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数字がすべてを決める国で、僕は“4”として生きている  作者: TQ.
ハートの国

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4/9

その声を知らない朝

数字がすべてを決める世界。

その秩序の中で、ただ一人、違和感を抱いた少年がいた。


仮面の男との出会いによって揺らぎ始めた心。

そして、その“違和感”は、やがて取り返しのつかない現実を連れてくる。


レオンたちの“選択”の物語。

第4話「その声を知らない朝」では、

ハートの国で静かに崩れ始める“秩序の音”を描きます。

夜がほどける音がした。

 丘の上、レオンは腕を抱えたまま、東の森の方角を見ていた。

 空の端がわずかに白む。鳥の声が一度だけ鳴って、また沈む。


 町の道を掃く老人の声が風に乗って届いた。

 「……なんだ、広場が騒がしいな」

 レオンの胸がきゅっと縮む。

 昨夜から胸の中で火花のように弾けていた不安が、形をもった。


 足が先に動いた。

 石段を駆け降り、角を曲がる。朝の露で滑る路地を踏みしめ、広場へ出ると、人の輪ができていた。

 押し合う肩、乾いた囁き。数字の刺繍を見せびらかす上級民の外套が、朝の光を撥ね返している。


 中央に作られた簡易の台。

 そこに、腕を後ろで縛られた男が立たされていた。

 白い仮面。右の片側が欠け、黒い布がその傷を覆っている。


 声が読み上げる。

 「罪状――秩序を乱し、他国の思想を持ち込んだる者。

  この地に混乱を持ち込み、民の心を惑わせたる者。

  “放浪者”と認め、ここに罰を執行する」


 空気が固まった。

 レオンは人垣をかき分けた。

 「やめろ!」思わず声が出た。

 誰かに肩を押し戻され、足がもつれる。

 視界の端で、仮面の男がわずかに顔を上げた。


 目が合った気がした。

 仮面の割れ目の奥で、片目がやさしく細くなる。


 ――笑っている。


 レオンは喉の奥が熱くなるのを感じた。

 「やめてくれ、あの人は……!」

 言葉がそこで止まる。

 男は何も言わない。ただ、静かに微笑んだ。

 誰の名も、どんな言葉も、そこには乗せない。

 その沈黙が、レオンを守る形をしていた。


 野次馬たちの声が、一斉に囁きを重ねる。

 「……あれが放浪者か」

 「汚らわしい」

 「誰かが通報したらしいぞ」

 石畳を這うような、冷たい噂。


 鐘が鳴った。

 広場が一瞬だけ深い水中みたいに静まる。

 執行の合図。

 風が旗を揺らし、赤い布がはらりと落ちる。

 誰かが息を飲む音。

 仮面が、静かに傾いだ。


 レオンの視界に、白いものが一瞬だけ軌跡を描く。

 音は軽かった。

 なのに、世界のどこかが確かに崩れたように感じた。


 膝が笑う。地面がにじむ。

 レオンは泣き叫んだ。

 頭の中で仮面の男との時間が崩れていく。

 声が自分のものではないみたいに遠い。

 頬に風が触れるたび、胸の奥まで冷えていく。



 上級民が声を上げた。

 「秩序を守る者に、栄誉を与える。

  放浪者の通報に尽力した者に――推薦状を授ける」


 広場がざわめき、名を待つ空白が生まれる。

 朝の光が広場を満たす。

 その名前が呼ばれた。


 「――リリア!」


 時間が止まった。

 レオンの足がすくむ。

 視線の先に、小柄な少女がいた。

 リリアの手が推薦状を受け取っている。

 その目が、レオンを見た。


 いつもの怯えた瞳じゃない。

 底のほうに、冷たい鏡のような静けさがあった。



 ガイルが叫んだ。

 「リリア!」


 その声に、彼女の肩が小さく震えた。

 リリアはほんの一瞬だけまぶたを閉じた。

 その瞳には、乾いた涙の跡が光っていた。


 ――昨夜のこと。


 レオンとガイルが森へ向かう後ろ姿を、リリアは見ていた。

 暗い通りの端に身を潜めながら、二人のあとを追う。

 (……何をしてるの、レオン)

 心の奥がざわついていた。


 やがて森の手前で、ガイルの足が止まった。

 彼は振り返り、長く息を吐いた。

 「……こんなこと、していいのか」

 その背を、少し離れた影の中でリリアは見ていた。


 レオンが塔へ入っていくのを、ガイルは見送った。

 けれど追いかけなかった。

 拳を握り、何かに迷っている。


 ――ガイルも知ってる。

 リリアの胸が締めつけられた。


 脳裏に浮かぶ上級民の布告。

 「放浪者を見つけた者、秩序を守った者には推薦状を与える」


 家には、病に伏した母がいる。

 薬は尽き、金もない。

 “2”の刻印を持つ自分にできるのは、ただ祈ることだけ。


 気付けば持っていた紙にペン走らせていた

 そこには報告書の文字

 インクの文字が涙で滲む。

 ――これで、お母さんを助けられる。

 そう信じるように。



 広場でリリアは小さく頭を下げ、推薦状を受け取った。

 光を浴びるその手が小さく震えている。

 そして、レオンと目が合う。


 「……ごめんね」


 その一言で、世界が崩れた。

 喉が閉じ、声が出ない。

 遠くでガイルがもう一度叫ぶ。


 「リリア!」


 人々のざわめきがまた広がる。

 「城の給仕として仕えるよう命が下ったらしい」

 「親の病だと? なら良かったじゃないか」

 言葉が勝手に理由を作り、誰かの人生をなぞっていく。



 やがて、人の波が引いた。

 広場に残ったのは、散った紙くずと乾いた風だけ。

 レオンはその場に立ち尽くしていた。

 周りの喧騒が消え、鐘の余韻だけが遠くに響いている。


 背後から足音。ガイルがやってきた。

 顔に浮かぶのは、悔しさとも悲しさともつかない表情。


 「……俺も、通報しようとしてた。

  でも、できなかった。お前の顔が浮かんで」

 その声に怒りはなかった。

 ただ、深い疲れと後悔が滲んでいた。


 レオンは、ぽつりと言った。

 「……塔へ行こう」


 ガイルが顔を上げる。

 「もう封鎖されてるぞ」

 「それでも、確かめたい」


 二人は歩き出した。



 森の中は冷たく、月明かりが地面に線を描いていた。

 塔の入り口は板で打ち付けられ、封印札が貼られている。

 “立入禁止”――赤い文字が風に揺れた。


 レオンは手を伸ばして板に触れた。

 新しい木の香り。つい先ほど封じられたばかりだ。

 「……間に合わなかったんだな」

 ガイルが呟いた。


 レオンは首を振った。

 「裏に抜け道がある。行こう。きっと、まだ何か残ってる」


 二人は塔の裏へ回る。

 崩れた石壁の下に、細い裂け目があった。

 レオンが手を差し込むと、冷たい風が漏れ出る。


 「ここだ」


 狭い隙間を抜けると、塔の中は静かだった。

 机の上に紙が一枚。インクのしずくが乾ききっていない。

 床の布をめくると、黒い石のネックレスが現れた。


 四角く削られた石。

 チェーンの金具以外の四面には、トランプの印が刻まれている。

 ハート、ダイヤ、クラブ、スペード。

 そして、底の面だけが白く輝いていた。


 レオンはそれを手に取り、しばらく見つめた。

 「……この石、あの人の」

 ガイルが息を呑む。

 「それ、何なんだ」

 「わからない。でも……

  この国じゃないどこかへ、導いてくれる気がする」


 レオンは立ち上がり、胸の前でその石を握った。

 「……外の世界を見に行く。

  数字じゃなく、自分の目で確かめたい」


 ガイルはしばらく黙っていた。

 やがて、小さく笑った。

 「ほんと、お前は馬鹿だな」

 「馬鹿でもいい。行くよ」


 塔の上から風が吹いた。

 灰がひらりと舞い、床に散る。

 ネックレスの白い面がその灰の光を受け、淡く光った。


 二人が塔から出た時には空が赤く輝き始めていた。

 森の出口で立ち止まり、夕焼けの空を見上げる。

 紅の塔の影が遠くに揺れている。


 「もう同じ朝はこないんだな」

 ガイルの言葉に、レオンは頷いた。

 胸に下がる黒い石が、わずかに脈を打った。

 世界が、まだ誰も知らない声で、静かに始まろうとしていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


この章では、レオンにとって初めての“喪失”を描きました。

それはただの別れではなく、

「信じていた世界が壊れる瞬間」でもあります。


リリアとガイル、それぞれの「正義」がぶつかり、

誰もが少しずつ傷を残して前に進む――。

そんな静かな痛みが伝わっていたら嬉しいです。


次回、第5話では、

レオンが黒い石を胸に旅立つ決意を固め、

ハートの国を離れることになります。

そこから、彼の“外の世界”が動き始めます。


もし物語の続きを待ってくれる方がいたら、

ブックマークや感想を残してもらえると、本当に励みになります。


――TQ.

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