第9話「正体の行方」(後編)
窓から差し込む明るい光に照らされて、閉じていた瞼を開けた。
夢は見なかったと思うが、まだぼんやりしている。
あれから、これからのことや、犯人のことなど頭がパンクするほど考えていたから無理もないだろう。
まだ寝るのが物足りない感じだ。
軽く欠伸をし、上半身を起こす。
ここは生徒会室で、今までソファの上で寝ていた。
時刻は六時半過ぎ。
起きるにはまだ早い時間だが、目が覚めてしまったので仕方ない。
このまま起きていることにした。
――スー、スー――。
どこからか寝息が聞こえてきた。
「あ」
生徒会長の机を見ると、そこには沙夜が机に突っ伏して寝ていた。
どうも見事に綺麗な寝姿で、可愛らしい印象を受ける。
恐らく、風奈が寝た後も必死で犯人やら、騒ぎを止めるための対策を練っていたのだろう。
ほんと、思いやりのあるいい子だ。
風奈は自分が使っていた毛布を取り、沙夜の肩にかけてあげた。
今の時期、朝方は寒いので、風邪でも引いたら大変だ。
そっとかけてあげると、起きそうな反応を起こしたが、結局起きずスヤスヤと眠り続けた。
暗い部屋の中、一人の少女がいた。
明かりも付けないこの部屋で、少女は座り込み、一冊の本に集中している。
ぼそぼそと独り言を言い、ハサミで、本をボロボロに傷つけていく。
「うふふふふっ、さぁ、早くいなくなりなさいよ。この恨み、絶対に許さないんだから。さぁ、さぁ、さぁ!!」
本にペンで名前を書いては、ハサミで傷つけ、至福を味わっていく。
彼女にとって、抱えている悪はとても興奮を覚えるほどの嬉しさらしい。
彼女の表情はとても嬉しそうで、不気味な笑みを作っていた。
「会長、調査したところ、学校のいたるところに多数のカメラが貼り付けられていました」
午前9時過ぎ。
生徒会室に月都が報告しにやって来た。
「やっぱりね。自分で動くより、カメラを貼り付け対象人物の行動を捉えていく。こっちのほうが有利だと思っていたのだけど、どうやら正解だったらしいわね」
沙夜の考えはこうだ。
犯人が自ら対象人物をカメラで撮っていくより、学校中にカメラをセットして撮っていけば怪しまれずにすむ。
このほうが犯人にとって有利ということになる。
まさにこれが行われていたのだ。
「それで、カメラのほうは?」
「もちろん、全て処分しました」
「ありがとう。風奈」
「はい」
「犯人を見つけるにはまだ難しいけれど、この騒ぎを止めるくらいなら何とかできるわ。協力してくれるわよね?」
騒ぎを止められるなら、何でもする。
風奈はそう思っていた。
「もちろんです」
その後、沙夜は笑みを作った。
放送室。
放送委員が放送をする準備を始めていた。
二人いて、一人はマイクの手前に座っている。
全校舎に流れるボタンを押し、生徒は読み上げた。
『全校生徒の皆さん、こんにちは。今、学校中である噂が流れているのをご存知でしょうか? 知らない人もいるかと思いますが、その噂について沙夜様からお話があるようです。至急、クラスごとに体育館へ集まってください。繰り返します――』
その情報は全校舎に流れ、生徒全員の耳に届いた。
また、届いて欲しくない者の耳にも届いたが。
バンバンバンッ。
誰かが生徒会室の扉を強く叩いた。
何事かと思い、月都は扉を開ける。
すると、そこにいたのは、氷の妹だった。
「冬月風奈!」
名前を呼ばれたので、風奈は出た。
「な、何ですか?」
「出たわね。前は生徒会長とか国王に選ばれて、今度は、あなたが人間だって大騒ぎになってる。ほんと、あなたは騒ぎを起こすのが上手ね! そこまでして、前まで平和だった学校を支配したいの!」
「え、支配って、そんな」
「いい! 私は絶対、あなたが国王とか認めないから! 絶対によ」
そう言い残し、氷の妹は去っていった。
まるで、嵐のように去っていき、傍にいた沙夜や月都もポカーンとしていた。
一体何だったんだろう。
訳が分からないまま、二人は体育館へと向かった。
先程の嵐も過ぎ、全校生徒が体育館へ集まった頃、沙夜と風奈は体育館の裏側にいた。
体育館の裏側にいても、生徒たちのざわつきは微かに聞こえてくる。
「これで全員集まったのね」
「はい、全員揃いました」
沙夜は月都に確認を取った。
「よし、風奈、行くわよ」
「分かりました」
沙夜と風奈は足を進め、体育館の中に入った。
体育館の裏口から舞台裏まで行き、そこで足を止める。
『全校生徒の皆さん、落ち着いてください。間もなく、沙夜様からお話があります』
司会が生徒全員を静めようとする。
それでも、生徒はざわつき、一向に静かにならない。
「一体何の話だ?」
「あの噂、本当なのかしら」
「人間っておいしいのかな?」
増々、生徒たちのお喋りは増えていき、司会の人は困った表情をする。
「風奈、全て私に任せなさい。そして、何をするにも逃げないで。約束してくれる?」
指切りげんまんをするため、沙夜は小指だけを立て、その形を作った。
「約束します」
風奈も小指を立て、沙夜の小指と重ね合わせた。
約束が終わると、沙夜は舞台へと出た。
その瞬間、ワーッと騒がしくなるが、沙夜が手を軽くあげただけでみんな静まり返った。
「皆さん、この度はここに集まっていただきありがとうございます。実はお話があって、こちらへ集合させました。皆さんも知ってるかと思いますが、今、学校中はある噂で持ちきりになっています。その噂は冬月風奈が人間であること。一体誰が広めたのか知りませんが、今日ここで風奈が人間ではないことを証明いたします」
沙夜は舞台裏にいる風奈に、こちらへ来るようサインを送った。
そのサインに気が付き、風奈は沙夜の元へ駆け寄る。
「これからその証拠を見せます。風奈」
「え?」
沙夜は風奈の腰に手を回し、抱きしめる形になった。
細い指が手が、風奈の腰に巻かれ、ギュっと力がこめられる。
足と足が太ももが体全部が、沙夜に密着する。
顔も近づき、甘い香りが漂う。
「あ、あの――」
「いい? これからあなたにキスをするから、そのまま逃げずにいるのよ?」
「えっ、あの、ちょっと」
いくら拒もうとしても、無理だ。
そもそもどうしてキスをしないといけないのか。
それは沙夜にしか分からない。
とにかく、そのまま受け止めるしかない。
そう風奈は思った。
すると、風奈はあることに気が付いた。
よく見ると沙夜の唇に何かが貼ってあるのだ。
これはセロハンテープだ。
さっきまで貼ってなかったのに、いつ貼ったのだろう。
テープを気にしている間、沙夜と風奈は抱きしめ合い、口と口が近づいていく。
その光景を、生徒たちは唾を飲みこみ、静かに見守っていた。
そして、二人の唇は重なり合い、全校生徒の前でキスをした。
その瞬間、生徒たちはワーーーッと歓声が沸き起こった。
「ハァハァ――」
まだ沙夜の顔付近に風奈の顔がある。
微かに吐息が聞こえ、何故かドキドキしていた。
「風奈、ありがとう」
「い、いえ、そんな――」
お互い、離れ、二人とも顔を真っ赤にする。
沙夜はふぅと軽く息を整え、さっきの感じに戻った。
「皆さん、私は今もう一つある禁忌をおかしました。それは人間とキスをしてはいけないということ。もし、人間とキスをしたら自分を見失い人間の血がなくなるまで吸い続けるというお話があります。でも、私はその状態にならなかった。これで、彼女が人間ではないということが証明されます」
「確かにそうだよな」
「沙夜さまは、血を吸わなかった」
「もしかして、本当に吸血鬼なの?」
だんだんと生徒たちは風奈が人間じゃないと理解し始めた。
その光景を見て、二人は安心をする。
「でも、吸血鬼同士でしても、症状が現れるはずじゃ――」
ある一人の生徒が、声に出した。
「ここで、みんなに話さないといけないわね。昔から言い伝えられてきた禁忌は、全て嘘の情報よ」
「嘘って、どうしてそんな」
また、ある生徒が声をあげた。
「昔、ある吸血鬼の王がいたの。その王は人間の血を吸いまくり、絶滅させるまで吸い続けた。そう、彼は人間の血があまりにも美味しすぎて、依存し続けたのね。そこで、新たな王がこう言ったの『このままじゃいずれ人間は滅びる。滅ばないよう、吸血鬼たちに嘘の情報を与えて、人間に依存させないようにしよう』と」
生徒たちは真剣に話を聞いている。
「そこで出来たのが、二つの禁忌。一つは人間とキスをしたら自分を見失い混乱する。二つ目は吸血鬼同士でキスをすると、異常行動が出ると。そのことを知った者たちはみんな信じ、誰もが首元付近まで顔を近づけなくなった。そして、世界は平和になったのはいいものの、先代の王は人間の血を吸いまくっていた。そう、自分を見失い人間が滅びるまで。彼の結果により、人間は滅び、先代の王を見て誰もが『禁忌を犯したから罰が当たったんだ』と言われ続けてきた」
「先代の王によりみんな禁忌を信じた。本当は嘘で、先代の王はただの依存しただけだというのに」
そんな話があったなんて、というような表情で、みんな驚いていた。
全てが嘘、つまり、人間や吸血鬼同士キスをしてもいいということになる。
それを知り、生徒たちはざわつき始めた。
そう、キスができる――と。
「だから、今までの禁忌は全て嘘になるの。ごめんなさい、大事なことを隠していて」
沙夜は謝った。
本当なら許してもらえないであろう。
今まで、恋愛でお互いのキスという行事をやらせないようにしていたのだから。
だが、生徒たちの声は違った。
「いいんですよ、沙夜様。謝らないでください」
「そうだ、俺たちは気にしていないぞ」
暖かい声がいろんな所から聞こえてくる。
「みんな――ありがとう」
沙夜は暖かい気持ちでいっぱいだった。
この時、王とはいいものだなと実感した。
その後、風奈が人間じゃないこと、みんなに伝えられ、二人は疲れの姿を見せた。
生徒会室に戻り、沙夜と風奈はソファへと座る。
月都は紅茶をテーブルに出し「お疲れ様です」と言った。
「風奈、ご苦労様。これで噂は完全に消えたわ」
「本当にありがとうございます」
「別にいいのよ、お礼なんて。それより、いきなりキスをしてごめんなさい。嫌だったでしょ?」
キス、と言われ、風奈はさっきのことを思い出した。
ポンッと顔を真っ赤にして、
「いえ、そんなことは」
そのまま、顔を下に向けた。
「そう、よかった。あのキスはノーカウントにしていいから。ちゃんとテープでしたし」
「は、はい」
風奈はノーカウントと聞いて、ガッカリしたようなそうでもないような感じに襲われた。
この気持ちは何なのだろうか。
それを知るにはまだ先になるだろう。