第10話「ヴァンパイア血めぐり競争」(前編)
バンッ、パパン。
先日の騒ぎに変わり、大空に向かって、空砲が撃たれた。
第百二十五回赤神学院血めぐり祭が開催されたのだ。
血めぐり祭とは、いわゆる、体育祭みたいなものである。だが『血めぐり』ということだから、当然、体育祭と違うのだろう。
そう風奈は思っていた。
『さぁさぁ、始まりました、我が校有名な血めぐり祭。今年はどんな展開が待っているのでしょうか。今回は新たな人物も加わり、どんなことになるか見ものです。また、勝敗の決め方は、相手の牙の赤さで変わるので、全牙、真っ赤に染まっていたらその者の勝ちとします。皆さん、頑張って吸ってください』
壮大に司会者はそう言った。
新たな人物となると、風奈しかいない。
そんなにも有名なのかと少しこれからのことで憂鬱になりかけていると、体育着姿である沙夜が話しかけてくれた。
「大丈夫、あなた通りにすればいいのよ。何も、みんなの期待通りにしなくてもいいの」
「そうなんですけど、どうも、みんなに期待されてるようで頑張らないとって思っちゃうんです」
軽く溜息をついた。
「無理もないわ、何たって私の後継者なんだから。でも、風奈は風奈通りにすればいいの。さぁ、ハチマキ巻いて行くわよ」
そういって、赤いハチマキを渡された。
どうやら沙夜と同じ色らしい、と思っていたが、違うようだ。沙夜は青色、そして、風奈は赤色であった。
そうなると、お互い敵同士ということになる。
これは風奈と沙夜が戦うことになるということだ。
ちなみに、月都は沙夜と同じ青チームである。
沙夜に渡された赤いハチマキを額にかけながら、赤チームの集合場所へと移動する。
チーム色は赤、青、黄となっており、これまた人間の時にいた体育祭と同じ感じであった。
だが、渡されたしおりを見たところ、競技名がどれも怪しいので、風奈は不安は表情を浮かべた。
学長、生徒会長の話も終わり、準備運動も終了したところで、それぞれのチームは観覧席へと移動した。
ここでは、出場する選手以外の生徒が、競技を見られる場所である。
ここも体育祭と同じようだが、違いがあった。
それは売り物が売られていることだった。何やら、係の生徒が飲み物を販売しているらしい。
観覧席で自分の席に座っていると、大きな声で『レッドドリンクいかがですかー? 今なら安いですよー』と声をかけているのだ。
レッドドリンク、聞いただけで、血を思い浮かべた。
午前九時過ぎ。
まだ競技は始まらないので、風奈はまたしおりを読み始めた。さっきは競技名をさらっと長い読みで見たので、今回はじっくり読むことにした。
一番最初の学長、生徒会長の話と準備運動は終わったので、その後の項目を読んでみると『血引き』というのに目を止めた。
血引きとは何だろうか?
そのまま読めば、血を引くということだが、もしかして誰かの血を全身から引くのか。
そう怖い想像をしてしまった。
一体どんな競技なんだろう。
かれこれ考えていると、後ろから肩を軽く叩かれた。
「ひゃっ」
「何、驚くことでもないじゃない」
そこにいたのは、氷の妹だった。
同じ指定の体育着を着ていて、ハチマキの色は同じ赤色であった。
「あ、えっと、氷さんの妹さん?」
「そうよ、何か文句でも?」
「いや、文句とかじゃなくて。その、何の用ですか?」
「なに、何か用がないと来ちゃダメっていうの」
「そういうわけじゃなくて」
「だったら、何? わざわざ私が来てあげたんだから、感謝しなさい」
何に感謝するべきなのだろうか。
何も思いつかない。
「は、はい――」
「んっ! つまり、同じチームだから仲良くしましょうって言いに来たのよ! これで分かった!」
なるほど、そういうことか。
だったら、理解できる。
「それなら分かりました」
「ったく、いちいち面倒な子ね。でも、同じチームだからといって、あまり仲良くはしないわよ。分かったわね?」
「分かりました」
「よし、ならよろしい。で、名前は、確か風奈とか言ったわね」
「はい、冬月風奈といいます」
「そっ、私は閃光絆。よろしくね」
閃光絆か。
いい友達になれそうだ。
「それで、あんたは何を見ていたわけ?」
あんた。
名前で呼ばれるにはまだ遠そうだ。
「しおりを見ていたんです。この血引きって何かなって思って」
「血引き、そんなことも知らないの?」
「まぁ」
「ふーん、無理もないか。確か転校生で来たばっかりだったのよね」
「はい」
転校生でまだ何も知らないことが分かると、絆は顔を高くして偉そうな感じになった。
「じゃあ、全て教えてあげてもいいわよ」
「本当ですか?」
「ええ、正し、条件がある」
「条件?」
風奈は首をかしげた。
「次期国王と次期生徒会長の座を降りて、兄に譲ること。それができたら、全部教えてあげてもいいわ」
突然のことで、風奈は驚いた。
「そ、それは」
「何? できないっていうの?」
本当なら譲ってもいいのだが、沙夜にその気はないだろう。
ここで譲ってしまったら、後々面倒なことになり、沙夜から何を言われるか分からない。
ここは一先ず保留ということで。
「それはできないです。他だったらできるかもしれません」
何とかして断った。
「そう、あんたもその気はあるようね。じゃあ、これが最後。伝統種目である『ヴァンパイア血めぐり競争に負けなさい』
「ヴァンパイア血めぐり競争?」
「昔から伝統種目とされているヴァンパイア血めぐり競争。何をするのかというと、敵の血を吸い続けて相手が倒れたら負けってなる種目よ」
「つまり、我慢比べみたいなものですか?」
内容は異なるが、相手が倒れたら負けってことなので、これに当てはまるだろう。
「まぁ、そういうことになるわね。だから、選手は相手に吸われないように逃げ続けるの。簡単にいえば、鬼ごっこ+我慢比べってことかしら」
「なるほど。それに私が負ければいいんですよね?」
「ええ、そういうことになるわね。あんたが、青チームから逃げずその相手に吸われ続ければいいってことよ」
それならできるかもしれないが、本当に受けていいのだろうか。
これで負けて、沙夜は何というか。
想像すらできなかった。
「分かりました。やってみます」
「ふふっ、いい子ね。ほら、しおりを貸しなさい。全て教えてあげるわ」
しおりを奪われ、絆からいろいろ種目の内容を教わった。
絆のせいで、こんなことになってしまった。
本当に負けられるのかな?
そんなことが浮かび、不安な一日が始まろうとしていた。
伝統行事であるヴァンパイア血めぐり競争。
それはしおりの種目名五行目にその名は記されていた。
今は四行目の種目が実施されている。
それは血引きで、どうやら綱引きらしい。
ただ一つだけ違うのは、綱に真っ赤ないペンキがかけられていて、ぬるぬるし上手く綱が退けない行事みたいだ。
「うぅ、何これヌルヌルして上手く綱が引けないよう~」
「あともうちょい、引くぞ~」
「負けてたまるもんか。おりゃ~」
グラウンドから血引きをしている生徒の声が聞こえてくる。
そんなにヌルヌルするものなのか。
心の中で頑張れと応援していると、声をかけられた。
「風奈」
「あ、沙夜。どうしたの?」
「次はヴァンパイア血めぐり競争でしょ。それで話合いに来たの」
立って話すのも悪いので、風奈は隣の席に座るよう譲った。
「そっか。沙夜は次の種目に出るんですよね?」
「ええ、風奈も出るでしょ? それで、私は風奈の血を狙おうと思うんだけど、いいかしら?」
「えっ。あぁ、いいですよ。もちろん。私、牙もないから誰のも吸えないし、できることは吸われることとなので」
「なら、遠慮なく吸うことにするわね。でも、手加減しておくわ。あまり吸い過ぎて貧血を起こしたら大変だし」
「いえっ、大丈夫です。いっぱい吸ってください」
「そこまでいうなら、ありがたく吸わせてもらうわね。でも、いきなり開始で吸うのもつまらないから、きちんと逃げるのよ」
「もちろんです」
それから他愛もない話をして時間が過ぎていった。
そして、沙夜と風奈が出る種目。
ヴァンパイア血めぐり競争が始まろうとしていた。
『今年もやってきました、ヴァンパイア血めぐり競争。昨年は赤チームが勝ちましたが、今年はどのチームが勝つのか見ものですね。では、選手の皆さん校庭の真ん中に集まって、敵同士と対面してください』
司会に言われ、選手のみんなはぞろぞろ校庭の真ん中に集まり、対面した。
風奈の目の前にはもちろん沙夜がいる。
「風奈、空砲が撃たれたらどこへでも逃げなさい。それから十秒経ったら私たちが追いかけるから」
風奈はコクリと頷いた。
そして、五分後。
パンッ。
乾いた音が校庭に響き、ヴァンパイア血めぐり競争が始まった。
対面していた一列の生徒がそこら中に逃げ回る。
逃げていい範囲は学校の敷地内ならどこへでも可能だ。
もちろん、校舎の中でもOK。
あらゆる所に、カメラが設置され、司会の人や審査員の人がモニターで監視してるからどこでも平気なのだ。
「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一――よし」
数を数え、沙夜は風奈を追いかけた。