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五話

 犯人らしき男二人組を発見したのは、廃虚ビルの三階に上がった時だった。微妙な緊張感を備えているカミタニさんは既に神経を尖らせており、気配を察した瞬間に右手を横に伸ばし「ストップ」と緩慢な歩きをしている僕の身を止めた。それは「赤上げて」と命令されてすぐさま赤の旗を上げるかの様だった。

 僕はその手の素早さに足を停止する事ができず、カミタニさんの伸ばした手首が腹に練り込んだ。「壁に背を付けて」とカミタニさんは出来る限りの声を殺し、僕にすら届くか届かないかの小声で指示した。僕はカミタニさんに釣られる様に背中を壁に密着させる。

 僕とカミタニさんは膝を屈してその場にしゃがんだ。耳を澄ますと微かではあるが、確かに男の声が耳に流れた。「これからどうすんだよ」と焦りを積らした声がした。「さてトオル君」カミタニさんはマスク越しに僅かな音量の声で僕に呼び掛けた。


「作戦を立てようか」

「え、作戦ですか?」

「当たり前じゃないか。相手は何といっても超能力者だ。しかも俺達はその超能力の詳細を知らないんだよ?」


 必要ないです大丈夫です、と僕は本心を包み隠さずそう言った。すでに僕は、腰を浮かせて男達の方へと向かうタイミングを見計らっていた。少なくともナイフは携帯しているだろう、とそれだけ推測を勘ぐる。

 「何を言っているんだ」とカミタニさんが予想外の返事に驚愕し、大声を張り上げそうになった。それは少々大袈裟なしゃっくりを想像させるものだった。一瞬の緩みが迂闊だった。

 「おい誰かいるのか!」先程の焦りを見え隠れさせていた男が声を張り上げた。しまった、とカミタニさんが反応し、息を殺す。その隣で僕は「大丈夫ですって」とまるで「ま、次があるって」と肩を叩く上司の様に言った。

 僕は、腰を浮かせて体勢を整え、身を構える。馬鹿はよせ、とカミタニさんが必死に僕を食い止めようとして来るので、さすがにしつこいなあと僕は息を吐いた。


「いかんせん僕は、自分が一番最強だと思っていますから」


 正気かこいつは、という表情をしているカミタニさんを無視し、僕は男達の方にへと駆けた。「なんだてめえ」と男が僕に気づき、手に持っていたナイフを開いた。

 僕は体制を低くし、地面を蹴る様に駆けた。男の持っているナイフを一瞥する。刃からして使い古している感じだった。男がナイフを縦に振る。僕はそのナイフをすり抜けるイメージを脳内で再生しながら、身を逸らした。のと同時に、脳裏に浮かべたスイッチを押した。

 男が停止した。ナイフが描いていた軌跡すらも滞り、無事成功した事を確認する。僕はナイフを避けて男の顔に近づくと同時に右足を出し、男の左足を掬い取る様にして絡めた。男が後ろにへと傾くがそこで止まる。そのまま僕は右手で男の首を掴み、頭部から倒れた。

 休憩していた世界は再び起動した。一瞬にして薙ぎ倒されているのだから、男は戸惑いを隠せずにいた。僕は見計らう様にナイフを握っている男の腕を捻り、自分の左肩に乗せるようにして固定する。反対の腕は付け根辺りを右足で強く踏み付け、もがきを防いた。

 口元から泡を吹かせる勢いで僕は男の喉仏を右手で押し付けた。男が「降参です降参です」と涙を滲ませている。僕はその顔に快楽を覚えた。

 けれども、その快楽が僕の気を緩めた。迂闊だったのだ。もう一人の男の存在を、忘れていたと言っても過言ではない。毛の先程の警戒すらも破棄していた。その僕の迂闊さが招いてしまった。

 冷えた視線を向ける男の姿が目の前にあった。ナイフの鋭い先端で僕を捉え、勢い良く振り落とす。飄々と宙を裂く靡き音を走らせた。しまった、と僕は目を瞑る。

 おかしい、僕は即座にそんな感想を抱いた。僕の頭部を突き刺したはずの男は勢い良くカミタニさんの蹴りを脇腹に突かれ、体勢を崩していた。そのまま覆い包む様にカミタニさんは男の上へ跨り、つらい姿勢に固めた。

 ちっ、と僕は舌打を洩らした。助かった、と安堵してしまった自分に腹立ちを覚えたのだ。自分一人で出来たはずだった。

 

「甘いよ。トオル君」カミタニさんが安堵の息を深く洩らす。

「いえ、むしろしょっぱいくらいです。僕一人で対処出来ていました」


 カミタニさんは僕を見据え、苦笑ではなく溜息を吐いた。



 その後僕は二人をロープで縛り、車に積んだ。その時のカミタニさんは「仕事が終わった」とタチバナさんに電話しており、すべて僕一人でやらせていた。 



「君の超能力の詳細を推測してみようと思う」

「なんですか」

 

 あれから僕とカミタニさんは車に戻り、再び渋滞に巻き込まれていた。その車内で僕とカミタニさんは、今回の反省会を開いていた。いや、反省会「的」なものだ。曖昧だ。


「俺は一瞬、瞬間移動かと思ったよ。でもどうやら違うようだね。あれは「時を止めた」というのが一番しっくりと来る」

「正確に言えば、「自分だけの時間を追加出来る」というものです」

「変わらないじゃないか」

「まあ、そうですけれど」


 男二人組はロープで縛られ、後ろの座席で眠っていた。寄せ合う様に縛ったので、お互いが持たれかかっている。愛が強いカップルの様で、素直に気持ちが悪かった。

 「話を戻すけれど」カミタニさんはハンドルを握り、青にへと変色する信号を眺めながら訊ねて来た。話を戻す、とは反省会的なものの事だ。「君は自分に自信を持っている。それはいい事だと俺は思うよ」でもね、とカミタニさんが冷えた印象を伴わせる声で続けた。


「自分勝手な行動は控えてほしいな」


 僕にはそれが、ただの嫌味にしか聞えなかった。自分勝手、というわざと人聞きの悪い言葉を選んでいるとしか思えなかった。僕は自分が恣意的な行動をしたとは認めていないのだ。

 しかも、控えるとはなんだ。僕があの時行動をしていなければ、今こうして車の中にはいないのではないか。脳裏で思い付く限りの愚痴を託つ。

 

「僕一人でやれたはずです。援護なんて必要ありませんでした」

「そうかい」

「そうです」


 軽く受け流される事に、僕は苛立ちを覚えていた。この人は何を考えているのだろうか、見当もつかなかった。

 車内は何故か知らないが廃虚と同じ様に埃を舞っていた。暖房も入れていないのに、と疑問を抱くが気にしない事にした。


「君一人じゃ無理だよ。失礼だとは思うけれども」窓を据えるカミタニさんが突然、そう言った。

「なぜそうやって言うんですか」

「じゃあ後ろの席見てみなよ」


 僕は言われた通りに体を捻り、男達が縛られている方へと振り向いた。「あれ?」おかしい。僕は思わず、目を見開いた。

 

「君が捕まえた方の男が逃げた」


 その言い方にも僕は、悪意を感じた。


 

最近集中力が足りない気がします。

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