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箱庭  作者: 藤臣 阿古夜
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第一章・名もなき駅

窓の外は薄暗い街灯があるのみで、暗闇に近い。

なんだろう…そう思った瞬間、身体が前につんのめった。

とっさに踏み止まったものの、雑誌は膝の上から滑り落ち、その反動で座席で背中をしたたかに打った。

軽く呻き、落ちた雑誌を拾う。缶は手に握られたままだが、アルミは形を変えていた。こぼれて汚していないことをすばやく確認した裕子に、車内のざわめきが聞こえた。

「いったいなんだ」

「うぅ…」

そんな声が聞こえるてくる。

そんななか通路の向かい側の乗客は勇敢にも目を覚ますことはない。

 

ときおり口を動かすだけで、この事態に気づく様子はないようだった。緊急停車だろうという呟きが聞こえたが、それについてなんらアナウンスも流れることはなかった。

乗客は思い思いの呟きを口にすると再び夢の世界へと戻ったようで、車内のざわめきは落ち着いていった。最終電車では駅に着く際のアナウンスも流れることはない。

そのためだろうと思い直した裕子は、握られた缶ビールに視線を移した。

炭酸が抜けただろうビールを口にするのは気が滅入りそうだったが、洗面台まで向かうのも面倒である。

あと一口ばかりのビールを飲み干し、コンビニ袋に入れるとおもむろにハンドバッグから取り出した煙草に火をつけた。

最近この峠では、緊急停車が相次ぐと聞いたことがある。山間部を通るこの線路は、動物が飛び出してきたり落石などがあると聞いていた裕子は、復旧までどのくらいかかるかとため息をついた。

灰を落とそうと視線を横に向けた裕子は、視界の端にぼんやりとしたなにかの輪郭を捕らえた。

なにもない暗闇のなかにぼんやりと浮かぶそれは、小さな建物を形作っている。いったいなんだろう…目を凝らした裕子は、それが小さな駅であることに気づいた。

車内の光とぼんやりとした電灯から、文字がかすかだが読める。

「なになに。名もなき…駅?」

改札口らしい入り口の上には、駅名の書かれた錆びた看板があり、そこにはそう書かれていた。

蔦が覆い、建物は朽ちかけ、まるで廃墟のような風貌に生い茂った草。駅としては機能しているのか。不思議な駅に裕子はひんやりとした空気がうなじを駆け抜けるのを感じた。それはまるで、巷で聞く【出る廃墟】を思い起こさせる。

裕子はぶるぶると首を振って、その思案を打ち消そうとしたとき、この辺りに小さな村があることを思い出した。

日に数えるほどしか停まらない駅だろうから、管理されていないとしてもおかしくはない。だいたい小さな駅では駅員はなく無人のところも多い。

裕子は苦笑した。

いきなりの緊急停車とこの暗闇である。びくついていた自分が可笑しかった。

暗闇のなかに浮かび上がる朽ちかけた駅というのも、なかなか恐怖心をそそるものがある。

そしてあの不気味な駅名はそれにぴったりだった。

灰皿にねじ込んだ裕子は、そういえばと携帯を取り出した。

友人にこういう手合いが好きな人物がいる。

報告してあげようと携帯を開くと、メールが受信されていた。

 

送信者の欄には沙織と載っている。

 

《件名》

お疲れ様ぁ☆

《本文》

もう帰ってる?沙織は今良くんのお店で呑んでるよー。何時頃に乗る予定?あれならウチの家泊まればいいし、一緒に呑まない?明日帰ればいいじゃん。

 

沙織との付き合いは二ヶ月ほどになる。

アフターをしたとき、その店のホステスをしていた沙織とは知り合ってからちょくちょく呑みに出る仲だった。

終電に間に合うようにしていた裕子だったが、終電に乗り過ごしたときに一度だけ泊まったことがある。

気さくな性格は好感がもてた。

可愛い文面とはうらはらに酒はめっぽう強く、怖い話が好きな沙織はよくそれ関連のテレビを見ることが多い。

【出る廃墟】ではないにしても、沙織が好きそうな駅である。

裕子は返信ボタンを押すと、メールの文章を打ちはじめた。

 

《件名》

今日はごめんね

 

《本文》

電車に間に合って今電車のなか。また誘ってね☆

そういえば、今電車が停まっちゃったんだけど、不思議な駅見つけたよ。多分峠付近だと思うんだけど、名もなき駅って名前で、蔦とかあって結構怖い雰囲気なんだよね。各駅停車だと停まれる駅だと思うんだけど、多分沙織は好きそうな感じかな。あたしは勘弁だけど(笑 それじゃ、飲み過ぎないようにね!また来週一緒に呑もう☆

沙織へのメールを送信しようとしたところ、圏外の表示が出た。

ここが峠のどこかと気づいた裕子は、ふとため息をつくと携帯を閉じた。

山間部では携帯の電波が届かないことがある。

普段ならば、この峠もその先にあるトンネルもすぐ通過するため、支障はなかった。

だが今日は緊急停車とともにいつ復旧するかもわからない。

駅に着いてからでも返信しようと思った裕子は、電車の振動を感じた。

どうも出発するようである。

それに対してのアナウンスもないまま、電車はゆっくりと運転を開始した。

流れる暗闇のなかに、ぼんやりと駅は浮かんでいた。その駅の真横を通過するときに、ぼんやりとしか見ることの出来なかった駅の全貌が浮かび上がった。

駅の構内のなかは外灯に照らされているのみで薄暗い。

朽ちかけたベンチが見えるほかは、がらんどうだった。冷え冷えとした雰囲気は、たとえ近くに民家があったとしても機能している様子はない。

そのうち明滅を始めた外灯は、駅名の書かれた看板を不気味に照らしていた。

建物に覆う蔦に生い茂る草のなかにたたずむ駅は、やがて電車の加速とともに視界から消えていった。

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