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某病室にて記す

作者: 鋭角かなた

「ここは監獄だ。常に監視と管理の下にある」


 十七歳で初めての入院初日、正面のベッドの真っ白な顎髭を伸ばした老人が呟いた。気にするな、と隣の中年の男性が言う。僕は無関心であるような振りをしながら、老人の言葉に耳を傾けていた。


「死に関心を持つのは異常者か死を意識した人だけだ。他の者は誰かが死んでも平然と朝飯を食う」


 確かにそうかもしれない。



 暇がこんなにも苦しいとは思っても見なかった。欧米人が“Kill Time”と言うのも至極納得だ。


 することが無く、限界を迎えた僕は一階にある本の貸し出しをしている棚を見てみた。


 病院というと高齢者が多いためか、司馬遼太郎などの時代小説が大半を占めていた。

 唯一知っている作品といえば村上春樹のデビュー作、『風の歌を聴け』である。


 普段本をあまり読まない僕は対して興味が無かったものの、半ば仕方なく病室に持ち帰った。


 内容は何とも無い、捻くれた恋愛小説だ。ネームバリューとこの暇さえ無ければ決して読むことが無かった作品だろう。

 勘違いされては困るのだが批判するつもりは一切ない。


 芥川賞を受賞した某作家が「数百円で一流の作品が買えるのは小説だけ」と言ったが、全く持ってその通りである。


 気付けば陽は沈んでいた。


「どこか達観した目付きね」


 その夜に担当した看護師が自己紹介の後にそう付け加えた。


「助産師さんにも言われました」


「生まれてすぐに?」


 僕が悪戯っぽく笑うと、彼女は「つまらないよ、それ」と笑った。


 見るでも無く点いていたベッド横に備え付けられているテレビには、お笑い芸人が旅館の料理を頬張り、当たり障りも無いコメントを吐いているところだった。


「つまらないよね、それ」


 全く持ってその通りである。


 夜はいびきの合唱で、とても寝れるような状況では無かった。これまた仕方なくテレビを付けるも、一々上がるわざとらしい歓声に嫌気が差し、五分と観ずに消した。


 初めて入院というものをし、その記念すべき一日が終わるわけだが、この寝れずに過ごす深夜を殺すために、一人で反省会を開くことにした。


 まず、今日だけで幾人にも心無い感謝の言葉を述べた。清掃に来たオバサン、点検に来たオジサン、タオルを取り替えに来たオバサンなど。


 また、一種の厭らしい媚を伴った言葉もまた思わず発せられた。例えば綺麗な看護師に。


 病室に居れば否応なしに誰かと接しなければならない。その対応、態度に僕自身、そして相手側にイライラが生じる。


 公園にいた。中に子供数人が入れるスペースのある、キノコの形をした遊具がちょっとした雑林に見え隠れしていた。 中に入ると、割と綺麗な外見とは裏腹に、『ムカツク』『○○死ね』『あいつマジブサイク、ウザい』等の中傷がマジックで書かれていた。


 急に慌ただしく人の出入りがあり、僕は公園から病室に引き戻された。個々のベッドは若草色のカーテンで仕切られて詳しくは判らなかったが、正面の老人が集中治療室に運ばれたらしい。


 そして次の朝には亡くなったという話をそれとなく耳に挟んだ。


 僕は今、平然と納豆を掻き混ぜている。


 それは正しくあの老人の言う通りであった。

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