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四話

 カミタニさんの車の中で、僕は「超能力者」について、一人で論じていた。正確には人間の「思考」についてかもしれない。

 僕に訪れた仕事の依頼というのは、「ある大手組織の護衛を勤めていた超能力者二人組が逃げ出したので、捕まえてほしい」という単純なものだった。カミタニさん曰く、この業界には多いケースらしかった。

 「たまにいるんだよ」カミタニさんが慣れた手つきで運転をする。車窓から覗ける外の景色の建物は、次々にほいほいと軽々しく投げられて行く様で、僕だけが加速している、という想像を抱いてしまう。

 

「超能力者っていうのは本当に僅かな存在だからね。それが自分の自惚れになって、道を踏み外してしまう人も少なくはないよ。いわゆる、優越感だね」

「なるほど」


 無愛想に僕は頷いた。カミタニさんのその口調には、僕に警告する嫌味の様なものを感じ取れたからだ。自動車の中の暖房が深く溜まって行き、重みに変わって行く感覚がした。乾いた空気が身を覆い、息苦しさを感じる。思い切り入れ替えれないだろうか。

 カミタニさんは、僕の様子を読み取る様にして窓を僅かの隙間開けた。本当に心を読まれているのではないか、という疑問を抱く。それと同時に「ありがとうございます」と、顎を引いた。

 そういえば、とカミタニさんが口を開いた。僕は耳を澄ませる仕草をとった。


「仕事服的なのは、サイズはピッタリかい?」

「まあはい」


 仕事服的、という何とも曖昧な表現をしたそれは、僕を黒一色に包んだ。上はまるで暖を発電しているかの様に温かい黒のタートルネック。その独特な生地が僕の肌に擦れて若干の痒みを生じさせる。我慢した。下も同じ様に深い黒一色のジーンズだった。サイズどころか、丈すらも折り曲げなくても良いようにと正確に作られているので、僕は素直に気味が悪くなった。渡された用紙にも身長などは記していないのに、ましてやモデル志望の女性でもないのに、僕の体格に見事に合致するサイズのパンツだった。なぜわかったんですか、なんて訊ねる気にもならない。

 その代わりとは言ってなんだけれども、僕は一つ僅かな興味を抱いていた事を訊ねた。


「あの、先程タチバナさんが言っていた〈蝶硝〉って、なんですか?」

「ああ。トオル君は知らないよね。簡単に言えば、というか大雑把に言えば、俺達の業界の中で頂点に君臨する組織みたいなの」

「組織「的」ですか?」僕はなんとなく、強調して再度訊ねる。

「今度は曖昧じゃないよ」


 カミタニさんが苦笑した。それはあまり面白いとは思わない事に無理矢理笑うような、阿諛な子供に似ていた。首元に纏わり付く毛糸が肌を擽り、痒みに耐え切れず僕は右手でぼりぼりと少々乱暴に掻いた。それが逆に肌をかぶれさせる様な感覚を残し、毛糸と再び密着した時はひりひりとした痛みを生じた。

 それは掻けば掻くほど肌を爛れさせる様な、表せない感覚だった。



 着いたよ、とカミタニさんが車を止めたのはそれから渋滞に巻き込まれ、しばらく経過した頃だった。動いたかと思えば止まったりと、悠々な速度を一定にしている。思わず淡い眠気が脳を襲い、瞼に重みを纏わせた。そのタイミングを見計らった様に、カミタニさんが車を到着させた。ががが、と細かい物が無数に転がり、お互いを擦る様な音を発しているので僕は、砂利の道だという事を推測する。

 

「なんですか、ここ」


 僕は停車した車から身を降り、前に聳え立っている建物を一瞥し、素直な感想を述べた。「今回の仕事場」カミタニさんが車の鍵を掛け、砂利を踏みながら僕の隣に並び、煙草を一本口に咥えた。

 カミタニさんが言う今回の仕事場、というのは――廃虚のビルだった。それはもう誰が何処から見ようと廃虚で、放置されて何年と経っていそうな程の立派な廃虚ビルだった。硝子の窓は粉砕したかの様に荒らされた形跡を残しており、コンクリートで出来ている壁には亀裂の皹を走らしている。百人に訊ねようと、千人に出題しようと、全員が「廃虚」と答えると断言出来る程の、廃虚ならではの怪しい雰囲気を漂わせていた。写真に写せば何かが映り込みそうな印象を覚える。建物を囲む様に伸び放題となった雑草が生え茂り、枯れた根が無数に分裂して建物を一部を覆っている。

 空は灰色とまでは行かないが、少なくとも澄んだ青空ではない。月光を弱めた様な、蒼白い色合いをしていた。それが逆に光となり、眼球に差し込む鋭い眩しさとなった。

 カミタニさんが「話によるとここに犯人達はいるらしいよ」とタチバナさんから送られて来たメールの内容を見つめながらそう呟く。

 「なにかドラマのようですね」と僕は緊張感のない声で述べる。そうだね、とカミタニさんが氷柱の様な冷たさを纏った声で、僕のを軽くあしらった。僕のこめかみがぴくっ、と弾んだ。


「すでに気づかれているかもしれないから、注意して」

「わかってますよ」

「あくまで仕事だという事を忘れないでくれよ」

「大丈夫です」


 カミタニさんは先程とはまるで変貌したかの様に雰囲気が変わり、微妙な緊張感を纏っていた。僕には何故そこまで真剣になるのか、見当もつかない。

 カミタニさんが廃虚の入り口の方にへと進む。僕も背を追う様に歩いた。一歩進むごとに砂利が擦れる音がなり、見えるか見えないか程の淡い煙を上げた。僕が柔道選手の様に足を滑らしながら前に進んでいるからだ。砂利を足で払う様に歩く事で、本来の乾いた土の地面が露になった。

 


 廃虚の中は、薄い闇を漂わせていた。明りがなく影が深い。一瞬夜になったかとも思わせる程だ。暗い所は夜だ、と僕は何処かで決め付けているのだ。

 埃を大量に被った壁と床は、立ったままの肉眼からでも確認出来た。本来の鼠色を覆い隠す様に、埃で白色にへと変色している様だ。鼻に飛び舞う埃が付き、むず痒い。さすがにくしゃみは堪えた。

 カミタニさんは咥えていた煙草を地面に落し、右足で吸殻を踏み躙っている。出来れば埃が舞うので止めて頂きたいのだけれども。カミタニさんは予め用意していたかの様に、マスクをダウンジャケットのポケットから取り出し、口元を隠した。

 

「トオル君もいるかい」

「そりゃあ、ねえ」思わず軽い口調で返事をしてしまった。

 

 カミタニさんはもう一枚水色のマスクをポッケから取り出し、僕に渡した。僕はその仕草をとても無愛想に感じた。片手で荒くポッケに突っ込み、そのまま曲げていた肘を僕の方へ真っ直ぐ伸ばしたのだ。

 僕はそこで、カミタニさんの機嫌が悪くなっていると思った。何故か苛立ちを覚えているかの様だったのだ。けれども僕は、気にしない事にした。正直、「くだらないな」というのが一番大きかった。

 影の中へと入ると同時に僕は、夜を迎えた。

 


 

 

伊坂先生の影響の文章と、若干の村上春樹ですかね。 

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