第6話「話合い」
夏からすっかり秋へと変わり、気温の変化が激しく見られた。
今まで青かった木の葉は、黄色に染まり始めている。
もう食欲の秋、読書の秋かと次々に落ちていく枯葉を見つめながら、風奈はゆっくりとその姿を頭に刻んでいった。
「すっかり秋だね」
「そうだね、最近は朝が寒くなって、起きるのが辛いよ」
集中して、スケッチブックに描いている哀歌に話しかけた。
今は、二時間目。
美術の授業で、風奈たちは外の風景をスケッチブックに描いていた。
描く対象は何でもいいらしいが、せっかくなので外の風景を描くことにした。
「あ、哀歌上手だね。すごく綺麗だよ」
「そんなことないよ。それより、風奈も綺麗じゃない」
「いや、私は下手だよ。ほら」
哀歌はじっくりと風奈が描いた絵を見た。
木から落ちる葉っぱの瞬間を描いたのだろうか。
写真のようにその姿は捉えられていて、葉っぱの流れがとても美しい。
「ううん、哀歌のほうが上手だよ」
またもや否定をしたが、このままでは永遠と同じ会話をしなければなくなるので、哀歌は受け止めた。
「そう? そういってもらえると嬉しい」
微笑むと、哀歌は木を見、描き続けた。
風奈も集中するため、会話は中断して、手を動かす。
静かに風が吹き、冷たい空気が痛く感じる。
震える、とまではいかないが、寒いくらいだ。
描きながら、風奈はあることを聞いてみた。
「そういえば、哀歌はどんな部活をしてるんだっけ?」
「――合唱部よ」
「合唱部か、一度でいいから哀歌の歌声聞いてみたいな」
その瞬間、哀歌の表情が曇った。
「――あ、後でね」
そっけなくそういうと、哀歌はまた手を動かし始めた。
何か変なことでも言ったであろうか。
よく分からなく、風奈は気にとめた。
放課後、風奈は生徒会室へと向かっていた。
またもや、休み時間に月都から伝言で言われたのだ。
沙夜が放課後に話したいことがあるから生徒会室へ行くように、と。
いつも思うが、沙夜の側近である月都は、こういう伝言をすることは大変なんじゃないのだろうか。
ふと、そう思ってしまう。
長い廊下を進み、三階へと続く階段を上っていく。
赤神学院はとても広いので、迷ってしまうくらいだ。
でも、何とか移動教室とかで、大体の場所は分かる。
「確かこの部屋でいいんだよね」
真っ赤に染まった大きい扉をノックした。
すると、中から返事が聞こえたので、おそるおそる入った。
「失礼します」
素早く中へ入ると、大きい机、そして社長が座りそうな豪華な椅子に沙夜は座っていた。
まるで、この学院の校長でもあるかのような光景だった。
「いらっしゃい、さぁ、こちらへどうぞ」
誘導されるがまま、赤いソファへと座る。
沙夜が紅茶を入れに向かったので、待っている間、生徒会室を見渡すことにした。
先代の生徒会長だろうか。
ずらりとそれらしき人物の肖像画が飾ってある。
男子だったり女子だったりと、生徒会長や国王とやらになるのは性別は関係ないらしい。
しばらく、生徒会室を見渡していると、カタッとテーブルの上に物音がしたので、前を向いた。
「肩ぐるしい部屋でごめんなさい。この部屋なら何でも話せるかと思って」
テーブルに紅茶を置き終わると、沙夜は風奈の真向かいに座った。
「いえ、大丈夫です。あの、それで大事な話って」
「そのことだけれど。風奈――」
「はい」
一体何を話すのであろう。
もしかしたら、人間と関わるのはもう嫌だとか。
いや、死刑とか?
悪いことばかり考えてしまい、風奈は沙夜の口が開くのを待った。
そして。
「次期生徒会長、そして、次期国王になる気はあるのかしら?」
そうか、その件か。
とりあえず、風奈は安心した。
「まだ風奈からその件について、返事を聞いてなかったから」
「そうだったんですか。次期生徒会長と次期国王――」
ふと、考える。
元々、風奈は生徒会長も国王もなる気はない。
生徒会長と国王になるということは、つまり、吸血鬼たちの王になるということだ。
そんなことを、人間である風奈はできるはずがないのが、常識であろう。
もし、なったとしても、国民が黙っていないだろう。
バレてなくても、続けるのは無理だ。
「――ごめんなさい、私にはできません」
暗い表情で風奈は断った。
「そう――」
ガッカリさせてしまった。
一息つくためか、沙夜は目の前のカップを手に取り、紅茶を飲んだ。
無言のどんよりとした空気が続き、どうも居心地が悪い。
何か言わなければ。
そう思い、風奈が口を開こうとした瞬間、先に沙夜が先勝をとった。
「前から分かっていたわ。風奈が断ることを」
「え。じゃあ、どうして聞いたんですか?」
「ほんの少し期待があったのかも。もしかしたら、受け入れてくれるって。でも、期待してた通りで安心したわ」
申し訳ないことをしてしまったのかもしれない。
これから、沙夜はどうするのだろう?
風奈が断るとなると、次期生徒会長も国王も一体誰になるのか。
それが気になった。
「それで、沙夜はどうするんですか? これからのこと」
「そうね、そのことだけれど、風奈しかいないわ」
「でも、私は」
「分かってる。まだ次期の王になるのに、戸惑っているのよね。吸血鬼の王になるのに、それが人間だということを」
「―――」
図星だ。
そう、そのことがなければ、もしかしたら風奈は受け入れたかもしれない。
不安な表情でいる風奈の隣に、沙夜は腰かけた。
「大丈夫。私はあなたの味方よ。だから、信じて」
「――はい」
沙夜が横に座ってくれたおかげか、強い味方がいるという実感で、心から安心することができた。
「とりあえず、今は王のことは考えなくてもいいわ。まだその時じゃないみたいだし、まず、この世界のことを知ってからでも構わない」
「分かりました」
三分と短い時間、風奈は沙夜の隣で一緒に過ごした。
四分後、月都が来たので、その時間は崩されてしまった。
慌てて沙夜は風奈から離れ、元の場所に戻る姿はまるで、特別な人にしか見せない行動かのようにも見えた。