20
心臓の辺りを貫いた刃からポタポタと血が滴り落ちる音だけが玉座の間に響いていた。
「ガフッ!?まさか……そんな……こんな終わりかた……」
血を吐きよろめいたのは窮地にあったカズヤではなく圧倒的優位にあった和也の方であった。
「フーッ!!フーッ!!」
「ち、千歳!?動けたのか!?」
そして、その状況を生み出したのは和也の命令によって身動き出来ないはずの千歳であった。
千歳はカズヤの手から弾き飛ばされ自らの足元に飛んできた軍刀を咄嗟に獣のように口で噛み握り、体当たりをするような体勢で和也の体に軍刀を突き立てていた。
「ペッ、いえ……動けなかったのですがご主人様の窮地を前に体が咄嗟に動きました」
口から軍刀を離し、よろめいて倒れていく和也を横目にカズヤに手を差し出した千歳はそう言って少しはにかんだ。
「そうか。何はともあれ助かった」
己と同一存在である和也の呪縛を気合いと根性だけで食い破った千歳にそう言いつつ、窮地を脱したカズヤは虫の息になっている和也に近付こうとした。
しかし、カズヤが和也の元に歩み寄るよりも早く和也の元に駆け寄った影があった。
「隊長!!」
それは和也の下で戦っていたロスト・スコードロン所属のモンタナであった。
「まだ敵の残党が……」
「やめろ、千歳」
血にまみれた和也を抱き締めるモンタナを容赦なく撃ち殺そうとする千歳をカズヤは制止した。
「何故ですか!!隊長ならばあのような攻撃は避けられたはず!!」
「……あまりにも予想外でな」
モンタナの問い掛けにどこか嬉しそうな笑みを浮かべながら和也は答えた。
「っ!?隊長!?」
「これは……」
それを合図にしたように和也の体が光の粒子となって徐々に消えつつあった。
「……ようやく、お役目御免かな」
「そんな!!嫌です!!私を独りにしないで!!」
何かを悟ったように呟く和也と、いやいやと首を振りながら叫ぶモンタナ。
「最期の別れの時を邪魔して悪いが、こちらの質問に答えてもらうぞ」
そんな2人の間に悪いと思いながらもカズヤは未来の情報を得るべく割って入った。
「残念だが、神のくそったれに口封じされていてこれから先起こる出来事は何も教える事は出来んぞ」
「チッ」
先に和也からそう言われ有益な情報を何も入手出来ないと知ったカズヤは思わず舌打ちを打った。
「まぁ、これだけは言える」
「なんだ?」
「来訪者は拒め。拒ばねば待っているのは最悪の未来だ」
「来訪者?それは一体……」
「隊長!!」
意味深な言葉の意味をカズヤが更に問い詰めようとするが、和也の体はもう消え去ろうとしていた
「時間か……モンタナ」
最期の時を悟った和也はカズヤから視線を外し、側にいるモンタナに視線を向けた。
「面倒事ばかり押し付けてすまん。だが……を……時に頼む」
「ご命令とあらば!!この身を賭して遂行致します!!だからどうか……消えないで!!」
「すまないな、あぁ……全くお前はいつもそうだった。いくら突き離そうとも離れてくれなくてな」
「隊長……?」
「千歳達以外で愛したのはお前だけだったよ」
「隊長ーッ!!」
そうして言葉で何かをモンタナに託した後、和也は安らかな笑みと共に完全に姿を消したのだった。
「終わったな」
幾度となくループし地獄を味わっていたもう1人の自分の死を見届け、そして何やら密命を受けたらしいモンタナが玉座の後ろにあった秘密通路から出ていくのを見送ったカズヤは千歳の隣でホッと小さく息を吐いたのだった。
「マスター。まだ終わりでは無いようです」
「……今度は何があった?」
千代田の含み言葉を耳にして嫌そうな表情を浮かべたカズヤはため息と共に問い返した。
「これはまた何とも……」
戦いを終えて合流したセリシア達と共に帝都を後にし、基地へと戻り傷の手当てもそこそこにカズヤが目の当たりにしたのは空中に浮かぶ巨大な“島”であった。
「事の始まりは1時間ほど前。ローウェン教の聖地を中心とした直径約20平方キロメートルの土地が突如として空へと浮き上がり浮遊島と化しました」
「帝都に居ないと思ったらあれで新大陸に逃げるつもりだったか」
「その様です。いかが致しますか?」
「逃げて行くのならもう放っておけばいい」
疲れた表情を浮かべながらカズヤはそう千代田に告げた。
「よろしいので?今なら重航空巡洋艦を旗艦とする辺境監視部隊が攻撃可能ですが」
「彼我の戦力差が不明だ。やめておけ」
「確かに。ではそのように」
「あぁ」
そうしてとにもかくにも帝国攻略戦は終焉を迎えたのであった。