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十四話

 超能力の発動を失敗したのだろうか、と僕は焦りを覚えた。僕に緊張とおぞましさを与えながらゆっくりと詰め寄ってきていたはずの男が、いないのだ。それは地面に穴が空いて、すっぽりと落ちていったかのようだった。僕は肩を片手で押さえつけながら辺りを見渡した。そして僕は思わず「わっ」と驚きの声を上げてしまった。

 前にいたはずの男が僕の隣にいるのだ。身が透けて見えるようなほど存在を薄め、僕の隣に一瞬の内に移動してナイフを今にも振り下ろそうとしていた。ナイフの鋭く尖った先端は、僕の額から左の目玉を削って顎まで深く切り裂く事を精密に計算された位置だった。しかし時は止まっていた。僕の超能力の発動は成功していたのだ。しかし時間はあと一秒もないので、僕は足を二歩、三歩と下がっただけだった。時間が再び動き刻み始める。

 男は軽快に宙を割った。ナイフが獅子落としのように振り下り、空気を一刀した。僕があのまま漠然として立っていたならば、間違いなく顔半分失っていた。そう考えると背筋に氷が這い上るように身の毛がよだった。男は想定内のごとく、すぐにナイフを戻して僕を睨み付けた。僕は肩から手を離し、身構えた。

 男はナイフを右手で握り、足を前に出した。直後。男が一瞬にして僕の視界を覆った。互いの鼻が当たるほどまでに、距離を詰まれたのだ。僕は「え?」としか言えなかった。僕にはそれが「駆けてきた」とは思えなかったのだ。かといい、歩いた風にも窺えない。忌わしさが僕を襲った。それはまるで「瞬間移動」したかのようだった。もしかすると、いやあまり考えたくない可能性だが、僕は奴も「時を止める」事ができるのでは?、と脳裏が過ぎった。だから僕が攻撃を交わそうが冷静沈着なまま体制を戻し、僕を再び据える事ができたのだろうか。僕は冷や汗を額に浮かべた。刃が、焦る僕を笑うように鋭い光を視界に差したのだ。僕は紙一重に、ナイフの刃を避ける事ができた。ナイフは僕の脇腹があった空間を鋭く射ていた。僕はCカーブ描くように身体を曲げており、すこしでも腹を揺らせば刃は粘度を切るように肉を蹂躙していくだろう。

 僕はそのまま足を絡めるようにして男から離れ、やや距離を広げて、脳内にスイッチを作り上げた。次こそ、と僕は男の方へ駆けた。一度瞬きをした。それは無意識に行う行為だ。瞬きを意識的にする者など、0に近いだろう。しかし僕は、その一瞬の瞬きという今の行為に激しく後悔した。瞬きの時間など一秒も要しないものだ。その一秒も経っていない時間の中で、男は僕の死角に回り込んでいたのだ。

 その背後に突如として出現した気配に、その忌々しく嫌な気配に、僕は驚きと同時にスイッチを押した。僕はつんのめり、地面に顎を打つところだった。すぐに立ち直し、男を見据える。男は僕を抱くように両手を横に広げた体制で停止していた。僕はすかさず男に近づき、ナイフを取り上げた。そして男の腹部を膝で蹴った。意味はあったかどうかはわからない。多分、ないだろうとは思った。そして男の横に身体を移した瞬間に、男は動きを再開した。

 男の反応は早かった。自分が今ナイフを持っていない、とすぐに悟ったのだ。その繊細さに僕は逼迫した。男はその長い足を僕に振った。それは僕の腹部を蹴り付ける事が目的ではなく、僕が取り上げたナイフを奪い返す事が目標に見えた。しかし僕はそう予測しただけで、行動に移す事ができなかった。まるでダンスでも踊っているかのように軽快に伸びたその足は僕の右手を捉え、自分の足を切らないようにと計算された向きでナイフだけを蹴飛ばした。

 僕の右手からひゅん、と重みが消えた。ナイフがないのだ。ナイフは真っ直ぐ飛び、遠い位置へと転がった。素早い、と感想が浮かんだ時にはすでに男の姿はなかった。僕は咄嗟的に背後を振り向いた。男はいた。遠く離れていたナイフの箇所に当然のようにいたのだ。男はナイフを拾い、僕に目をやった。男の素早さに僕は目が眩む事しかできなかった。翻弄されているのだ。頭での収集が微塵と追いつかず、熱膨張のように重みを増して頭痛を引き起こしそうだった。

 僕は男を瞬きもせずに見据えた。これは僕の便宜的な推測に過ぎないが、奴は簡単に言えば「瞬間移動」をしているはずだ。僕のように「時を止めた」わけではない。そう信じたい。僕はそれを「瞬間移動」だと決め付け、その詳細を予測した。勘案した。

 僕はまず、「瞬間移動」の概念を考えた。文字通りだ。瞬間に移動するのだ。まるで元からその場所にいましたよ、というようにだ。どこでも時間を要せず移動でき、それまでの距離を省くのだ。僕はそこで頭にぴん、とくるものがあった。

 距離を省く?

 距離を省くとはなんだ。百メートルの道があったとして、そのスタート時点とゴールの位置までの長さを省略する、という事だろう。似ている。そう男は距離を省略しているのだ。走る時間を飛ばしたのだ。僕は何かを掴めそうな気がした。気がしたのではない。概念を掴んだのだ。ならばそれに伴う弱点は何か?僕は再び頭を捻った。

 男に殴られた時間まで遡り、曖昧な記憶を再生させた。男の行動にすべて通じる何かが存在するはずなのだ。瞬間移動、距離を省略、あらゆるワードを放り込み、便宜的ではあるが答えを作った。

 男は拾ったナイフを掬い取るように拾い、そのまま前屈みとなりながら姿が消えた。僕は「空気と共に入れ替わる」超能力を持った男が浮かんだ。どこか似ている気がしたからだ。男は僕の前に詰め寄ってきた。それを見計うように僕は左足の膝を上げたが、男はそれを悉くかわし、ナイフを前へと突き出した。空気を射ち、僕の心臓部分に赴く。僕は上げていた膝を伸ばし、力はないが左足で男の脇腹を押すように蹴った。ナイフと僕の胸元の幅が広がり、そのナイフを免れた。しかし、代償として尻餅をついてしまった。男は僕の前にへとすぐに詰め寄りナイフを振った。僕は尻餅をついたまま「ストップ、ストップ!」と訴えた。そこで地面の上に何かが置ってある事に気づいた。それを確認せず左手で拾い、弾むように手を振った。すこし重みのある細長い物体だ。僕はその瞬間、自分の左手が巨大な腕力を持つ怪物に握り潰されたような痛みが走った。ナイフで刺された肩に負担が圧し掛かったのだ。

 僕が投げたそれは男の目に直撃し、男は目元を手で覆った。僕はそれがナイフだと確信した。先程僕が投げた刃部分を出していない折りたたみナイフだ。これは幸運だ、と僕は自分を褒めた。男は声も発さず、目を瞑りながらナイフを振り下ろした。再び刃が宙を走る。僕の頭上を突き刺す勢いで空間を滑った。

 僕は左肩の痛みを堪えて、尻で転がるように移動してナイフを避けた。ここまで何とか避けてはこれたが、どれも危機一髪だ。彼の素早い行動は僕の焦りを吹雪のように靡かせながら積もらせていった。しかし、それは僕だけではない事に気づいた。

 男の息が、異常に上がっているのだ。呼吸を整えるような息が何度も口元から漏れており、僕よりも息が切れているのだ。それはナイフを振るだけの動作だけでは起きない程の息の上がりようだった。僕は未だに立つ事ができないまま、確信の笑みを零した。血管をが綱引きのように引っ張られているような鋭い痛みに呻きながらも、僕は発見した。

 あれは男の超能力の代償だ。距離を省略できる代わりに、通常走ったよりも深い疲労をもたらすのだ。僕は笑みを浮かべる余裕を作る事ができた。男のナイフを振る速度が、徐々に衰え始めていると思ったからだ。僕はナイフが視界を突き刺してくるのを、ナイフの矢先をまじまじと見詰めながら、スイッチを押した。

 ナイフの刃が、今にも僕の鼻筋を貫くような近さだった。あと一センチもないだろう。すこし首を前へ曲げればナイフは僕の鼻先を射る距離だ。僕は悠々とその場から立ち、右手の拳を強く握って男の顔を殴った。殴られた弾みで男は強制的に首を右に捻り、殴られた事に気づかず停止している。僕は男からナイフを取り上げ、僕と同じように肩を突き刺してやろう、と試みた。しかし、その時すでに二秒が経過しており、男は殴られた弾みで尻餅をついた。僕は見事なほどにナイフを空振り、そのまま振り下ろした腕の勢いでつんのめり、体制を崩した。

 寝たままの体制で男が右足を上げた。その爪先が僕の鼻を捉え、僕はアッパーを食らったかのように後ろにへと舞った。そのまま一回転しそうな勢いだ。

 僕は背中を地に強打し、視界を眩暈が埋め尽くした。朦朧と揺れる脳は酔いを伴い、男の立ち上がった影がぼんやりとシルエットになって浮かんでいた。水面に反射され映る世界のように、その影は歪んでいた。僕は背中を地面に密着させたまま、足を曲げて立ち上がる事を試みた。しかし、身体全身に走る痺れが僕の力を吸い込んでいった。まるで響いた音が余韻を残しつつその音を吸い込んでいく静寂の部屋のようだ。

 僕は辛うじて立ち上がろうと努力する。足が震えながらも、地面に立つ事はできた。しかし、麻痺したかのように身体は軽やかに動かない。男はゆっくりと僕の傍に近づいてくるのだ。僕は焦りと朦朧の意識に襲われながらも、その二つを格闘した。

 スイッチを浮かべた。触れれば灰になってしまうようなほどに脆い構造ではではあるが、輪郭を描き、色を与え、僕の手を作った。男は僕が投げた折りたたみナイフを拾い、刃部分を開いた。僕は男から取り上げたナイフを握り締め、不恰好な歩き方で後ろへ何歩か下がり、その度に炒飯を作っているフライパンのように揺れる歪む脳に酔った。とても気分が悪い。足元がずっしりと重みをまとっており、蛙か何かを飲み込んだような感覚だ。食べた事はないが、そんな気がするのだ。

 僕は男の超能力を見切った。能力の詳細と伴うリスク。すべてを把握した。あとは勝利するだけなのだ。勝つ事は簡単だ。僕はそう脳裏で唱え続けた。僕は右手で握ったナイフを男に目掛け、投げた。野球選手が野球ボールを投げるのと同様にだ。男は予想外の行動だったのか、僕から奪ったナイフを構え、僕の方にへと駆け出した。

 僕の投げたナイフが男の頭部辺りの高さを保って一直線に宙を走る。男はそのナイフを軽々しく、頭を左に傾けてナイフを避けようとした。しかし、僕はそれを見計っていた。

 スイッチを押した。時間が停止し、耳が痛くなるほどの静止が始まった。それは地の底で眠っていた怪物が、合図と共に地上に上がってきたかのように、辺りは沈静に包まれた。男はナイフを避けるため、首をすこし傾けたまま電池が切れたかのように停止し、僕の投げたナイフは、糸で釣られているように浮いたまま固まった。

 僕は投げたナイフの軌跡を指で曲げて逸らし、ナイフが男の肩に刺さるようにと固定した。殺してしまうのは業界では禁止なのだ。当たり前だ。僕も殺人犯にはなりたくないし、ましてや殺す気も毛頭と浮かばない。僕は右手の拳を構えた。男をノックアウトさせる覚悟で殴ってやるのだ。

 この時僕は気付いていた。超能力はメリットよりもデミリットの方が多い、とあの男も言っていた事を僕は思い出した。そのとおりだ、と僕は苦笑した。今、目の前で停止している男の超能力にはもう一つ弱点があったのだ。

 止まっていた時間が、動き出した。


はい。バトル回でした。この話もあと僅かで終了しますが、常に新作は何個か案ができております。それはレゾンデートルよりも前に出た案もあります。一応、世界の滅亡、というより「かっこいい死に方」がテーマです。てか、これが最終回みたいになってるじゃん!!!

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