堂上特務大尉、スクープ記事を依頼される
・
日本国コロニー3【中京】
コロニー1【東京】で、居住区欠落事故が起こり、多数の死者が出たと、
街頭のニュースが繰り返し繰り返し報道している。
そんな、落ち着かないある日の午前中。
【中京】の中層、商業区域に存在する上流階級エリアの、高級喫茶店「ミラノ・カフェ」に、
デイリー中京の社会部記者、堂上誠一郎はいた。
「お待たせ致しました、マンデリンでございます」
櫛さえ通した事の無さそうな、ボッサボサのくせ毛に無精髭。
ヨレヨレのジャケットに、穴の開いたデニムを履く堂上。
誰がどう見ても、この高級感漂う店には不釣り合いな存在なのだが、
店の接客係…白髪の壮年のホール係は、「味のわかる男」だと評価しているらしく、
笑顔でコーヒーを差し出した。
堂上「…ん?」
コーヒーを口に含んだ堂上、何かの違和感に動きを止める。
「お気づきになられましたか?」
壮年のホール係が笑顔で問い掛けて来る。
堂上「…ユナイテッドギフト社じゃないな」
「ギフト社よりも生産量は少ないですが、ユニバーサル・アラビカ社と、ルートが出来まして」
堂上「ほう、悪くないね♪俺が来た時は、これでお願い」
「かしこまりました」
壮年のホール係は、笑顔で深々と頭を下げ、満足そうに去って行った。
堂上「…さて」
希少価値の高い、天然アラビカ豆を使用した、マンデリンに満足しながら、
堂上はテーブルの上に、半分に折った新聞を取り出して広げる。
新聞はもちろん、堂上が属している「デイリー中京」。
『ワシントンDCの運輸ストライキが暴動に発展、政府が鎮圧部隊投入へ』
『シンガポール2で大規模臓器売買業者摘発、専用の育児コロニーまで発見』
『火星自治政府に対する独立運動泥沼化。デモ隊に警官隊が発砲、死者多数』
『コロニー・ロンドンでの34人無差別殺傷事件、最高裁で被告に懲役2500年の判決』
『コロニー2【関西府】のポートで、家族5人がエアロック心中自殺。連絡艇の操縦士とガイドが巻き添えに』
どれをとっても、酷く陰鬱になる様なニュースが記載されている中、堂上は「社説」欄に目を留める。
『今、なぜ地球なのか』
◆可能性を見せた
人類が地球を追い出されてから約200年、
帰る場所を失った人類は、背水の陣とも言うべき覚悟を持って、太陽系へとその身を投じ、
無味無臭で暗黒だけが広がる、絶対死の壮絶な環境の中に、可能性を見い出して来た。
近くは月、金星、火星。遠くは木星のガリレオ衛星群のエウロパ、イオまで。
その決死の覚悟が実ったのか、人類の生活環境は地球軌道上に留まらず、
月面そして、火星にも自治政府が出来るまでに成長した。
この100年前から、今に至る飛躍的な人口増加は、
世界規模で、生活基盤が安定している事を如実に表している。
まさにこの200年は、人類の太陽系開拓史と呼んでも過言ではない。
たかだか200年でのこの成長…驚異的な、爆発的な成長。
まさに人類が人類たらしめた、金字塔の200年である。
◆波紋の内側
人類の、未来への可能性は留まる事を知らない。
今も尚、人々は貪欲に知識をむさぼり、各方面の最前線に向かって荒波の様に、最新技術を導入させている。
医療分野においては癌を撲滅し、復元細胞治療やDNA治療で、
人類は数々の病魔を駆逐し、平均寿命は確実に延びた。
また、宇宙科学は躍進を続け、外惑星探査プロジェクトは既に終了。
資源確保の具体的プラン算定が始まっている。
シリウス星系への地球型惑星探査などは、人類にもたらされた、最も期待すべき一筋の光明とも言えよう。
「外へ!外へ!」「先へ!先へ!」
人類の歩みは留まる事を知らない、まるでそれは、歩みから疾走に変わったかの様なスピード感で。
まるで、水面に物が落ちた時に起こる波紋。
水面を全ての方向に向かって、勢い良く広がって行く波紋。
それは今の人類の躍進と同じだと、表現しても良いのではないか。
そう。
どんどんと先に先に向かった事で、今まさに、宇宙開拓者としての人類に、
別の危機が迫っている事を言いたいのである。
「空洞化」による社会の「退廃」。
そして、一部の持つ者と、大多数の持たざる者との完全なる二極化による、「人心の荒廃」と言う、
社会構造の根本を揺るがす危機が。
◆モラルハザードと、マザー・アース
2414年度の犯罪白書が発表された。
前々年度に比べると、犯罪発生率自体は横ばいの状態ではあるが、
強盗・殺人など凶悪事件の発生率が飛躍的に伸びている。
また、臓器売買や違法薬物などの組織犯罪も目立つ傾向だ。
これだけを事由に、人心の荒廃が進むと決め付けるのは、いささか乱暴であろう。
ただ、犯罪白書とは別に、14年度統計で自殺者が激増している事をご存知であろうか?
これは、環地球軌道連合の各国家に留まらず、月経済圏連合諸国でも、同じ伸び率となっている。
また、悪質化する少年犯罪。行くあても無く、街をさ迷う浮浪者。既に飽和状態の福祉行政。
劇的に発展を遂げる人類の宇宙開拓史、その裏で何が進んでいるのか、
見えて来るものがあるのではないか。
前章で人類の現状を「波紋」と表現した。
それはつまり、人心やモラルが空洞化しているのではと言う、問題提起である。
ならば、今の人類にとって、
進歩に反比例して、荒廃を始めた人心を癒やすには、何が必要なのか?
地球人類史で18世紀より始まった、爆発的な産業革命。そして、21世紀初頭をピークにした人心荒廃。
これに似た状況の今、人々に必要なのは「癒やし」。
過度な競争と開発に疲れた人々に安心と安定、心の平和を提供出来るかにかかっているのではないか。
揺るがない重力と、途切れる事の無い酸素。
無機物に囲まれた今の無味無臭の生活から、有機物に囲まれた大自然と共生する生活へ。
今こそ我々人類は、母なる地球に、安らぎを求める時期が来たのではないか?
◆【物体E】
忘れもしない、2187年10月16日。
奴らは突如地上に現れ、たった7日間で人類は地球を追われてしまう。
科学者、宗教学者など、人類の英知を集結させても、未だにそのほとんどが解明出来ていない。
誰が呼んだのか、それとも何かの専門的呼称なのか、【物体E】と呼ばれる意味も、由縁さえも解らない。
だがしかし、今だからこそ、我々人類に地球が必要だと再確認させられた、今だからこそ、
【物体E】と相対し、地球の所有権を、人類は声高らかに主張すべきなのではないか。
我々人類は忘れてはならない。
宇宙を目指したのでは無い、結果として宇宙に生きる事を強いられたのだと。
高級喫茶店「ミラノ・カフェ」で、堂上は「自分の書いた」社説を、何度も何度も読み返す。
堂上 (これで…良かったの…か?)
最高のコーヒーを口にしながらも、まるでうかない顔の堂上。
反骨の報道記者。
体制にくみせず、常に第三者として、物事を「是々非々」で見て、そして書いて来た堂上。
その評価は高く、新聞記者の花形である、政治部への移動の話や、引き抜きの話も何度かあった。
だが、堂上は社会部から抜ける事を良しとはせず、ひたすら、社会をその目で見て、肌で世界を感じて来た。
「俺は反体制思想に洗脳された、夢追い人じゃねえ」が口癖で、
社内の誰とも距離を置いていた、孤高の人とも言うべき堂上誠一郎。
自分の書いた社説を読み返し、うかない顔で沈み込んでいる。
そんな堂上の背中に、女性の声がかかった。
メリル少佐「堂上特務大尉」
堂上「…その呼び方はやめろ、吐き気がする」
現れたのはメリル少佐…メリル・ウィルドット特務少佐。
彼女も堂上と同じく、民間徴用の軍属である。
メリル少佐は、不機嫌な堂上をものともせず、笑顔のままテーブルを挟んで、優雅な仕草で座る。
メリル少佐「だいぶ荒れてるのね(笑)」
堂上「そりゃあ、荒れるさ。正直、面白くねえもん」
皮肉をたっぷり含んだ表情で、メリル少佐を見る堂上。
そのまま「おごってやるから、好きな物を注文しろ」と、
メリル少佐に向かって、テーブルの上を滑らせる様に、メニュー表を雑に渡す。
メリル少佐「あら、羽振りが良いのね(笑)遠慮しないわよ」
と、メリル少佐は堂上の不機嫌などお構いなしに、メニュー表を見回し始める。
堂上「言ったはずだ、金に興味は無いと。こんな金持ってても、嬉しくも何とも無い。バラまいて終わり」
メリル少佐「ふうん、あって困る事は無いのに、めんどくさい人ね(笑)」
メリル少佐はカラカラと笑いながら、ホール係を呼んで、注文を始めた。
堂上「で、今日は何の用だ?」
雑談する気すら無いのか、堂上は身を乗り出して、メリル少佐に言葉で詰め寄る。
メリル少佐「社説の第一弾が終わったから、第二弾の打ち合わせをするの♪当たり前の事よ」
イベリコ豚の生ハム入りサラダ
ポルチーニ茸と黒トリュフのクリームパスタ
グリニッジ・クラウン社のセイロン・ミルクティー
全て天然物。合成食材や疑似食材を一切使用していない、
労働者階級であるならば、まず手の出せない料理の数々を、
堂上の視線を無視しつつ、メリル少佐は優雅に平らげた。
メリル少佐「あなたの奢りじゃなきゃ、食べないわよ(笑)普段は私だって躊躇するのに」
メリル少佐は悪びれる事も無く言い切る。
まるでそれは、不機嫌な堂上を手のひらで、もて遊ぶ様にも見えた。
堂上「あぁ~…、お楽しみの所悪いが、そろそろ話をしてくれないか?」
痺れを切らす寸前の堂上。苦手なタイプではあるのだが、かと言って冷酷に扱う事も出来ない。
そんな微妙な距離感が、堂上を更にイラつかせる。
食後のミルクティーを楽しんだのか、いよいよ、やっと、メリル少佐が本題を切り出した。
メリル少佐「スクープ記事を書いて欲しいの」
堂上「んが?…スクープ記事だって?」
メリル少佐「そう。だいたい…10日後くらいの朝刊をめどに」
堂上「そりゃまあ、やれって言われればやるが、…何のスクープ記事書けば良いんだよ?」
メリル少佐「APEの存在」
堂上「!!」
メリル少佐「14式武装強化外骨格【銀嶺】の存在と、
【銀嶺】の大気圏降下訓練が行われている事、記事にして欲しいの」
堂上「…おい、最重要機密じゃないのか?」
メリル少佐「今まではね。だけど、計画を進めるに当たり、APEの情報開示は必要だわ」
堂上「…まあ、確かに。対【物体E】兵器としての希望が見いだせなければ、
世論にインパクトを与えられないからな」
メリル少佐「さすがね、その通りよ。一応、情報リーク先などの台本は出来てるから、これに目を通しておいて」
メリル少佐は小さな紙切れを堂上に渡す。
堂上「…しょうがねえな、クソッ」
メリル少佐「依頼さえこなしていれば、後は自分の好きな仕事出来るんだから、
ぼやかないの、堂上特務大尉(笑)」
堂上「はいはい、わかりましたよ。…それで」
メリル少佐「うん?」
堂上「隕石の件は、いつ発表になるんだよ?」
一瞬、メリル少佐の表情が険しくなる。【その話題は、絶対にここで持ち出すな】
メリル少佐の瞳は、堂上にそう釘を刺している様にも見える。
それに気付いた堂上も口をつぐみ、それ以上「それを」話題に出さないでいる。
察したメリル少佐は、再び笑顔に戻る。
メリル少佐「APEのスクープ記事、よろしくね♪」
堂上「わかったけど、…どこまで細かく書いて良いんだよ?」
メリル少佐「あくまでも14式【銀嶺】だけ。多分、あなたも把握してるでしょうけど、
99式【蒼騎】と、同型機3機のプロトタイプは、絶対に記事にしては駄目よ」
堂上「はいよ、了解」
抑揚無く堂上は頷く。
「じゃあ、後はよろしく♪」
堂上の苦悩などお構いなしに、メリル特務少佐は店から去って行った。
独り残った堂上。ホール係にコーヒーの追加を頼み、しばし考え込む。
堂上 (武装強化外骨格APEって、武装PEEVAの進化系だよな。
それも、ここ三年くらいの間に開発された…。)
目の前に置かれた、追加のコーヒー。
ほろ苦い香りが堂上の鼻腔を刺激し、物思いに耽る堂上を、更に思案の海へと旅立たせる。
堂上 (じゃあ、あの99式【蒼騎】【紅騎】【白騎】【黒騎】は一体、何なんだ?
99式って事は、2399年製だろ…?)
堂上は時間を忘れ、メリル特務少佐が「記事にしては駄目」と言っていた、
余計な事を考えてはいけない領域に、好奇心の羽を羽ばたかせていた。
堂上(3年前くらいにやっと開発が始まったAPEに、
何で16年前のプロトタイプが存在するんだ…?)




