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第五話 意外なおねだり

宜しくお願いします。

「では改めて……ルシーナ・リリィ・エースロールと申します」

「……エースロール?」

(まだ違ったわ)


 自分の過ちに気付いたルシーナだが、訂正はしない。もう直ぐオスーベリーから元のエースロールに戻るのだから。


「はい、まだ離婚はしていませんが」

「離婚届は」

「鞄に入っていたはずなんですが……」

「これか?」


 アルベルトはそう言うと、狼が森の奥から出て来た。

 その狼は、ルシーナの鞄の取手を咥えている。


「はい、それです! 持って来てくれたのですね。ありがとうございます」

「いや……ついでに」

「はい、ありがとうございます♪」


 にっこり嬉しそうにルシーナが微笑むと、アルベルトは唇を噛み締めた。

 褒め言葉のつもりだったのだが、間違った方向で受け取ってしまっただろうか。そんな不安がルシーナの頭を過る。念の為、「申し訳ありません」と謝ってみる。勿論、ちゃんと申し訳ないという気持ちを込めて。


「いや……。なんの謝罪だ?」

「え……? だって、怒っていたのでは?」

「怒っていない。何故そう思った」

「唇を噛み締めていたので……」


 「怒っていないのなら、何故唇を……?」と問うルシーナの声はアルベルトには届いておらず、俯いている。


(……これは、どうするのが正解なのかしら)


 励ますか。いや、アルベルトの性格だとウザがられそうだ。ルシーナ自身もしたくない。ではどうしようか。


「あの……?」

「あぁ、なんでもない。ほら、これ」

「……ありがとう、ございます」


 鞄の存在を忘れていたが、それを表には出していない。

 ルシーナは鞄をアルベルトから受け取り、頭を下げてお礼を述べた。


「頭を上げろ。オスーベリー夫人……いや、エースロール嬢が容易に頭を下げてはいけない。エースロール嬢は上位貴族なのだから」

「そう……ですね! これでも侯爵令嬢ですもの」


 気を遣ってくれたアルベルトにルーペは頬が緩んだ。

 そしてルシーナはハッとした。


(助けてもらったんだもの。何かお礼をしないといけない)

「あの、何かお礼をしたいのですが、して欲しいことや欲しい物などありますか?」

「………じゃあ幾つか」

「は、はい……」


 無表情でお願いされる願いはなんだろう。そんな考えがルシーナの頭を過った。


(どんなお願いでも受けて立ちます。……あ。でも、まだ離婚届を提出してないから『心臓』や『脳』とかはやめて欲しいです)


 勿論そんな離婚届がなくともやめて欲しいのだが。

 だが、ルシーナが予想してたものとは違う、とても意外な願いだった。


「何か食べろ」

「んん?」

「身だしなみを整えろ。十七歳と成人しているとはいえ所詮まだ子供だ。せめて、俺みたいな十九歳になってからこの格好になれ。唇が紫だ、この格好でオスーベリーから来たのなら仕方がないが、暖を取れ」

「???」


 二秒ほど、ルシーナはアルベルトから告げられたお願いが頭に入って来なかった。

 だが、直ぐに告げられた情報が入って来る。


(何をお願いされるかと思ったら……この方、わたくしのことしか言ってないわ)


 もしや、心配してくれているのか。そう悟り、ルシーナはクスクスと笑った。


「おい」

「申し訳ございません、でも、どうしても止まらなくて……!」

「はぁ……」


 不満気な声にルシーナが笑いながら答えると、深い溜息をつかれた。

 ルシーナの頭は嬉しさと混乱が混ざっているが、嬉しさが勝っている。

 暫し笑った後、久しぶりにこんなに笑ったなと思いながら、「ふぅ………」と、笑って乱れてしまった呼吸を整える。


「分かりました。ちゃんと、身だしなみを整えますね」

「………あぁ、そうしろ」


 鞄の中には、実家へ持って帰るつもりだった綺麗で清潔なドレスと、髪飾りなどが入ってある。勿論小説などの暇つぶし用の物も入っている。

 ルシーナは地面に座り、鞄を開ける。


「……よくこんな入ったな」

「見た目によらず収納力が高いんです、この鞄」


 上から覗き込んで言うアルベルトに、ルシーナはアルベルトの方を向きながらにっこり微笑んで答えた。

 ドレスと言っても動き易い今着ているようなドレスの清潔版のようなものなので、着替えも一人で出来るはずだ。(もっと)も、鞄にあるこのドレスたちは長袖のワンピースのような服なのだが。

 ルシーナは綺麗に畳んである白色と灰色のワンピースとカチューシャを持って、先程アルベルトが居た洞窟を指差す。


「では、着替えて来ますね。……あちらの洞窟を使っても宜しいでしょうか」

「……ああ。勝手にしろ」


 その言葉は、素っ気ないように聞こえたが承諾と受け取れた。ルシーナは柔らかく微笑んで「ありがとうございます。着替えて来ますね」とお礼を述べた。

 洞窟の中は太陽が当たってないからか、オスーベリー領が近いからか温度が一度か二度、下がった気がした。だがそんなに気にならない。


(奥に進んだら見えないかな)


 見られたら洞窟に転がっている小石をアルベルトに投げてしまうだろう。アルベルトならそんなの余裕でキャッチしそうだが。

 奥に進み、小さな水溜まりが出来ているところまで来た。


「雨漏り……? でも雨降ってないし、この洞窟は雨漏りしにくそうだし」

(まぁ、気にしなくても良いわよね)


 そう結論付け、ルシーナは着替えをスタートする。

 長袖のワンピースだから、何分かで着替え終わった。

 質素な服——ワンピースだが、平民と間違えられて良いのかもしれない。

 カチューシャも着けて。これは平民にしか見えないだろう。薄墨色(うすずみいろ)の髪は平民に居そうで居ない。茶色が殆どだ。そして撫子色(なでしこいろ)の瞳は、平民には一人も居ない。そのため、珍しい平民として見られるだろう。


「そういえば、あの狼さんは何だったんだろう……」


 そしてルシーナはその場を後にするのだった。

ありがとうございました。

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