都会で会ったシンデレラ
気まぐれで書いた物語です。
幼い頃の自分がひどく純粋に見えて、今の自分が醜く見えることは、年齢を重ねた人なら誰でも経験することだ。
理由は単純。いつの時代でも、子供というものは、大人に比べてダイヤモンドのような輝きを持っているから。何の混じり気も無い眼差しは、世界が自分を中心に回っていると信じて疑わない。その、思わず目を覆いたくなるほどの白さは、嫌がおうにも自分の服が汚れていることを認識させらる。
それを、僕は彼女に見た。
彼女のことは、幼い頃から知っている。日本の片田舎で育った僕と彼女は、互いに都会に出るのが夢だった。小学校、中学校と、僕と彼女は一緒のクラスで、場所は東京と、同じ県内なのだが、や別々の学校に進学してしばらくが経っていた。
だが、さらに大学受験を経て、僕と彼女は思わぬところで再開した。それまでメールもしなくなっていた彼女と、進学した先の大学の食堂でばったりと顔を合わせたのだ。
お互いに驚きで声も出せなくなり、取り敢えず広い食堂の片隅に向かい合って腰掛けた。彼女は昔の面影を残しながら、長い髪を後ろで束ねた、綺麗な美人になっていた。最早、僕たちは田舎で一緒に過ごしていた頃の思い出が蘇り、二人で東京に出てきてからのことを話しこんだ。
彼女は何処かの共学の高校に通っていたらしい。そこで一人の彼氏を作り、色々と経験した出来事を楽しそうに話した。僕も笑顔で、今までに出来た彼女などの話をしていた。
幸せなひと時だった、といえばそうかもしれない。もう、僕たちは子供ではなかった。着ている服は、生きている中で泥に汚れ、或いはペンキに汚れ、子供のころの真っ白な服ではなくなってしまった。
「そういえば、さ。どういう仕事に就職するか、考えてるの?」
今までの過去の会話を追え、僕は未来のことに話題を傾けた。その頃には、彼女と、僕の目の前にあるトレーの上の食器は、全て空になっていた。食後の、僕が持ってきた珈琲を一口飲むと、彼女は髪を揺らして困ったように微笑んだ。
「そうね。まだ、具体的なものは無いの。昔から、看護師になりたいとは思っていたけど、今はここの経済学部で学んでる」
「そっか。まあ、何か必ず決めなきゃいけないって訳でもないし……悩んでるの?」
彼女は、少し自信なさげに頷いた。俯いている彼女に、この話題を出してしまったことを申し訳なく思いながら、僕は珈琲を意味も無くゆすった。豆の香ばしい香りが、心を和ませてくれる。
「なら、良いんじゃない?考えていれば、きっといつか答えが出るよ」
「ええ」
それっきり、彼女は食堂の一面に張られたガラスの向こう、行き交う大学生たちを見つめていた。その瞳が、それらの人々を見ているのではないと解り、僕は黙って珈琲を飲んでいた。
数十分後、彼女は「もう行くね」と呟いて、自分の鞄に手を掛けた。この後の講義もなかった僕は、どうせだからと途中まで一緒に帰ることにした。大学前のバス停から駅に行き、そこから同じ方面の電車に乗る。
東京の町並みは、僕たちの故郷とは違って、何もかも灰色に見えた。黒い車が何台か目の前を通り過ぎて、コンクリートむき出しのオフィスビルは、午後のやや傾いた日差しを反射してくる。その間を、電車は縫うように進んでいく。
「私ね」
唐突に、彼女が言った。東京の電車にしては珍しく、この車両に乗っているのは僕と彼女だけだった。車窓の外に移る景色から彼女に視線を移すと、真っ直ぐに僕の瞳を見てくる。
「貴方のことが好きだった。多分、今も」
永遠のような一分がすぎて、僕は彼女の言ったことをようやく理解した。「だった」というのは、つまり小学校や中学校の頃から、ということだろう。それがすぐに飲み込めた割には、僕の頭は霧が掛かったようにぼんやりとしていた。
「ええと」
言葉に詰まる。僕は、彼女が嫌いなわけではない。むしろ、好きだ。昔から、隣で笑っている彼女が好きだった。
だけど、これはどっちに対しての感情なのだろう。
昔の、白い服を着たシンデレラなのか、都会の灰色に染まった彼女なのか。
「僕も、好きだ」
そういうしか出来ない自分を、ここまで恥ずかしく思ったことは無い。同時に、安心したかのように笑った彼女の笑顔が、僕の胸を締め付けた。
「だけど……駄目だよ」
そう。
僕も君も、お互いの過去を覘いているに過ぎない。過去に魅力があったからといって、今のその人が同じ人物だという証拠にはなりえない。
僕は、恐らく、白い彼女が好きなのだ。
「ごめん。本当に、ごめん」
とにかく謝った。彼女は、笑顔で「いいの」といって、ここで降りなきゃ行けないから、と残して、電車から降りた。僕も、その駅で他の電車に乗り換えなければならないので、分かれ道の改札まで歩いていった。行き交う人々の雑踏の中、彼女は最後に一度だけ振り向いた。
「さっきのことは、忘れて?」
僕も、彼女に負けじと、笑顔で答える。
「うん、わかった」
別れの挨拶はそれだけだった。お互いに反対側の改札をくぐり、僕は一人、まるで油と水がない交ぜになったかのような面持ちで階段を上った。ホームの上に辿り着いて、ふと目の前を見る。彼女の、白いワンピース姿が見えた。視線を横に向けると、彼女のいるホームに電車が迫りつつある。
僕たちは、本当に最後に、お互いに手を振った。
慌しくやって来た電車が音を立てて彼女の目の前を通過して、白いワンピースが視界から消える。シンデレラのような彼女が電車にさらわれる様にいなくなると、代わりに、彼女の立っていた位置には、誰かの傘がガラスの靴のように落ちていた。
ツイッターのフォロワーさんに、課題を言われて書いたものです。三十分くらいで書き上げたので、完成度は余り高くないですが、自分の試したかった手法をいくつか使用できたので、満足です。