病児の看病をやり遂げて死んだ私が病児の姉に生まれ変わった話
私はかつて母だった
母一人子は三人
夫はいたけれど、仕事仕事で家にいつかず、いないのと同じだった
上の子は喧嘩、下の子は無気力、たくさん問題を起こして手間をかけられた
かわいそうな真ん中の子は体が弱くて、ほんの少しの風邪すら命とりで、心休まる暇もなくいつも綱渡りのような子育てだった
たびたび入院し、寝込む子の看病は精神的にも肉体的にもつらかった
でも、一番つらかったはずのあの子は最後の最後まで私に笑ってくれた
その顔を忘れたくなくて、私は記憶を持ったまま生まれ変わったのだろうか
かわいそうなあの子を看取ったあと、すぐに自分の病が発覚した
あの子の看病にまるで役立たなかった夫は、私の看病もしなかった
上の子と下の子はとうに成人して家を出ていた
本当は病気のこともわかっていた
自分の体のことだ
異変なんて気がついていた
だけど、あの子が死にそうだったのに、自分のことなんて考える暇はなかった
なのに、夫も上の子も下の子も問題ばかり持ち込んできた
私は必死だった
かわいそうなあの子を見送って、茫然自失から立ち直った時には既に病は手の施しようがなくなっていた
入院しても子どもたちは私の顔も見に来なかった
私は一人で死んでいった
そして、私は生まれ変わった
なぜか前世の記憶も持ったままに
そして私の上の妹はかわいそうなあの子と同じように病弱だった
きっとあの子は成人できないだろう
私が前世を覚えていなくとも、そう思ったに違いない
だってやせ細って枯れ木のように細いのだ
ただ、前世の私と違って、今の家は裕福だった
かかりつけの医師もいれば召使もいる
一人で看病をしていた私に比べれば、両親にははるかに余裕がある
だけど両親は妹にかかりきりだった
私と下の妹のことは召使にまかせ、仕事と社交以外は妹にかかりきり
精神的に余裕がないのは、前世の私と同じなのだと思おうとした
だけど、私も下の妹もまだ何もできない子供なのに
どうして前世で二人の子供が会いに来なかったのか分かった気がした
子どもだったのだ、母親が必要だった
でも私はいなかった
いたけどいなかった
2人のためにしなくてはいけないことはきっと夫がやっていた
働いて治療費を稼いで、2人の面倒を見て、夫にはあの子の看病をする時間なんかなかった
上の子も下の子も学校に行って、家事を分担して、他の子のように遊びにも行けなくて、いつも病院か家で兄弟2人きり
母親はいつも暗い顔で真ん中の子のことばかり
親に気を遣って、こんな楽しいことがあったと話しかければ、あの子がこんなに苦しんでいるのに遊んでいたのかと叱られて、やがて何も言わなくなった
上の子と下の子は私の笑った顔なんか見たことがあったのだろうか
だって、私も2人の笑った顔が思い出せない
夫の顔も
どうして一人で死んでいったのか、今ならわかる気がする
「だから、こんじょうでまでじめつしたくないのよ」
まだあどけない、母をしたう下のいもうとにむかってわたしは言った。
ぜったいにこの子はわかっていない。
ばあやのよういしてくれる今日のおやつをかけてもいいわ。
でも、たとえわかっていなくても、このままではだめなのよ。
「いいこと、父と母はそういう役のめしつかいだと思いなさい。
わたしたちのことなんて目に入ってないんだから、きたいするだけじかんのむだよ」
下の妹のきょとんとしたかおに心がいたい。
ごめんね、あなたとわたしのしあわせのために、わたしはオニになるわ!
「まあ、そんなこともおわかりにならないなんて、ご両親に何を教わってきたのかしら?」
きましたわ!
お姉さまのマニュアル3巻15頁4行目、そのまま使えるわね!
「申し訳ございません……」
ここでタメ。1、2、3、4、5、長すぎてはいけない。
「下の姉が病弱なために、母はずっと姉にかかりきりで……」
少し目が潤むのはいいけど、決して涙をこぼしてはダメ。男性はともかく女性には逆効果よ。
「辺境に嫁入りした上の姉が両親に代わって私の面倒を見てくれていたのですが、姉の嫁入り以降はお恥ずかしながら……」
「……まあ、そういうことなら仕方がありませんね。ですが、これは私たちだから許すのです。ほかで同じことをすれば、社交界から締め出されましてよ」
「ありがとうございます……! 広いお心に感謝します。先ほどは……粗相をしてしまい……」
「ええ、でも本当に知らなかったのですよね。お隣の方が教えて差し上げて?」
「私たちの両親はあの子にかかりきりで、私たちのことなんて置物くらいにしか思っていません。
私たちに世話係や家庭教師はつけているけれど、ただそれだけ。親から子にするはずの何もかもが足りません。
昔ね、入学式で、制服はあつらえてくれたけれど、母から娘に渡されるというコサージュが私ひとりだけ無かったの。春先も風邪をひきやすいから、母はあの子が心配でコサージュどころではなかったのね。それどころか、あの子の調子が悪いからと母は式の途中で帰ったわ。父は仕事で来なかった。
だからあなたには私がコサージュを渡したの。母に一から説明するのも嫌だったし、宝石箱から目についたものを渡されるより、二人で一緒にあなたのために選んだ生花のほうがいいと思ったの。
……独りよがりだったかしら? そう良かったわ。
私たちはきっと自分で思っている以上に何もかも足りない。
ですが、これは機会でもあります。だって、どんなに失敗をしたところで、しおらしく謝って、親に放置されてきたことを恥ずかしそうに打ち明ければ、たいていの方はそれ以上は責めません。
失敗はすべて、あの子にかかりきりな親のせいにすればいいのよ。
そしていい結婚相手を見つけて、この家から出るの。
うちは女3人姉妹、長女の私が婿を取って継ぐのが筋だけど、あの子にかかりきりの親が真っ当な結婚相手を探してくるとは思えないわ。末っ子のあなたはもっとそう。だから自分で結婚相手を探して、できるだけ早く嫁に出るの。このままでは、あの子に関する厄介ごとを全部押し付けられて、あっという間に結婚適齢期が過ぎるわよ。
もちろん、相手次第ではこの家に婿取りをしてもいい。いいと思った相手が家付き娘を探しているなら、あなたが継げばいいのよ、応援するわ。病弱な姉妹がいても、この家と財産付きなら条件はいいはずよ。結婚を機に、あの子と両親に別邸で療養してもらえばいいのだから。
私も婿を取ったらそうするし、いいと思った人が嫁を探してるなら躊躇せず嫁に行くわ。私が嫁に出ても、あなたが婿取りをしないといけないわけではないのよ。だって、両親から家を継げとも継ぐなとも言われてないのだから、跡継ぎがいなくなっても仕方ないでしょう。
そのためにも、まずは嫁にしてもいいと思われる女性にならないと。親は役に立たないから、教師、親戚、友人、その親、とにかくコネを作るのよ。かわいそうな子どもとわかってもらって、そして足りない事を教えてもらうの。人は手をかけた人間には情がわくものよ。
狙いは年配の女性、実際に権力も人脈も持っている年代だから、気に入られて損はないわ。うちの親より偉くなくても、うちの親より人柄がいい人なんて掃いて捨てる程いるのよ。うちの親より顔が広い人とか、世話好きな人とかもね。我が子の手が離れて愛情のはけ口を探している人もいるわ。同情されたら最高よ。
男性なら味方にするのはもっと簡単よ。失敗したときに謝りながらこっそり家庭事情を打ち明ければ、いちころだわ。あくまで失敗したときに、人目の少ない、けれど二人きりではないところでよ。女性相手と違って、誰にでも言っていると思われてはダメ。
だけど年配の男性には近づかないで。体目当てがほとんどでしょうし、若い愛人狙いと思われては、折角味方につけたご婦人方が敵に回ってしまうわ。あの子にかかりきりの父と疎遠なせいで男性が怖いと言っておけばいいわ。ご婦人方にとっての安全な娘になるの。
同年代の男性は少しは近づいてもいいけれど、仲良くなっていいのは婚約者のいない人だけよ。婚約者や恋人を敵に回せば、その女親も敵になる。百害あって一利なしよ。うっかり後から気づいたなら、婚約者や恋人に友人になってほしいと紹介を頼むのよ。そして殿方とは一切かかわらず、女性と友人になって、味方につけるの。これは失敗したときの回避策だから、使う時は来ないほうがいいけど、もしもの時は覚えておいて。人生に敵は少ない方がいいのだから。
やはり、年配のご婦人に紹介された殿方が最良よ。でも、不良物件を押し付けられては困るから、あくまで男性を怖がるフリをして、すぐには距離を縮めずに相手の噂や人となりを観察するの。両親は当てにならないし、私は辺境に嫁ぐから、あなたをすぐには助けてあげられないわ。結婚には一生がかかっているのだから、半年でも一年でも粘りなさい。
わかるわね?」
「はい、お姉さま!
お姉さまのように、義両親も好人物で、本人が心優しく、でも一人にかかりきりになったりしない視野の広いしっかりした男性を見つけて、我が家から華麗に脱出してみせますわ。
辺境から見ていてね、お姉さま!」
……今生の子育てはうまくいったようだ。
誤字を教えて下さった方、ありがとうございました。何度か読み返したのに、全く気が付いていませんでした。
2026/05/16 誤字訂正
そして私の上の妹はかわいそうなあの子を→と同じように病弱だった
夫にはあの子を→の看病をする時間なんかなかった
うちの親より人柄がいい人なんて履→掃いて捨てる程いるのよ
+++++++++++
誤字の訂正ありがとうございます。間違い探しみたいで申し訳ないですが、嬉しいです。
誤字訂正機能を間違って訂正できていなかった上の分も訂正しなおしました。
2026/5/17 誤字訂正
親に気を使→遣って、
……今生の子育てはうまく行→いったようだ。
訂正
「だから、今生でまで自滅したくないのよ」→「だから、こんじょうでまでじめつしたくないのよ」




