオル(笑)」
ショーン「あれは何だかわかるか?」
カオル「あれ、ゾウでしょ?ゾウだよね?」
エレノア「おお~い…」
ミカ「おバカども、いい加減私達に気付け!」
ショーンとカオルの背中をつねる、ミカとエレノア。
ショーン「あっつ!」
カオル「ひででで」
痛みで我に返り、振り向くショーンとカオル。
「見学を邪魔された!」
そういう意志のこもった、不機嫌な顔つきはしていない。
邪魔が入ってもこの二人、振り返った顔が、何とも子供っぽい、
「ドキドキ」「ワクワク」に満ち溢れた笑顔なのだ。
カオル「ミカ、エレノア、すごいね♪地球ってすごいね♪」
ショーン「マジ感動したよ俺!地球ヤバいわ!」
ミカ「あ~…、そうだね、そうだね」
エレノア「子供みたい(笑)」
ショーン「いやあ、来て良かった。俺感動したよ♪」
カオルは「うん♪」「うん♪」と、しきりに頭を上下に振り、
ショーンの言葉を全面的に認めている。
ミカ「はいはい(笑)それで、どうする?人類の歴史ブース行く?
それとも地球環境体験ブースにする?」
エレノア「…喉、乾いた」
一同はとりあえず、エレノアの提案で、売店を目指して移動を始めた。
売店コーナー
スタンドに、様々なスナック菓子とお土産が売られており、ショーンとミカ、エレノアの三人は、
店外に設置してあるベンチに座り、天然果汁100%のジュースで、喉をうるおしている。
一方のカオルは…
カオル「うわあ♪うわあ♪うわあああ」
声にならない声で歓声を上げながら、地球上の様々な景色を綴った、
絵はがきに夢中になっていた。
ミカ「まるでガキんちょね(笑)」
ショーン「気持ちは分かる…けどな(笑)」
エレノアは、カオルの為に買ってあげた「トロピカルジュース」を持ったまま、
エレノア「ぬるくなっちゃう」
ショーン「お~い、カオル!早くこっち来いよ、エレノアがジュース持って待ってるぞ!」
カオル「今行く、ちょっと待って」
カオルは、始めて見る絵はがきに、どっぷりとハマっている。
ショーン達は、苦笑いしながら、次はどのブースを見学しようかと、
相談を始めていた。
ミカ「人類の歴史ブースは勉強になるよ」
ショーン「勉強かあ…(汗」
エレノア「無難なところで、地球環境体験ブースは?」
ショーン「どんな体験があるんだ?」
ミカ「パンフレット、真面目に見てないでしょ」
ショーン「あはは、面目ない」
エレノア「南極大陸体験とか、砂漠体験、台風体験とか、色々部屋がある」
ショーン「ほほう♪」
ショーンの顔に好奇心が宿る。
誰がどう見ても、今この段階のショーンは、勉強するよりも体験を好んでいたのだ。
するといきなり背後から、カオルの声が響く。
カオル「地球環境体験ブース!!!!」
ミカ「ひっ!」
振り返れば、自分の財布と徹底的に相談したのか、カオルの手には一枚の絵はがきが。
カオル「…地球環境を体験しましょう♪」
ショーン「そう来ると思った(笑)」
エレノア「はい、トロピカルジュース。カオルの分よ」
(*´ω`*)ワア、アリガトウ♪
ミカ「よし、カオルが一息ついたら、地球環境体験ブース行きましょう♪」
『地球環境体験ブース』
小さな小部屋が何部屋も連なり、その部屋その部屋で、ハイテク機械を駆使し、
様々な地球での環境が再現される、地球に憧れを持つ人々にとって人気の、
脳内疑似体験ブースとなっている。
ショーン「じゃあ、俺は砂漠とピラミッドの部屋に入ってみるわ♪」
ミカ「私は、ナスカの地上絵♪」
エレノア「2100年当時のニューヨーク♪」
カオル「僕はこっちの部屋に入ってみるよ♪」
カオルが選んだ部屋は、「常夏の島ハワイ」。
白い砂浜と青い海、壁に飾られたサンプル映像には、
一枚の板の上に乗った男性が、高くうねった波を滑り落ちて行く画像が。
ミカ「それじゃまた、後でね」
各々、別々に部屋へと入って行く。
カオル「お、おお…」
カオルが入った部屋は、床も壁も天井も、原色に近い緑色。
ここにスクリーン投影で空間映像が再現されたり、空調やサウンド、匂いを駆使して、
「まるでその場にいる様な」臨場感あふれる体験が出来るのだ。
出入り口の扉の横、「スタート」ボタンを押す。
『中央の床の目印に向かってください』
『目印に着いたら、その場でおくつろぎ下さい。スタートします』
音声ガイダンスに従い、カオルは部屋の中央で体育座りをする。
カオル「ドキドキ♪」
すると、一瞬
キーン…!!!
カオル「うっ!?」
何か機械音の様な、人間の耳では聞き取れない高周波音波の様な、
マイクが起こしたハウリングの様に、脳に一瞬、ダイレクトに不快感が襲って来る。
カオル「…?…?」
辺りを見回すが、これといって不快感の根元は見当たらない。
カオル「お、始まる始まる♪」
いよいよ、プログラムが開始する。
室内にあらゆる角度から映像が投影され始め、息苦しい密室が広々とした空間へと変わり出す。
カオル「おお…、すごいなあ♪」
肌に感じるそよ風。
そして、風に乗ってカオルの鼻腔を刺激する、新緑の草花の青々とした香り。
強くもなく、弱くもなく、カオルを優しく、暖かく包む太陽の日差し。
遠くに見える険しい山々は、山頂に雪の冠を乗せ、その山の麓に確認出来る、人々の集う街。
カオルはハワイの海岸ではなく、「何故か」草原の上で、穏やかな表情で風に揺れていた。
カオル「…綺麗だなあ…」
小高い丘、びっしりと草花で覆われた草原の上から、「見た事の無い地球の景色」に感動するカオル。
山々の頂きをなぞる様に移動する真っ白な雲。
ポカポカと肌を暖めてくれる、ぬくもり溢れる穏やかな太陽。
遠くに見える街は、レンガ調の風靡な建物が並び、草原を縫う農道には、荷台を引くロバと、老人の姿が。
カオル (…帰りたい…)
始めて見る光景のはずなのに…、今目の前に広がるこの景色、この世界に帰りたいと願う衝動が、
カオルの胸の内から強く溢れ出ている。
ツツ…
目頭が熱い
瞳が涙で潤み、景色がぼやけて見える。
とめどなく涙が溢れ、頬を伝って行く…
何故か…
「常夏の島ハワイ」を体験する為に入室したブースで、
「懐かしい」光景に魅入ってしまい、涙の耐えないカオル。
時間がどれだけ過ぎたのかもわからない程に、
カオルは体育座りのまま、景色を見続ける。
ショーン「…おい!」
ミカ「大丈夫!」
エレノア「カオル!」
気がつけば、体育座りをするカオルの回りに集まっていたショーン達。
3人が3人とも、慌てた様な…心配そうな顔付きでカオルを見詰めている。
カオル「…あれ?…僕…」
弱々しい声で返事をするカオル。
我に返って辺りを見回せば、室内はガランとした無機質な密室に。
ショーン「長い時間出てこないから、心配したんだぞ」
カオル「えっ?」
ミカ「映像なんてとっくに終わってたのに、ずっと何かを見つめてるから…」
エレノア「…何で泣いてたの?」
カオルを気遣う3人、ショーンとミカでカオルの両脇を抱え、座ったままのカオルを抱き起こす。
カオル「…あっ!…あっ…」
カオルはそのまま意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。
ミカ「きゃあっ!」
ショーン「カオル!」
エレノア「リンダ先生を呼んで来る!」
その場で崩れ落ちたカオル。
意識が戻ったのは数時間後、病院の個室。
それも、何故なのか、カオルは国連軌道宇宙軍の軍病院に運ばれ、
国連軌道宇宙軍警備隊の、厳重な保護下に置かれていた。




