第5話「味方」
風奈が人間だと沙夜にバレてから一夜が経った。
もしかしたら、実験施設に送られるかもしれないと思っていたが、そうでもなく沙夜は受け止めてくれた。
だが、みんなに気づかれたら、恐らく送られてしまうだろう。
そうならないように、沙夜はいくつかの守りごとを話した。
一つは、あまり接近しないこと。
と、いっても、顔と顔ギリギリまでに近づいたり、抱き合ったりしなければ大丈夫そうだ。
二つ目は、歯を見せないこと。
吸血鬼にとって証である尖った歯は命と同様大切なものだ。
これがないと分かると、人間だということがバレてしまう。
そうならないように、気を付けなければならない。
そして、本日。
風奈の授業の中で、『狩り』というものがある。
これは、名前の通り、狩りをするものだ。
狩りといっても、槍や何かの武器を使って獲物を捕らえるのではなく、牙を使い獲物(動物)の血を吸うのだ。
簡単にいえば、餌を食べにいくといってもいいだろう。
いわゆる、食事会みたいなものだ。
その授業があるため、風奈は欠席することにした。
「三時間目終了。風奈、次は狩りの時間だよ。一緒に行こう」
二時間目の授業が終わり、席で、休む理由を考えてると哀歌が寄ってきた。
「あ、ごめん。ちょっと体調悪くて」
「え、大丈夫? 一緒に保健室行こうか?」
「ううん、平気。気にしないで」
「そっか、分かった。じゃあ、先生に伝えておくね」
「うん、ありがとう」
何とか話し終えると、哀歌は去っていった。
とりあえず、休むことに成功した。
保健室の先生に会うのは初めてだ。
どんな人なんだろう?
そんなことを考えながら、教室を出た。
保健室に着くと、何ともいえない薬品の臭いがした。
これは消毒液の臭いか。
「あれ、先生がいない。どこに行ったんだろう?」
運悪く先生がいなかった。
風奈が人間だとバレることにとっては、いないほうが好都合なのかもしれないが、このまま勝ってにベッドを使っていいのか分からない。
でも、いないのならば、仕方ないので使うことにした。
ベッドは奥から三つある。
風奈はその中の廊下側のベッドに、腰かけ、横になった。
「いつまで、休みが通用するかな。ちょっと心配」
小さく呟き、ゆったりゆったり、風奈は目を閉じた。
「――風奈――」
誰かが名前を呼んでいる。
とても優しい聞いたことのある声だ。
「風奈」
また呼ばれると、風奈は目を開けその人物を捉えた。
「沙夜」
風奈の目の前にいたのは沙夜であった。
しかも、ベッドの上で、沙夜が上に乗っかってる。
「どうしたんですか、こんな所で。しかも、べっ」
続きをいおうとすると、沙夜は人差し指を風奈の口元にそっと置いた。
「風奈のことが気になって」
甘い声で囁く。
「だ、大丈夫ですよ。心配しないでください」
「でも、気になるの――」
だんだんと風奈の首元に近づいていく。
「あ、あの――っ」
顔中真っ赤で、身動きが取れない。
「風奈の血って、一度でいいから飲んでみたいの――きっと濃い赤い色で、口の中でとろけるように混ざり合って私を満たしてくれる。そんな味」
こんな展開前にも合った気がする。
火照った体、そして、首元でかかってる吐息。
現実とは違う感覚に、風奈は目を覚ました。
「こんなの違う!」
ガバッと上半身を起こした。
「ハァハァ」
息が乱れ、さっきのは夢だったと気が付く。
風奈の上にはもちろん沙夜はいない。
だが、横に哀歌がいた。
「何が違うの?」
哀歌と目が合い、誤魔化す。
「い、いや、何でもないよ。ごめん、ちょっと変な夢見ちゃって」
「そっか、さっきうなされてたから大丈夫かなって心配してたんだけど、大丈夫そうでよかった」
「ありがとう、心配してくれて」
ニコッと哀歌は微笑んだ。
「それで、哀歌はどうしてここに?」
「あ、次の授業出られるか聞きにきたの。どう? 出れそう?」
心配そうな瞳で、風奈を見ている。
「うん、もう大丈夫だよ。次の授業は吸血鬼の細胞の話だよね」
「そう、する場所は教室じゃなくて、移動教室だから哀歌の分のノート持ってくるね」
哀歌はそういって、行ってしまった。
一人残され、風奈は気持ちを落ち着かせた。
あまりにもリアルで、変な夢だったから、どうにも鼓動が抑えきれない。
思い出すだけでも、風奈は顔中真っ赤になった。
何とか午前中の授業が終わり、昼休み。
風奈は相変わらず、外のベンチで昼食を採っていた。
お金はどこから出てきてるのかというと、沙夜からである。
沙夜はお金がない風奈のために、食料費や学校の費用など入れてあげてるのだ。
そして、この時間風奈は一人である。
本当なら哀歌と一緒なはずなのだが、彼女は部活動で忙しいらしく一人で素早く食べて行ってしまう。
何とか風奈も彼女と一緒に食べるため、時間を同じに食べてみたが、完敗。
ものすごい早さで食べる彼女には勝てなかった。
「今日もいい天気」
のんびりと午後の時間をくつろいでいると、遠くのほうに沙夜がいた。
何やら、男子生徒と話をしているらしい。
その男子生徒は体育着を着ているので、部活動の練習か、午後の授業のためであろう。
「会長、最後まで頑張ってください。応援しています」
「ええ、ありがとう。全力で頑張るわ」
「か、会長、あの、サッカーボールを二つぐらい増やして欲しいんですけど」
「分かったわ、あとで生徒会のほうで話をするわね」
楽しそうに微笑む沙夜。
その姿を風奈はじっと見ていた。
どこまでも完璧な姿、みんなから尊敬され親しまれている沙夜。
何かが、チクリと風奈の胸に痛んだ。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
くるりと向きを変え、沙夜は風奈の方向に向かって歩き出した。
そして、目と目が合い。
「風奈」
沙夜は声をかけた。
「ひぃっ。えっと、あの、こ、これで失礼します」
何故か風奈は逃げてしまった。
乙女のように風奈は去っていき、残された沙夜は曇った表情を見せた。
数日後、風奈にとって最悪な行事があった。
それは歯科検診である。
虫歯がないかチェックするための診断だが、それは風奈にとってあってほしくないものだった。
元いた世界なら悩む必要はないのだが、この世界ではわけが違う。
先生に歯を見せるということが待っていたのだ。
歯を見せる、つまり、牙がないことがバレてしまう。
もし、これで人間だとバレたら終わりだ。
「風奈にとって初めての検診だね」
「う、うん」
哀歌にいわれ、ぎこちない返事をした。
歯科検診は一人ずつ部屋の中に入り、診察するようだ。
今、風奈は保健室の外で待っている。
一人ずつ名前を呼ばれ、生徒たちが入っていくのを見ると、ちょっと憂鬱になりそうだ。
欠席することもできないし、このまま逃げることもできない。
ただ、ひたすら苦痛の時間を待った。
四人、三人、二人、そして――。
「冬月さん」
名前を呼ばれ、風奈は思いつめたまま保健室の中に入った。
保健室の中央に、くるりとカーテンで包まれて、微かに様々な器具が見える。
奥に進み、カーテンを少し開けると、先生がそこにいた。
暗い雰囲気のまま、顔を上げず用意された椅子に座る。
まるで、歯医者に行き、歯を治療するのが嫌な子供みたいな感じだ。
「――お願いします」
吐き捨てたセリフでお願いをした。
「おい。おい、聞いてるのか?」
どこからか声が聞こえた。
風奈はそのまま顔を上げ、先生を見る。
「よう、何やら顔色が悪いみたいだが、大丈夫か?」
そこにいたのは、月都だった。
沙夜の側近で、いつもだらしない恰好をしている人だ。
あまりの登場に、風奈は驚いた。
「つ、月都さん!? どうしてここに」
「沙夜に頼まれてな。もしかしたら、歯科検診で疑われるかもしれないって言われて、俺が医師を任せられたんだ。まぁ、そういうのは本当はやっちゃいけないんだけど、沙夜は国王だから何でもできるんだ」
「そうだったんですか――ん? ちょっと待ってください、ということは?」
気になることがあり、月都に聞いてみる。
「もちろん、お前が人間だってことは知ってる。全部沙夜から聞いたからな」
「なるほど、なら安心しました」
「まぁ、沙夜はお前のこと本当に大事にしてるから、安心して俺たちに頼れよ。あまり一人で抱え込むな」
ポン、と肩に手を置かれ、月都は笑顔を見せた。