あの頃
夕方前の道は、まだ昼の温度を少しだけ残していた。
フロントガラスの向こうで、アスファルトがゆるく光っている。
ハンドルを握りながら、ほんの少しだけ首を横に向けた。
道路の外には、当たり前のように家が並び、看板が立ち、
遠くに木が揺れている。
免許を取る前は、
こういう景色を眺めながら走るものだと思っていた。
映画の中みたいに、ゆったりと。
風景を楽しみながら、どこまでも行けるようなものだと。
けれど実際は違った。
左右を少し見ただけで、車はすぐに進路を外れそうになる。
白線に意識を戻し、前を見て、ミラーを見て、
また前を見る。
気を抜く余裕なんてほとんどない。
こんなものか、と思った。
なんとなく、がっかりした。
誰にも言うほどじゃないけれど、
心のどこかが少しだけ沈む感じ。
そのとき、ふと、似たような気持ちを昔にも味わったことがある気がした。
思い返せば、小さい頃はそんなことがよくあった。
期待して買ってもらったおもちゃが、
思っていたほど面白くなかったとき。
パッケージの絵だけ見て選んだゲームが、
想像していた内容と違ったとき。
初めて見たお菓子を買って、
きっとこういう味だろうと想像して口に入れたら、
全然違う味だったとき。
あの頃は、よく外れた。
でも、その外れ方はいつの間にか減っていった。
成長するにつれて、
見ただけでなんとなく味が想像できるようになった。
おもちゃを手に取ることも減った。
ゲームを買うときは、先に内容を調べるようになった。
失敗しない選び方を覚えた。
その代わり、あの小さながっかりも、
いつの間にか感じなくなっていた。
ハンドルを少し切る。
新しい車のエンジンは静かで、
まだどこか他人の持ち物みたいな感触が残っている。
シートは固く、内装はまだピカピカだ。
信号が青になる。
アクセルを踏みながら、
さっきの気持ちをもう一度思い返してみる。
運転しながら景色を眺める、なんてことはできない。
それはただの想像だった。
でも、その小さな落差は、どこか懐かしかった。
久しぶりに、あれに似たものを味わった気がする。
前を見る。
白線が静かに流れていく。
景色はあまり見られない。
けれど、その代わりに、道路の先がゆっくり伸びていく。
少しだけ懐かしい気持ちを抱えたまま、
まだ新しい車は、まっすぐ前に進んでいた。




