第十話 身分の釣り合わない恋慕
二階にある談話室。そこには、重苦しい沈黙が流れていた。
「も、申し訳ありません。お、おぉ遅れました」
扉が開き、ルシーナの兄クリスが額に汗を掻きながら談話室へ入って来た。どうやら、他の人の相談を受けていたようだ。兄が上手に相談出来るのかとも思ったが、そういう諸事情は今聞くべきではない。
この場に居るのは、ルシーナ、クリス。そして浮気者でありルシーナの元夫のリーフク。彼は少し不服そうな顔をし、腕を組んでいる。そしてリーフクの浮気相手である、キャノス・リリィ・ジェーンだ。彼女は何故、自分がここに呼ばれたのかその意味が分かっていないようで、おどおどもじもじしている。
そんなメンバーにクリスがこほんと大きく咳払いをした。咳払いに反応し、いよいよ始まるのかと皆がクリスの方向に顔を向ける。
「それでは、話を始めます。……侯爵夫人ルシーナの証言でございます。リーフク侯爵が彼女、キャノス嬢と浮気をされたと。それは本当ですか? リーフク侯爵」
「そんなこと、していないに決まってる! キャノス……嬢は関係ない!」
今、明らかにキャノスを呼び捨てにしようとしていたのだが、ルシーナはクリスに問い掛けられるまで口を一切開かない。そういうルールがあるのだ。
「ですが、夫人が所有していた侯爵がサインを入れた離婚届があります」
「……………あぁそうだ。だが、本当はサインなど書きたくなかった! ルシーナが俺を騙して、サインさせたのだ!」
騙した、とは人聞きの悪い。
確かに離婚届の紙を少し工夫してルシーナの親友ソフィアが前々から贔屓にしている商会の書類に変え、「商会との取引条件の書類です。確認しておりますので、サインをお願いします」とリーフクにサインを求めたことはあった。だが、そんな面倒臭い工夫を施したのは離婚届をそのまま見せたらリーフクは絶対に反対するからだ。騙したと言っても、仕方なくなのだ。
「それは本当ですか。夫人」
「悪く言えば騙したが正解です。ですが、離婚届をそのまま見せれば拒否されると思ったまで。リーフク侯爵は彼女……キャノス嬢と浮気されていると、目撃者も居ます」
目撃者はルシーナの親友ソフィア。彼女が一番初めにルシーナにリーフクとキャノスの浮気現場を見て、告げた人であった。
「そう言っておりますが。侯爵」
「違っ———」
「あ、あの! 少し宜しいでしょうか」
リーフクが声を上げようとすれば、ずっと黙り込んで困惑していた様子のキャノスがリーフクの声を遮った。今は纏め役で神官のクリスがリーフクに尋ねているのに、何故か今は言葉を発せないキャノスが声を出したことにクリスは不機嫌そうだ。
「今は、リーフク侯爵の話を聞いております」
「す、すみません。ですが、神官様。誤解でございます!」
「………何でしょう」
誤解、とは心外だ。ルシーナはソフィアに目撃情報を伝えられた後、言われた情報を頼りにキャノスとリーフクの浮気現場を調べ、この目で見たりもした。それが誤解とはどう言うことか。
「わたくし、リーフク侯爵の愛人でも浮気相手でも、何でもありません!」
「っ、は⁉︎ きゃ、キャノス⁉︎」
キャノスの発言にリーフクはガタッと音を立てながら椅子から立ち上がり、心外だと言葉や表情から出ている。動揺を隠せていないリーフクの反応からして、キャノスの言葉は嘘だと思われるのだが。ルシーナは、今ここで嘘を認めてもらった方が早くこの時間が終わるし罪は軽くなるとキャノスに心の中で言った。
「神官様、どうか御判断を。わたくしは、リーフク侯爵の愛人ではなく、リーフク侯爵の妻………侯爵夫人として過ごしておりました。リーフク侯爵はずっとずっと、わたくしを大切にしてくれて、何なら、キスだってしましたの!」
「………………」
ルシーナは最後の言葉に半目になり、オエッと吐きそうになった。表面上でも己の夫が他の女性とキスをする……そして何故か周りに薔薇も想像で付けてしまうと、気持ち悪いしか感想が出てこない。
(というか、キャノス様は男爵令嬢でリーフク様は侯爵で………、あまりにも身分差が激しい)
そういう事情でも、二人は罰を受けなければならない。この一夫一妻制の国で浮気、身分の釣り合わない男女が密かに会っていたという事実。その二つの罪を国王の下で受ける、というだけでリーフクとキャノスの人生は大きく変化するだろう。
「では、その婚姻を結んだと決定づける証拠品、または書類はありますか?」
「……………それは。っ、でも!」
何か言い募ろうとキャノスが口を開けば、鋭い視線をクリスから浴びせられていたことに気付き、それ以上言葉が出ない様子だった。
「ないのですね。それに、結婚していたとしても、この国では一夫多妻または一妻多夫は許されません。………おやおや。これは、国王陛下にお告げするべきことですね」
演技が掛かった言葉にリーフクとキャノスは顔を青ざめた。リーフクはキャノスにルシーナという妻が居たことを話していなかったのだろう。だから、キャノスは自分をリーフクの真の妻だと思っているのだろう。だが、可哀想、という同情が最初はあったが、今はもうなくなっていた。
「神官様。発言をお許しください」
ルシーナが手を挙げながらそう言えば、クリスは一瞬驚いたように目を見開いた後、頷いた。驚愕されたのは、きっと昔のルシーナは自分から発言することをせず、他人の意見を聞いてばかりだったからだろう。
だが、今は違う。昔のように意見を言わないなんてことはなく、むしろ他人が予想していないだろう言葉を発することが出来る。それは、貴族にとって武器となるものではないか。
だからルシーナは、微笑みながらこの場に居る者の予想を越える発言をする。
「———ねぇ。キャノス様と私、お友達になれる気がしませんか?」




