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第六話 距離を縮める決意をした狩り

宜しくお願いします!


 着替えを済ませて洞窟を抜けると、ルシーナは弓と剣を持ったアルベルトの姿が目に入った。服装も城下に居る平民のような服装に変えている。


「何処か行かれるのですか?」

()りをして来る」

「え?」

(狩り……って。ケーストロビー様は公爵令息ですよね?)


 そういうのは普通、アルベルトではなく狩人がすることではないだろうか。


「……公爵令息が狩りをするなんて……と、思ったか?」

「あ……いえ。『狩りをするなんて』とは思っていません。ただ、公爵令息であるケーストロビー様が、狩りをするのは認められているのかと、思っただけです。狩りが好きなことなら、素敵なことなのですが」

「……別に、好きではない。ただ生きるためにしているだけだ」

「…………っ!」

(公爵という上級貴族の令息なのに、『生きるため』……って)


 自嘲気味に微笑むアルベルトの表情からは、『生きたくないけど生きたい』そんな複雑な気持ちが読み取れた。

 ルシーナは目に涙が溜まる。


(この人を一人にしておけない)


 そう思った時には、もう口を開いていた。


「もう一本ずつ、剣と弓はありますか?」

「あるが……何に使う?」


 アルベルトの問い掛けに、ルシーナは気恥ずかしく微笑んで言った。


「わたくしも、狩りに連れて行ってもらえませんか?」


 〜〜***〜〜


(まさか、本当に連れて行ってくれるなんて……)


 自分からお願いしたが、本当に連れて行ってもらえるとは思っていなかった。何が何でも拒否されると思っていたのだ。『足手纏いだから』という理由で。

 思い返すのは、許可を得る少し前——おねだりをした時のことだ。


『わたくしも、狩りに連れて行ってもらえませんか?』

『———は?』


 あまり感情を表に出さないアルベルトは、驚きを顔に出していた。


(レアですね)


 そんなアルベルトを見て、ルシーナはクスッと笑った。


『いや……エースロール嬢は狩りをしたことがないだろう』

『そうですが………。狩りをするところを見てみたいのです』

『狩りはそんな理由で行けるほど簡単なものじゃ——』

『分かっております』


 狩りは簡単ではない。それを伝えるアルベルトの言葉をルシーナは承認して遮る。


(アルベルト・リリィ・ケーストロビー様を一人にしておけない。それに……)

『わたくしも、狩りをしてみたかったのです』


 狩りというのは本でしか見たことがなかった。その本を読んで狩りに憧れを持ったのは何歳の時だったか。五歳の頃、『狩りをする人になりたい!』と両親に宣言した翌日には、母にその狩人について書いてある本は没収されていた。そのことも今では大切な思い出だ。


『だが———』

『女狩人。というのも、悪くないと思いませんか?』

『……………。はぁ……、分かった』

『! あ、ありがとうございます!』


 ……と言うことだ。

 今は森の奥深くの(しげ)みに隠れている。アルベルトが隣に居るが、つま先で屈んでいるというのに、ルシーナとは違って足がぷるぷるしていないのが凄い。


(女狩人と言っても、令嬢には無理だわ。でも、今ならケーストロビー様以外、誰もいないの。だったら楽しみたいわ)


 今は侯爵令嬢という貴族ではなく、ルシーナという普通の女の子として、楽しもうじゃないか。そう思ったのだ。

 頑張ってつま先で屈んでいると、アルベルトが「居た」と呟く。


「え?」

「ほら、猪が」

「……あ、本当ですね。これはどうやって仕留めるのですか?」


 ルシーナが問うと、アルベルトは淡々とした声音で教える。


「足音を立てないように、気配を消して木の上に登る。太く折れにくい木の枝に登ったら、弓でそこから狙う。容易に出来る狩りの仕方だ」

「……」

(貴方しか出来ませんよ!)


 『容易に出来る』と言っているが、まず草地では絶対に足音が立ってしまう。気配を消すのもまず普通の令嬢令息には出来ないことだ。

 アルベルトは先程言った言葉を実現してみせた。

 近くの足音も気配をも消して、木に登り、太く丈夫な木の枝に乗る。そして弓を持ち懐から出した矢を番える。

 そして、仕留めた。


(凄い……あの猪を、一瞬で………)


 ルシーナは反射的に立ち上がる。

 アルベルトを凄いと思うと同時に、呆れたような気持ちにもなった。

 アルベルトは木の枝から飛び降りて、横に倒れている猪を片手で持ち上げる。

 そして脅すようにルシーナに猪を向け、こう言うのだ。


「どうだ? 貴族令嬢には恐ろしい光景だろう。これに懲りたらもう『狩りに連れて行って』などという願いは言わない方が——」

「凄い……!」

「は?」


 脅すために連れて来たと理解する前に、ルシーナは感嘆の声を漏らした。

 アルベルトは猪を持っていた手を下げて、意味が分からないという表情をする。


「凄いです、ケーストロビー様! 流石ですね。わたくしじゃ、とても出来ませんよ……! ケーストロビー様は狩りの才能があるのですね」

「……!」


 ルシーナの褒め言葉に、アルベルトは目を見開く。


(本当に凄い! わたくしはもう狩人になるという夢はないけれど、尊敬するものはするのね! わたくしも、ダンスでも語学でも何でも良いから自分の才能を見付けたいわ……!)


 すると、アルベルトは遠くを見るようにルシーナから視線をずらし、自嘲気味にこう言うのだ。


「……俺を褒めて何になる。狩りは生きるためにしている(すべ)だ。俺は褒めらなくて当然の立場に居るのだから、褒めなくて良い」

「……ケーストロビー様……」

(やっぱり、この人を一人にするのは危険だわ。もし、一人にしてしまったら……いつか、間違いなく精神が壊れてしまう。最悪、自殺してしまう可能性だって——)


 そこまで考えて、ルシーナは小さく頭を左右に振る。


(止めましょう、考えるのは。自殺なんて、貴族社会ではそうそうなかった。一人か二人であって、三人以上の自殺は噂にない、から。でも、ケーストロビー様がその三人目になってしまったら? ……この方なら、あり得る)


 考えないと決めたばかりなのに、考えてしまう。


(それを避けるためには——)

 ——ちゃんと、ケーストロビー様と距離を縮めないと。


 そしたら、アルベルトは自殺や自らを犠牲にすることを、止めてくれるかもしれない。そんなの夢のまた夢なんてことは分かってる。汚い心の沼にハマッた人に手を差し伸べて助けることも、そう簡単に出来ないということも。


(でも少しでも、ケーストロビー様が救われたら良い)


 そう思いながら、ルシーナは微笑み口を開く。


「あの。良ければ……ですが、アルベルト様とお呼びしても良いでしょうか」

「………あぁ、勝手にしろ」


 アルベルトはそう言いながらルシーナに背を向ける。

 ルシーナは答えを聞いた途端、顔が綻んだ。


「! ありがとうございます! ……やった。これからもアルベルト様との距離を縮めていくぞぉ」

「……」


 後者はアルベルトには聞こえていなかったが、喜んで自身にお礼を述べる言葉は聞こえた。今も背を向けているアルベルトは、何故、自分が顔を赤らめているのか分からなかった。


「………………? なんなのだ、これは……」

ありがとうございました。

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