表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
数字がすべてを決める国で、僕は“4”として生きている  作者: TQ.
クローバーの国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

風の街にて

紅の塔の影を離れ、レオンの旅が始まる。

ハートの国では「外の世界」を口にすることすら禁じられていた。

けれど、仮面の男の言葉が彼の中に小さな灯をともした。


はじめて見る風、知らない空気、聞いたことのない音。

レオンが辿り着いたのは、“風の国”クローバー。


そこでは、人々が穏やかに暮らし、風がすべてを調える。

――だが、その風の向こう側には、別の“秩序”が息をひそめていた。

 馬車がきしむたび、積み荷が小さく跳ねた。

 木箱のぶつかる音と、馬のひづめが土を叩くリズム。

 その合間に聞こえるのは、風のざわめき――まるで遠くから歌が聞こえるようだった。


 レオンはそっと布のすき間を開け、外をのぞいた。

 そこには、今まで想像したこともない光景が広がっていた。


 果てしない草原。

 朝日を反射して光る露の粒。

 白い鳥が群れをなして飛び、地平線の向こうに雪をかぶった山々が連なっている。


 「……これが、外の世界……」


 思わずつぶやく。

 胸の奥が熱くなり、知らず笑みがこぼれた。

 塔の影ばかり見てきた自分が、いま初めて世界の光を見ている。

 その事実だけで、何もかもが変わったように思えた。


 だが、夜通しの揺れに体は疲れていた。

 レオンは荷の中で小さく丸くなり、まぶたを閉じる。


 そのとき――胸元の黒いダイスが一瞬、淡く光った。

 鼓動に合わせてわずかに脈打ち、すぐに沈黙する。


 *


 「……おい、坊主」


 不意に積み荷の布がはがされ、まぶしい光が差し込んだ。

 「うわっ!」レオンは反射的に身を起こす。


 そこには、旅装束の男が立っていた。

 灰色まじりの髪に、よく日に焼けた肌。

 目は細く、にこりと笑っているが、その奥には測り知れぬ冷静さが潜んでいる。


 「やっぱり隠れてやがったか。どうりで荷が重いと思ったんだ」


 「す、すみません! 僕、ただ……!」

 「黙って乗り込むなんざ、勇気あるなぁ。……で、何者だ?」

 「ぼ、僕はレオン!」

 「レオンね。年はいくつだ?」

 「じゅ、十二!」

 「出身は?」


 レオンの喉がつまる。

 「……北のほうです」


 男――ゼルは顎に手を当て、ゆっくり笑う。

 「北、ねぇ……。じゃあひとつ確かめさせろ」


 「え?」

 「胸の刻印だ。国の証ぐらいあるだろ?」


 レオンが後ずさるより早く、

 ゼルの手が襟をつかみ、布を強引に引き裂いた。


 「やめて!」


 光が差し込む。

 レオンの胸に浮かんだのは――緑のクローバーの紋章。

 淡く光り、風にゆれるように揺らめいた。


 「……ほう?」


 ゼルの笑みが止まる。

 ほんのわずかに、細い目が開く。

 (……おかしい。確かこいつ、ハートの国で荷に紛れたはずだ)


 短い沈黙のあと、彼はわざとらしく肩をすくめた。

 「ははっ! なんだ、びびらせやがって! てっきり密入国者かとおもったぜ!」

 布を戻しながら、レオンの頭を軽く叩く。

 「あんまり悪さすんな、わかったな?」


 「……はい」


 ゼルは口角を上げる。

 「ま、せっかくだ、こっち来て座れ」


 レオンは驚きながらも、隣に腰を下ろした。

 ゼルは手綱を握り、馬を走らせる。


 「クローバーの国は“風の国”。

  誰もが風の流れに逆らわずに生きる。

  お前みたいに勝手なことすると、すぐ風に吹き飛ばされるぞ」


 「……風に、吹き飛ばされる?」

 「そう。つまり、“消える”ってことだ」


 笑っているような声。けれど、冗談に聞こえなかった。


 風が吹き抜ける。

 レオンは胸元を押さえ、刻印の熱を確かめた。

 (……あの光、ダイスの力?)


 ダイスは静かに揺れ、何も答えなかった。


 *


 やがて、緑の国の門が見えてきた。

 白い風車が並び、門の上では旗が穏やかに翻っている。

 通り過ぎる人々の表情も、どこか柔らかかった。


 「ゼル、その子は?」

 衛兵が目を細める。


 ゼルはいつもの笑顔で肩をすくめた。

 「親戚のガキだよ。まったく、荷台に隠れてやがったんだ」

 「またか……。お前んとこはいつも騒がしいな」

 「仕事柄な。荷も人も運ぶのが性分なんでね」


 衛兵は苦笑して手を振った。

 「通っていい。ただし、次は気をつけろよ」

 「もちろん」


 ゼルはレオンの背中を軽く押す。

 「ほら行け。もうイタズラすんなよ、坊主」


 「……ありがとう」


 レオンはぺこりと頭を下げ、門をくぐる。

 背後で、ゼルの笑い声が風に混じった。


 けれどその目は、笑っていなかった。

 「……刻印が変わる。おもしれぇな」

 細く呟く声は、風の中に消えた。


 *


 門を抜けた先――

 レオンは思わず立ち止まった。


 街が、歌っていた。


 風車が音を鳴らし、通りには笛と太鼓の音。

 建物は白と緑で統一され、布の飾りが風に揺れている。

 香草と焼きたてのパンの匂いが混じり合い、

 人々は笑い、肩を並べ、誰もが穏やかな表情をしていた。


 「……これが、外の世界……」


 胸の奥で、何かがほどけるようだった。

 けれど同時に――何かが胸の奥でざらついた。


 (この人たち、本当に“自由”なのか?)


 笑顔の街。

 でも、どこか整いすぎている。

 風の流れさえ、決められているように感じた。


 それでも、ハートの国の冷たさよりはずっと温かい。

 レオンは小さく息を吸い、街の中へと足を踏み入れた。


 その背中を、物陰からじっと見つめる黒い影があった。

 風が吹き、影が揺れる。

 まるで、彼を追いかけるように。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第6話では、ついにレオンがハートの国を離れ、

新たな舞台――クローバーの国へと足を踏み入れました。


今回の見どころは、行商人ゼルとの出会い。

一見おだやかで冗談好きな男ですが、

その細い目の奥には何かを見抜くような冷たさがあります。

そして、レオンの“刻印”が変化するという謎も――

今後、物語の重要な鍵になっていきます。


次回はクローバーの街での生活、

そして新たな人物との出会いが描かれます。

風の国が抱える“調和”の裏側を、少しずつ掘り下げていく予定です。


ブックマークや感想、本当に励みになっています。

物語の風を、一緒に感じてもらえたら嬉しいです。


――TQ.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ