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七話

 過去を消し去って新しくリセットしたかのような淡白とした空には、雲というものが存在しなかった。本当にすべてを消滅させたように広々と蒼白い空が覆っていた。僕はカミタニさんの車から降り、カミタニさんに一度肯いた。それは舐めるなよ、という僕からの挑発のつもりでやったのだけれども、カミタニさんはそれを嘲笑うかのように「頑張って」と一言そう言った。君一人じゃ無理だよ、と先程のカミタニさんの言葉が脳裏で流れた。ただの嫉妬心からだ、愚かな人間だな、実に哀れだ、と僕は便宜的に脳内で唱え、僅かな優越感を掴む。それは濡れた紙を引っ張った瞬間に千切れたような、そんな儚いものだった。

 色鮮やかなあらゆる種類を揃えた花屋と何をやっているのかよくわからない不気味な雰囲気を漂わせた店舗の隙間に人が二人くらい共に入れそうな間隔の路地裏があった。僕はそこへと足を運び、中へと入った。

 路地裏の中は、放課後の校舎のような静けさを佩びていた。左右にある建物の影が重なり、頭上の虚無な空を遮るように薄暗い闇を抱いていた。壁の隅には大量の苔を蓄えており、どれも憔悴したかのように暗く深緑だった。薄い膜となって壁や地面に這い蹲っている静寂は、僅かな足音すらも捕え、波紋を描くように響いた。超能力を発動したわけでもないのだけれども、すべてを静止させたかのような程に静かだった。

 僕は先程男から取り上げた小型ナイフをポケットから取り出し、刃を開いた。冷え切った左右の壁から僅かに覗ける虚ろな空は光を走らせ、それを刃が吸い込み、蒼白い光を纏った。試しにと僕はナイフを何度か振り、軽々しく宙を切り裂く音を確認した。その後に僕は脳裏で漫画等でよく見る爆発ボタンのような物を創作した。いつ時を止めれてもいいようにと、準備は常に必要なのだ。

 僕は右手にナイフを握ったまま、やや駆け足で路地裏内を捜索した。男は近くにいるはずだ。鋭く勘を巡らせ、常に耳を澄ましておく事を恒常させる。神経の鎧を身に纏うように、僕は全身に注意を流していた。

軽々しく靴底が地面に弾み、音が反動した。左右に塞がる壁にボールのように跳ね返り、路地裏内を走った。ナイフをすこし傾けると光はそのまますり抜け、元の角度に戻すと再び光を吸収し放った。

 ここの路地裏は迷路のような仕組みとなっており、行き止まりがあったりだとか、同じ道に戻ってしまったりするのだ。僕は所々で電話を取り出し、地図マップを開いて確認をした。ところで男は見つからない。

 僕は先程の迂闊さを改め、神経の針が大量に付着したマントに包まっていた。男はどこだ、と僕は繊細に辺りを見渡した。

 影が被さり、鼠色の壁を暗く染めている。凍みるような空気が辺りをうろつき、巨大な網の冷気が頭上から降り落ちたかのようだった。僕は気にせず足を動かした。ところで服装のせいか、僕は影と一体化したかのような感覚を覚えていた。自分でも自嘲するくらいに、黒いのだ。まるで黒と黒に挟まれ、引っくり返されたようだった。

 マップに示された青い点は達しかに僕の近くを彷徨っていた。僕はその方向にへと足を進めるのだけれども、中々出くわさないのだ。それは何故か、僕はすぐに確信した。見事に僕も迷っているのだ。地図を持ち、僕の方が圧倒的に有利なのだけれども、迷ってしまったのだ。

 僕は一度、瞑想をする事にした。それで何かが閃くわけでも、男が無防備に出現するわけでもない。けれども、一度僕はすべてを無にした。脳内で描いていたスイッチも白紙に戻し、地図マップからも目を逸らした。ナイフを収め、ポケットに戻して耳を澄ました。深々とした虚ろな空間に耳を澄まし、瞼を閉じて闇の海に潜る。

 壁や地面に剥れまいと密着している静寂の上を滑るように響く僅かな音も逃がさずに耳を澄ました。まるで獲物を狙う鸚鵡のようだった。意味がない事は承知の上でだ。ただ、落ち着きが欲しいだけなのだ。

 目を開き、僕は視界を広げた。僕は携帯電話を再び取り、地図マップに目を通す。青い点はまだ近くをうろついていた。

 その時――僕は曲がり角の壁から食み出ている男の腕を発見した。藍色の暗めな色合いのダウンジャケットを着た男だ。間違いがなかった。僕はナイフを構え、右足で地面を強く蹴った。男の方へ目掛け、宙を跳ぶように駆けた。

 男が僕に気付き、夥しく腕を引っ込めて前へと逃げた。男がいた曲がり角に身を寄せて僕は勢い良く男の背を赴いた。その場に漂う氷のような空気を蹴って払うように僕は全力で男を追い駆けた。男は右にへと曲がり、僕も同ように速度を落さず右に湾曲するように曲がった。

 僕は必ず勝てるという自信があった。自分の方が有利なのだ。僕は把握済みなのだ。その先は、行き止まりとなっている事を知っているのだ。

 男が目の前に塞がる壁に気付いた。僕は笑みを洩らし、脳裏に再度爆発ボタンを描いた。この力はどのタイミングで発動させるかが大事となるのだ。制限時間は二、三秒と限られている。その時間の使い方により状況が大きく変わるのだ。僕は男が逃げるのをやめた瞬間に停止させようと結論を叩き出した。男はまだ走るのを止めていないのだ。

 脇腹に走る痛みを堪えて僕は駆けた。喉を奥深くにへと圧されるような息苦しさを感じ、鉄のような血の味が口に広がった。それを見計らうように、男の回し蹴りが僕の腹に重みを乗せた。

 男が逃げるのを止めたかと思うと、瞬時に切り替えるように男は右足を後ろにへと振った。右足の踵が僕の腹部の中心を捉え、蹴り飛ばしてきたのだ。突然の行動に対処しきれなかった僕はそのまま足元を崩し、膝が屈した。それは小学五年生の時の僕がこの超能力に気付いた日に似ていた。男が身を僕の方へと振り返り、そのまま右足を前へと振った。踵で僕の右肩を突き、僕は微妙に浮かしていた腰を派手に打ち付けた。

 身体を起こし、尻を浮かせようとした瞬間、僕の額の先に銃口があった。僕は全身が竦み、浮き上げていた尻も萎縮して再び尻持ちを付いてしまった。

 拳銃なんて見た事がなかったのだ。その小さな円の窪からは異様なほどに危険な何かを漂わし、僕にはそれがすべてを飲み込んでしまうような底のない空間に繋がっている渦に見えた。

 冷や汗が滲んだ。どうする、どうすると僕の声が脳裏に鳴り響き、想像していたスイッチが消えていくのがわかった。まずい状況だ。あれほど注意していたのに、油断してしまった。目を見開いたまま、僕は戦慄で声が出ない事に気付いた。

 まずい。とてもまずい。どうする、どうする?迂闊だった。

 僕は銃口から視線を逸らす事を試みた。しかし、逸らした視線は引き寄せられるように銃口にへと戻ってしまうのだ。その小さな円の渦に、僕は飲み込まれていくようだった。


「さっきは俺も油断していた。てめえは見た事のない面子だ」と男が言った。「新入りかよ」


 僕は戦々恐々としている自分に苛立ちを覚えていた。さっきもそうだったじゃないか、と自分を叱った。最強のはずだぞ、と銃口から目を逸らす事に努めた。僕は大雪が積ったかのような身の重さと肌寒さを感じた。恐怖と焦りがもたらすものだ。

 僕は再び瞑想に入る事にした。そんな悠長な事していられないのはもちろん理解している。けれども、今は落ち着きが必要なのだ。冷静でなければ人間というのは弱くなるばかりなのだ。目を閉じると瞼の裏が漆黒の網を広げた。僕を包み、深く潜り込ましていく。僕は焦りを削除する。恐怖を削除する。驚悸を削除する。削除した、とはならなかった。が。

 闇に飛び込む事で僕は銃口の威圧感から逃げ出す事が出来たのだ。威圧感から逃れる事で、僅かな余裕を取り戻せたのだ。落ち着きが戻った事で、脳裏で消えかけていたスイッチを想像できる事ができたのだ。そのスイッチが創作できる事により、僕は優越感を抱く事ができたのだ。男はもしかすると、人差し指を引き金に掛けているかもしれない。けれども、気にする事はなかった。

 闇から帰還した僕はすかさずスイッチを押した。

 男が今にでも引き金を引いてしまいそうな持ち方で拳銃を突き出したまま、停止した。その場に漂っていた冷えた空気すらも固定された。まるで今にでも屈服してしまいそうな眠気と戦っていた世界が、疲れから耐え切れず寝てしまったようだ。

 僕はこれまで蓄積していたものが膨大して破裂したかのように優越感が身を包み込んだ。

 

 

  

今回は頑張りました。いや、毎回がんばってますけれど。


それと僕の文章には魅力がないな、と思いました。

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