メリル・ウィルドット特務少佐
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時刻はその日の10:00ちょっと前。
場所は、コロニー3【中京】の中層、商業エリア。
工業コロニーの主役である労働者達に、安価でボリュームのある食べ物を提供する、定食…食堂街ではなく、
出店側が、労働者よりもホワイトカラー層にターゲットを絞り込み、
上品で清潔、センスのあるレストランやカフェや、ブランド品販売店を置いた、言わば、セレブ向けエリア。
そのエリアの一角に、今ではそうそう手に入らない「木造品」の家具や、
テーブルなどの調度品で店を飾った、高級感漂うカフェがある。
カフェの名前は【ミラノ・カフェ】
今、そのミラノ・カフェの入り口扉を、木造の扉を「ぎいぃぃっ」っと開けて、
デイリー中京の社会部所属、堂上誠一郎が入店して来た。
ヨレヨレのTシャツの上に、ヨレヨレのジャケットを羽織り、
ヨレヨレのズボンに、薄汚れ底がすり減ったスニーカー。
場違いな雰囲気の店へと、無表情のまま、堂上はゆっくりと飛び込む。
獲物を狙うハンターの瞳は、爛々と輝かせたままに。
広い店内にズラリと並ぶ木製のテーブル。
まだ時間は午前10時、ランチ目的の客もいないので、人影はまばら。
単独で来店している客が二組、ビジネスの打ち合わせらしき書類を見せ合う四人組と、
世間話に花を咲かせていそうな、中年女性の三人組。
堂上「…」
店内を見回す堂上、堂上に近寄り「いらっしゃいませ」と、丁寧に挨拶してきた、
年配のホール担当を、「待ち合わせだ」と、手のひらを向けて制止。
その時同時に、奥のテーブル…店内の全てが一瞬で把握出来る絶好のポジションに、
一人で座る女性を見付ける。
堂上 (カプチーノを飲みながら、テーブルに赤いハンカチ。彼女に間違いなさそうだな)
ゆっくりと、奥へと進む堂上。
背もたれに寄りかかり、カプチーノを飲みながら、雑誌をながめるその女性。
堂上に気付いているのか、気付いていないのか。
それとも気付いてはいるのだが、気付かないふりをしているのか、
雑誌に視線を固定したまま、堂上に全く視線を合わせようとしない。
堂上 (くそ…余裕ぶっこいてんのかよ)
女性の反応に多少苛立ちを覚えながら、あくまでも平静を装い、堂上は声を掛けた。
堂上「メリル…ウィルドットさんですか?」
おでこが丸々見えてしまう程に、短く刈った金髪。愛嬌のあるたれ目から覗く険しい瞳。
パリっとアイロンが通った細身の上下のスーツが、華奢でありながらも豊かな身体のラインを強調している。
最初は「同い年くらいか?」と感じた30代の堂上が、彼女に近づくにつれ、
「俺より若いんじゃないか?」と当惑し始めるほど、彼女からは上品で清潔な美が溢れている。
堂上が声を掛けた女性…、メリル・ウィルドット特務少佐は振り返り、堂上に着席を促す。
メリル「デイリー中京の堂上さんですね、お待ちしていました。どうぞ、お座りください」
メリルに促され、テーブルを挟んで反対側に座る堂上。
一瞬の沈黙、無言のままメニューを堂上に差し出すメリル。
堂上はそれを真剣な眼差しで、手のひらで制止。【ティータイムに誘われた訳じゃねえ】【早く話を進めろ】と、
メリル少佐に無言のアピールを行う。
メリル少佐「安心してください、お代はこちらでもちます(笑)
美味しいんですよ、ここのコーヒー。代用豆じゃなくて、月のプラント栽培の…、本物を使ってるんですよ」
小さくおどけながら、堂上に勧めるメリル少佐。
もちろんそれは、今回堂上が論説文を発表した事に対し、
【こちらは全く動揺していない】と言う立場の表明。
そして、本場のコーヒーを【奢ってやる】と言う、上から目線の挑発。
つまり、キャスティングボードは、こちらが握っていると言う、メリル少佐の無言のプレッシャー。
そう、お互いに口にはしていないが、
前哨戦というか…既に水面下で、この二人のバトルは始まっていたのだ。
堂上「それなら、ご馳走になるか」
と、言いながら、堂上はメニューに目を通しもせず、軽く右手を上げ、初老のホール担当者を呼ぶ。
堂上「ユナイテッド・ギフト社の豆は扱っているの?」
初老のホール担当は、堂上の言葉に軽い衝撃を覚え、頬を紅潮させる。
ホール担当「も、もちろんでごさいます♪月のギフト社プラントと直送契約を行っているのは、
ここでは当店のみでごさいます」
この初老のホール担当は堂上を、見かけは別として「味のわかる男」だと、判断したらしい。
堂上「じゃあ、ギフト社のマンデリンお願い」
「かしこまりました!」
ホール担当は嬉しそうに、厨房へと飛んで行った。
堂上「さて、俺をわざわざ呼んだ理由をうかがおうか」
テーブルの上に自分の両手の肘を乗せ、両手の指を組み、自分の顔…アゴを乗せる堂上。
コーヒーの味すら分からない、下層労働階級の新聞記者。
そう言う眼差しで堂上を見ていたメリル・ウィルドット特務少佐を、
堂上の上品なカウンターパンチがヒットする。
意外な…、堂上のコーヒーの趣向に一瞬鼻白むメリル少佐。
しかし敵もさるもの。直ぐに体制を立て直し、平静を装いながら、堂上に話し掛ける。
メリル少佐「朝刊…見事な論説文でしたね。導入部分の言い回しから、締めの文言まで。
ひさびさにマトモに新聞を読んだ気がします」
堂上「お褒めにあずかり光栄ですと、言っておきましょう」
「…で?」と、堂上がメリル少佐に言葉の催促を促そうとした時、
唐突に…ズバリ、少佐は本題に入り始める。
メリル少佐「国連軌道宇宙軍を挑発する理由をうかがいたい。最後の締めの文言にある、【地球に惹かれた】。
あれは脅迫ですよね?」
堂上「脅迫?」
メリル少佐「またとぼけて(笑)あなたの論説文の締めの段落に、
【何故今になって、国連軌道宇宙軍が地球の重力に引かれ…惹かれ始めたのか。】と、書いた。
この文言はつまり、国連軌道宇宙軍に対する脅迫でしょ?と、聞いています」
堂上「それが何で脅迫になるのかなあ…」
とぼける堂上の脇から、ホール担当の声がする。
「お待たせしました、マンデリンでございます」
丁寧に、初老のホール担当が堂上にコーヒーを持って来る。
とぼける堂上に対して一瞬口を開けたメリル少佐、ホール担当が去った事で再び口を開く。
メリル少佐「【地球に関する情報】を、まだまだ俺は握っている。
そうあなたは論説でメッセージを書いた、我々国連軌道宇宙軍に対して」
ここで、終始穏やかだったメリル少佐の表情が激変する。
まるで犯罪者を蔑むかの様な、侮蔑のこもった冷たい瞳を堂上にぶつけたのだ。
メリル少佐「目的は…金か?」
メリル少佐の刺す様な視線をヒラリとかわし、本物のコーヒーの香りを楽しみながら、堂上は軽やかに反論する。
堂上「金なんかいらん。真実が知りたいだけだ」
メリル少佐「真実を知りたいだと?これはまた…、陳腐で使い古された常套句を引っ張り出してきたな。
結局は自分の懐に金が転がり込むと言うのに、真実が知りたいだけだと?」
堂上「二度も言わん」
メリル少佐「つまり、記事にする積もりは無いと言う事か?」
堂上「…それは分からん、内容次第だな」
軽くため息をつくメリル少佐
メリル少佐「話にならんな…」
堂上「何を慌てている?」
メリル少佐「慌てている?私がか?」
堂上「何とかして、俺の真意を引き出そうとしている様に見える。
だが、そもそも俺を呼び出したのは、もう記事を書くなと圧力をかける為なんじゃないのか?」
しばし、黙り込むメリル少佐。
いつの間にか、会話の主導権を堂上に握られてしまい、攻守が逆転している今、
心理的な優位性を回復する為、【交渉】の主導権を握る為、脳内で交渉術の再構築を図っているのだ。
堂上「ここにやって来た俺に向かって、【これ以上深入りしたら殺す】
それを言えば、君の仕事は済むんじゃないのか?」
思案を続けるメリル少佐、堂上も黙り込んだメリル少佐をいぶかしげに見る。
堂上「おい、どうした…?何を黙っている」
メリル少佐「…武装強化外骨格式EVA、通称PEEVA。
もう既に生産は中止され、新しいコンセプトの元、最新鋭兵器が実装され始めた」
堂上「…おい」
メリル少佐「武装強化外骨格、通称APE。国連軌道宇宙軍の主力兵器として、
亜宇宙戦術空母群から優先的に配備された」
堂上「メリル少佐、いきなり何を言っている!?」
メリル少佐「君も知ってるはずだよ、堂上さん。
【殉職した】技術部少尉のファイルを、遺族から受け取ったはずだからね」
堂上「…」
そこまで把握されているとは…と、無言でメリル少佐を睨む堂上。
改めて国連軌道宇宙軍の、情報保全部のアンダーアクションに恐怖を覚え、
【巨大組織】に立ち向かう自分の、非力さを痛感している。
メリル少佐「あなたが書いた論説の最後の部分。
(何故今になって、国連軌道宇宙軍が地球の重力に引かれ…惹かれ始めたのか。)
つまり、APEが大気圏突入訓練を行っている事も、把握していると言う事だね。」
ガタッ!
勢い良く立ち上がる堂上
メリル少佐「座りたまえ、堂上さん。話はまだ終わっていない」
国連軌道宇宙軍、情報保全部の恐怖。薄暗く、決して表舞台に登場しないこの組織に、堂上は恐怖を感じている。
そして、思わず立ち上がった堂上は、更に驚き、戦慄を覚える。
音を立てて立ち上がった際、店内にいた別の客達の視線が、一瞬…わずか一瞬ではあるのだが、
堂上に全て視線が集中し、そしてそれが悟られぬ様にと、再び各自がバラバラに会話を始めたのだ。
堂上(…ここの客は、全員情報保全部の仕込みか…)
あきらめたのか、それとも事を荒立てるのをためらったのか、
堂上はゆっくりと腰を下ろし、飲み終わったコーヒーカップに、
無意識に再び口をつける。
メリル少佐「それら全てを承知した上で、あなたは論説を書いた。
何故今更地球に?…と、その情報を我々から聞き出すために」
堂上「…確かに、君らがアクションを起こすと予測し、記事を書いた」
メリル少佐「つまり、内部機密を餌に、国連軌道宇宙軍に対して脅迫を行った事になる」
堂上「脅迫した積もりは無い、俺は真実が知りたいんだ!」
メリル少佐「だから金はいらない、真実を聞かせろ、記事で発表するかはわからん。
…そんな無茶な要求を、一体誰がのむのかね(笑)」
意外にも、メリル少佐はクスクスと笑い出す。
その光景を、堂上はポカーンと見つめている。
まるで、青臭くて面倒臭い人間だと、年上の女性に笑われている様だ。
メリル少佐「失礼(笑)…話を戻そう。堂上さん、国連軌道宇宙軍が何故地球に惹かれたか、それでも結論が知りたい?」
堂上「…ああ」
メリル少佐「よろしい、ならばこの話はここで終わり」
堂上「うん?」
メリル少佐「今日の夕方、あなたの携帯端末に連絡を入れる。指定の場所へ【正装】で来る様に」
堂上「はあっ?」
堂上が呆気にとられている事を気にもせず、メリル少佐は「ごちそうさま♪」と言いながら、
テーブルの上にチップ込みのコーヒー代を置き、そのまま扉の外へと消えて行った。
もちろん、堂上のコーヒー代も、メリル少佐の支払い金の中に含まれていた。




