二話
一瞬、幻覚か何かを見てしまったのかの様な感覚に陥った。けれども、すぐに違う、と断言出来た。幻影を催した経験はないけれども、幻ではない事は確かだった。
では何故か?、と僕はあらゆる事を勘案した。けれども、あきらかにあの現象は「自分が起こした」という結論に導いてしまうのだ。もう一度、考えを直す。神様という存在を信じない僕は非現実的な思考もあまり好ましくなかった。テレビなどでよく拝見する自称超能力者だとかいうのも、胡散臭いインチキだと脳では決め付けているし、ましてや天から授かった何か、なんてものは毛頭と信じる事はなかった。「奇跡」というものさえ、「偶然」という言葉に変更させる僕だ。正直僕は、そんなものを信じる人間が愚かで醜く、哀れだとすら抱いていた。起こる出来事すべてに、「神様」なんて言葉を使い、すべて口実にして現実から逃げている様に思えたからだ。
それに便乗するかの様に、非現実的な思考もあまり僕はしたくはなかった。自分もそういった何かに飲み込まれそうな気がしてならない。自分は粗野に、悶える様に思索を繰り返した。
が、出る答えはすべて自分が起こした「奇跡」だった。
ならば仮に自分がその「奇跡」を起こしたとして、自分は何をしたのか?漫画の様な事を考えている自分に苦笑する。出てくる案は一つだった。
自分はあの日。「時を止めた」。
それが妥当だろう、と自らの結論に納得の頷きをした。確実にあの時、時間というのは動きを止めていた。校舎の外で爽やかに挨拶をしていた教師達も、まるで回っていた薇が切れた様に、停止していたのだろう。友人と下らない話題で雑談していた生徒達も、会話が途切れる様に静止し、背負っていたランドセルの弾みで起きる僅かな揺れすらも滞ったのだろう。
その中で、僕だけが行動する事が可能だった。僕が、「時間を停止させた」。捻くれているかも知れないが、僕はそこでまた疑問を抱いた。
時間が止まってしまえば、その場を彷徨っていた空気すらも止まるのではないだろうか?、と。人間は空気を吸わなければ生きる事は不可能だ。だから時間が停止した、という事は空気も滞る。同じく停止した人間も息をする事すらも「止まっている」ため、結論から言えば息をしていない。
「それじゃあ僕は」
自分だけが息を出来る。違う。僕は「停止した時間を動く事が出来る」超能力という事か、と結論付ける。しかし僕は、またしても納得出来ない点があった。捻くれているかも知れないけれども。
「止まった時間を移動出来る」という表現を、僕はあまり気に入らなかった。何故なら、時というのは「止まらない」からだ。ならば「止まった時間」とは何だ、という事になる。
じゃあ僕は、時を停止でき、さらにその中を自由に行動出来るのか、と頭を捻る。
通常。人間という生き物の中で、一日の時間も感覚は二十四時間と決められている。その二十四時間の中に僕は「自分だけの時間」を「追加」出来る。自分が一番納得出来たのは、その表現だった。
通常人間の「二十四時間」という囚われた檻に、僕は「自分だけの時間」を僅かながらに追加出来る。もし僕が本当に超能力を開花させたのであれば、それに違いないだろう。
非現実的な思考を好まなかった僕ではあるが、そう推測してみると僅かな高揚を味わえた。
じゃあ仮にそうだとして、僕はその「時間を追加出来る」能力をどうすれば発動出来るのか、という考えに移った。
「時間よ止まれ!」と有名なフレーズを叫んでみたり、「ザ・ワールド!」なんていう単語まで、いろいろ思い当たる事をした。親指を中指の第二間接に付け、強く弾いてみたりもした。そして一人で羞恥心を覚えては悶える事を繰り返した。
そして僕が決定的な答えを掴んだのは、算数の授業中だった。
黒板をチョークが突く軽々しい律動が、耳元でも同じ様に突かれる様な感覚だった。ノートを広げ、白紙のままのページに鉛筆で「時を止める」だとか「超能力」だとかのワードを上げていた。傍から見れば、自分に酔っている人間の様な風景だが、自分は至って真面目だ。
あの日の一件以来、僕は消しゴムを割った、という事よりも、「奇妙な事をした」という事で益々孤立をしていた。クラスの皆から僕は気味悪さを感じられるようになり、完全で完璧な独りとなった。
僕は何となく、スイッチの様なものをノートに描いた。画力というのは僕は乏しかったが、何となく指先が赴いたのだ。
自らの動きに委ねる様に、ノートに描いたスイッチを脳裏で想像をする。算数だけ教師が変わるのだけれども、その教師は何か黒板に書く度に「ここは何だっけ?」とクラスの生徒に訊ねるので、さすがに煩わしさを感じている様だった。一部の生徒が発言し、すべて言い終わってもいないのに「そうだね」と相槌の如く呟く。その循環だった。
脳裏で描いたスイッチを、脳裏の中の僕が手に持つ。握る型の輪郭をしたスイッチを持ち、ボタンの元へ親指を沿える。脳裏で「時間追加!」と呟きながら、そのスイッチを押した。
そこで僕は理解した。確実にその瞬間、僕のいた世界が静止したのだ。消しゴムを何故か机の端に立たせ、ノートを無我夢中に書き込んでいた女子生徒は指を止め、発言していた男子生徒は話の途中で滞り、黒板を突いていた担任は固まる。
これだ、と僕は確信した。非現実的な思考が好きではない僕でも、これはさすがに認めざるおえなかった。僕は確かに、
自分だけの時間を追加出来たのだった。それはほんの二、三秒という奇跡。
それからの僕は、一日に何度と時を止めてはこれ以上ない程の高笑いをしていた。少々嗚咽する程の勢いで声を張り上げ、停止して、なすすべの無いクラスメイト達を視界に収めては嘲笑う、といういわゆるストレス解消方を身に付けた。
それは給食の時間や授業の時間。帰りの会。あらゆる時間に発動させては机を薙ぎ倒す勢いで笑いを放った。一瞬にして静寂へと変わる校舎内に自分だけが特別という優越感に浸かり、自ら沈んで行った。自惚れすらも、僕は覚えていた。
それと同時に、僕に対する「いじめ」というのは強まって行き、給食の中には必ずと言っていい程、小石が詰められていた。僕はその給食を見る度に、「哀れな人間だなあ」と憫笑をし、貶めた。憫笑ばかりだ。
僕は、この世でたった一人の逸材だ。
優越感に溺れるこの感覚が堪らなかった。狂おしい程に雄叫びの様な笑い声を響かせる事で、自分の特別さが肌を撫でる様に実感出来たからだった。
そう高揚して行く度に、脳裏に浮ぶ疑問も芽生えるものがあった。僕は本当に、この世でたった一人なのだろうか?
もしかするとだけれども、僕のように他人とは逸脱した「奇跡を起こせる」者は他にも存在するのでは?、という疑問だった。その事だけが、気に掛かっていた。
自分のこの「奇跡」に、さらなる興味を抱たのだ。
そして時間は遡り、現状にいたる。小学校なんてものはもちろん。中学、高校と卒業した僕は、ある探偵事務所の様な建物の前に訪れていた。
あれから僕は、「奇跡を起こせる」者達が集まる業界というものを発見した。僕が立ち止っているこの事務所は、その業界の一つらしい。
この事務所の中に、どんな人物がいるかは僕はまだ知らない。けれども、自分は断言出来るものが幾つもあった。どんな超能力があるのかは知らないけれども。
いかんせん、僕は自分が一番最強だと思っている。
二話目です。はやいですかね。