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数字がすべてを決める国で、僕は“4”として生きている  作者: TQ.
ハートの国

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3/9

光の端

それは、ほんの小さな“違和感”から始まった。

だけどその違和感が、レオンを初めて“世界の外”へ導く。


仮面の男が語る、知られざる国々の話。

数字では測れない、人と人の生き方。

そして――かつて世界を一つにしようとした者の記憶。


レオンはその言葉に心を奪われ、

ガイルは彼の変化に不安を覚える。


ひとつの光が生まれたとき、

その影もまた、静かに動き始めていた。

昼を過ぎると、風が冷たくなった。

 街では紅の塔の影が長く伸び、通りの子どもたちがその線を踏まぬように遊んでいた。

 だが、塔の影が届かぬ東の丘の向こうには、別の時間が流れている。


 レオンは今日もそこへ向かっていた。

 森の入り口で立ち止まり、息を整える。

 「また来たのか」と言われるだろうなと思いながらも、足は止まらなかった。



 廃墟の塔は、森の奥の光を受けて淡く輝いていた。

 崩れた壁の隙間を抜け、螺旋階段を上がる。

 上部の部屋に差す光の中で、仮面の男が筆を走らせていた。


 「……また来たのか。」


 予想通りの第一声。

 だが、レオンの顔を見た仮面の奥の目は、昨日よりも少し柔らかい気がした。


 「うん。もっと話が聞きたくて。」

 「聞いてどうする。」

 「知らないよりは、知りたいんだ。」


 男は筆を止めた。紙にインクが一滴落ちる。


 「……お前は変わった子だな。」

 「よく言われる。」レオンは笑う。


 風が窓を鳴らした。塔の中に光が流れ込む。


 「この国の外を見たことはあるか?」男が問う。

 「ないよ。外は、危ないって言われてる。」

 「危ないのは、何も知らない者だ。知っている者は、恐れずに歩ける。」


 仮面の奥の声が静かに続く。


 「北には、風を“歌”と呼ぶ民がいる。

  東には、砂と石の国。数字を“学問”とする。

  西の黒い山々では、夜を崇める民が眠りとともに祈る。」


 レオンは目を丸くした。

 聞いたことのない光景が頭の中に溢れる。

 空の色、風の音、土の匂い――想像するだけで胸が熱くなる。


 「そんな国が本当にあるの?」

 「ある。

  ……そして、かつてそれらを一つにしようとした者がいた。」


 レオンは息をのんだ。

 男は視線を窓の外に向けた。


 「その者は、数字も国も関係なく、誰もが平等に生きられる世界を夢見た。

  だが国はそれを恐れた。秩序が壊れると叫び、その者を“消した”。」


 塔の中の風が止まる。

 遠くで鳥の鳴く声だけが、薄く響いた。


 「……その人、本当にいなくなったの?」

 「国がそう言った。だが、真実を知る者は少ない。」

 男の声がかすかに震えた。


 「この国にはこの国の生き方がある。

  それを変えようとすれば、争いが生まれる。

  だが――」


 男は言葉を切り、ゆっくりと仮面を上げた。

 「もし、どの国も、どの民も平等に生きられる世界があるなら。

  ……見てみたいものだな。」


 レオンの胸に光が走った。

 「俺も、見てみたい。」


 口にした瞬間、世界の空気が変わった気がした。

 塔の中に差し込む光が強くなり、

 仮面の男の影が床に長く伸びた。


 男は小さく笑った。

 「そうか。

  なら、見えるものを増やせ。

  数字の外にも、世界はある。」


 その言葉が、レオンの胸に灯をともした。

 それは紅の塔の光よりもずっと暖かかった。



 それから何日も、レオンは塔へ通った。

 仮面の男は多くを語らなかったが、時折昔話をした。

 数字が生まれる前、人々が自分の“色”で生きていた頃の話。

 “価値”ではなく、“声”で自分を示していた時代の話。


 それを聞く時間が、レオンにとって一日の中でいちばん好きだった。



 ある日、街に新しい噂が流れた。

 ――放浪者が紛れ込んでいる。

 誰も見たことがないのに、

 兵士たちは刻印を確かめながら巡回を始めた。


 「最近、どこ行ってる?」

 下校途中、ガイルが低い声で言った。

 「散歩だよ。」

 「嘘だろ。前より遠くまで行ってる。」


 リリアが不安そうに二人の間に立つ。

 「レオン、もし変な噂に巻き込まれてたら……」


 「巻き込まれてない。」

 レオンは笑ったが、声の奥に熱があった。


 「でも、もし本当に“放浪者”がいるなら、

  話を聞いてみたいと思わない?

  数字がすべてを決める国の外で、

  人がどう生きてるのか知りたいんだ。」


 ガイルは言葉を失った。

 その顔に浮かんだものは、怒りではなく、恐れに近かった。


 「……危ないことを楽しそうに話すな。」

 「危ない? ただ知りたいだけだよ。」

 「その“知りたい”で、みんなが困るかもしれないんだぞ。」


 レオンは俯いた。

 リリアが袖を掴み、何か言いかけたが、

 結局、三人の間に言葉は落ちなかった。



 夕方、塔の上では仮面の男が外を見ていた。

 風がざわめき、森の奥で鳥が騒ぐ。

 いつもと違う気配――人の匂い。


 「もう来るな。」

 階段を上がってきたレオンに、男は振り返らず言った。


 「どうして。」

 「街に噂が出ている。放浪者が潜んでいると。

  もし俺のことが知られれば、お前も危険だ。」

 「でも、俺は――」

 「この国には、この国の生き方がある。

  その影を壊そうとする者を、国は許さない。

  ……帰れ。」


 男の声は、悲しみと決意の混ざった音だった。

 レオンは唇を噛み、下を向いた。

 「また会える?」

 返事はなかった。


 階段を降りながら、胸の奥に残るのは、

 何かを失ったような、けれど確かに何かを得たような感覚だった。



 それでも、足は塔に向かった。

 森の入り口に立ち、見上げる。

 塔の窓の灯りが、今日もかすかに揺れている。


 その後ろの茂みに、もうひとつの影があった。

 ガイルだ。


 衛兵志望の少年は、複雑な表情で友を見つめていた。

 レオンが裂け目から塔に入っていく。

 彼もまた、静かに後を追う。


 上階からは微かな声が聞こえた。

 ――“外の風は、誰のものでもない。”

 “でも、見てみたい。”


 ガイルの心臓が高鳴る。

 その言葉が、恐ろしくも美しく響いた。


  (あれが……放浪者。)


 決定的だった。

 しかし足は動かない。


 そのとき、昼間に耳にした上級民の声が頭をよぎった。

 ――「放浪者を見つけた者、秩序を守った者には、推薦状が送られる。」

 衛兵になる者にとって、それは名誉であり、夢への近道だった。


 (推薦……)


 胸の奥がざわめいた。

 もし今ここで報告すれば、自分の道は確実に開ける。

 兵士になる。それは子どもの頃からの夢。

 けれど――その夢の先に、レオンのいない未来が浮かんだ。


 「……どうする、俺。」


 声にならない言葉が喉で揺れた。

 森の風が木々を叩き、塔の影を揺らす。


 階段を降りる足音。レオンの横顔が見える。

 その瞳には、燃えるような光があった。


 危うくて、まぶしい。

 自分には持てない光。


 そんなレオンの表情を見た時、

 ガイルの中で何かが静かに崩れた気がした。


 森の夜が深まる。

 紅の塔の光が遠くでちらつく。

 その隙間に、誰も知らない“光の端”が、

 静かに揺れていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


第3話「光の端」では、レオンが初めて“外の世界”という希望に触れ、

そしてガイルが“秩序”と“友情”のあいだで揺れ始めました。


仮面の男の語る過去は、ただの昔話ではなく、

この世界の奥に眠る“何か”の始まりです。


数字に縛られた国の中で、

レオンの心に芽生えた光はまだ小さい。

けれどその光が、誰かの影を動かしていく。


次回、第4話では――

ガイルの選択が、物語を思いがけない方向へ進めていきます。


もし作品を気に入っていただけたら、

ブックマークや感想をいただけると励みになります。


――TQ.

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