第52話 幕間 8
その子の病気は、滅多に死に至ることはないはずの病だった。
いろいろな……例えば、父親と母親の体質の違いとか、薬師という仕事による薬剤からの体への負荷とか、子供のころの生活環境や、両親もまた子供のころに風土病を患ったことがあるとか……そういった様々な小さな小さな積み重ねが、その子に影響を与えていた。
両親が願って、願って、何年も待ってようやく授かった命は、とても弱くわずかな気温の変化でも体調を崩すような状態で生まれてきた。
今にも消えそうな命。そこに、風土病だ。
普通の子なら、体が大きくなるにつれ病は癒え、成人を迎えるころには快癒するのだが、貧弱な体にその病は悪いほうにぴったりとはまり、大人になるにつれて病は重くなっていった。
本当なら、成人まで生きられなかっただろう子を、薬師だった両親は私財を投げうって死に物狂いで延命した。
あちこちから薬草を、体に良いという木の実や野菜、肉、鉱物を取り寄せては、子の為に新たな薬を作り出し、そうして作られた薬は子に効かなくとも別の病の薬となり、両親が次の薬を作るための資金を生み出した。
いつその日が来るのかと不安に苛まれる両親は、子が苦しむ姿から目をそらすためさらに研究に没頭した。
子は、とても物分かりのいい、良い子に育った。
生まれた時からベッドの上で、体調が良い日や気分の良い日が年に数えるほどなのに、わがままも不満も言わず、それどころか他者をいたわる言葉に感謝まで口にする。
誰に聞いても、心根の優しい素晴らしい子だと、さすがあのご両親の子だと、言うだろう。
そして、こんな良い子が不憫だと、何とか健康になってもらいたいと、両親に変わって世話を焼く。
子にとって、それが本当はどんなに負担か知らずに。
子が、良い子になったのは、物心ついてすぐだった。
きっかけは、乳母とその息子が一緒にいるところを見てしまった時だ。
子と同じくらいの男の子が、乳母にしがみつき声を張り上げると、乳母は困ったようにそれでもいつくしむ瞳を向けて男の子を抱きしめた。
その様子に、子の心はひどく乱れた。
どうしても自分もそこに加わりたいと思ったのだ。
重い体を引きずって、その二人に近づき、触れる寸前に乳母の息子に振り払われた。
「僕の母さんだ! 触るなっ!」
子供同士の事と大きな問題にはならなかったが、子の心に深い傷を残した。
父と母以外は家族ではない。
どんなに優しくされても、どんなに親切にされても、親子のような関係にはなれないことを、幼心に気が付いてしまったのだ。
それ以来、子は良い子を演じ続けていた。
子は、自分より大事な誰かを持つ大人より、両親にそばにいてほしかった。
命を延ばす薬を必死で作ってくれることはうれしかったしありがたかったが、苦しいときに手を握り、眠れないときに子守歌を歌い、一緒に食事をし、花や景色を見て、時には怒られたり、褒められたり、喧嘩をしたり……周りの親子のように過ごしたかった。
けれども、両親は、自分のそばにはいてくれない。
自分の為に、薬を作っているから……それが分かるから、子はわがままを言えない。
ずっと、ずっと、ずっと、苦しくても、悲しくても、寂しくても、我慢し続けて、その気持ちはやがて―――真っ黒な闇を生み出したのだ。




