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箱庭  作者: 藤臣 阿古夜
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プロローグ

人が疎らなホームで待つこと数分。その日の最終電車《急行あさひ》が滑り込んできた。

六両編成のこの電車は、進行方向とは逆の六両目が喫煙席となっている。 

夏木裕子は車両を表すランプの下へと歩を進めた。

ふと見るとベンチには、缶コーヒーを片手に雑誌を読むサラリーマンや半分夢の世界に入りかけている男性が座っている。

立ち上がる様子がないことから、各駅停車の始発に乗ることが予想された。

始発まで二時間をきっている。それまでそうして過ごすのだろう。

裕子は視線をドアに向けると、誰も降りてこないことを確認して車内に身を滑らせた。

喫煙車両の自動ドアが開くと、煙草とアルコールの臭気が裕子を迎えた。

喫煙者といえども、この空気にはなかなか慣れることはできない。

鼻をひくつかせ車内を見回す。入り口近くの席が空いていることを確認した裕子は、ボストンバッグを棚に乗せ座席に身を沈めた。

後ろに乗客がいないことを確認して座席を倒すと、裕子はハンドバッグのなかからおもむろに煙草を取り出し火をつけた。

車内の臭いは苦手だったが、店を出てからこのかた煙にありついていない。

いまではタクシーでも禁煙になっている。

店からタクシーで二十分。そこから構内のコンビニにて買い物を済ませいまに至っているわけだが、禁煙ブームはなにもタクシーや構内だけではない。煙草を吸う利用者が少なくなった店内では、ホステスは禁煙になっていた。

どちらかと言えば、和気あいあいとした雰囲気のスナックであったが、常客がやめていくなかホステスが喫煙をするわけにはいかない。 

暇な時間ならば、こっそり裏口で吸うことも可能だが、今日は日曜日にも関わらず大繁盛だった。

夕方に開店してからはそんな暇もなく、裕子はため息とともに紫煙を吐き出した。 

裕子が隣県の繁華街で働くようになって、そろそろ半年になる。

最初は地元で働いていたが、狭い田舎町である。依然保守的な町では、なにかと人の噂にも上りやすい。

火曜から木曜までは昼のバイトである本屋、木曜から日曜日までは隣県でのバイトというシフトをとっている。

本屋のバイトは高校時代からと二十三歳になる裕子には長い。

スナックのマネージャーからは、辞めて引っ越してはどうかという提案もあったが、老夫婦の営む本屋にも愛着があった裕子は、週末は店の寮で寝泊まりして帰る、といった手段をとっていた。

なによりも本好きな裕子にとって、本屋のバイトは楽しい時間でもある。 

新刊もいち早く手に入れることもできる上、老夫婦も本屋を営むだけあって知識も豊富で、いろんな作家の話やお勧めを聞くのも楽しみであった。

毎週日曜日の最終電車に乗って帰宅するわけだが、裕子は疲れながらも満足していた。

着実に目標額に達成しようとする通帳を見れば疲れも吹き飛ぶ。

老夫婦の営む本屋の真横の店舗が空いているのだが、なにか商売をしてはどうかと提案されている。

マンガ喫茶ほどの規模はなくても、本をゆっくり読みながらコーヒーでも飲む店をしてみたいと思っていた裕子にとって、それはありがたい提案だった。

本の注文も気軽にできる上、なにかと手伝いやすくなる。

両親のいない裕子にとって、老夫婦は家族に近い存在だった。

裕子はゆっくりと吸い終えると、座席に備え付けてある灰皿にねじ込んだ。

自宅の最寄り駅までは約一時間半。

峠をひとつ越える間は、街の街灯を楽しめることもない。

老夫婦の店で購入した雑誌を取り出し、コンビニ袋から缶ビールを取り出した裕子はタブを起こした。

プシュっと軽快な音が響く。タブを押し込みぐいとビールを飲む。

普段も晩酌をする裕子だったが、そう強くもない。

だが、帰りのこの車内で飲むビールは小旅行気分で格別だった。

隣の座席でも晩酌をした後なのか、窓際に空き缶を置いて眠りこける乗客の姿もある。

大きなスーツケースがあることから見ると、出張帰りのようであった。

視線を膝の上の雑誌に向け、ページをめくっていく裕子の目に《ダイエット特集》という文字が飛び込んだ。 

片手で腹の肉を摘んでみた裕子は、そそくさとページをめくっていく。

小説なども好きな裕子だが、週刊誌や漫画本なども好きなため、芸能人についての記述のある本もよく購入している。

缶ビールを片手に読み進めていく裕子は、突然なにかが軋む音にびっくりして顔を上げた。


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