第一話 夫を問い詰めます
宜しくお願いします。
『ねぇルシーナ様! 私、見てしまいましたの! 貴方の旦那様が、別宅に別の女性を連れ込んでいるのを!』
ルシーナがこの報告を受けたのは、つい先日。
夫に裏切られた可能性が高い公爵夫人の、ルシーナ・リリィ・オスーベリー。もう離婚する準備は出来ているので、元の名前であるルシーナ・リリィ・エースロールになるのだが。
(でも、まずは確かめないといけないわね)
証拠は掴んである。後は夫がそれを認めてくれるかという問題だけだ。
そして今、ルシーナはもう直ぐ己の夫ではなくなる、リーフク・リリィ・オスーベリーを問い詰めている最中だった。リーフクはサァーと青ざめ、それと反対にルシーナは真剣な表情でリーフクを問い詰めている。
二人は向かい合う長椅子に座り、ルシーナは三枚程ある紙を長椅子の間にある机に置いて、リーフクに見せている最中だった。
「いや、違う! 俺はそんなことしていない!」
「リーフク様……。わたくしも、こんなこと認めたくないですわよ」
だが報せてくれた友人を始め、他の友人たちにも協力してもらい、目撃者は沢山いるのだ。言い逃れはできない。
(こちらには証人が沢山いますわ。リーフク様が認めてくれたら、もう離婚一直線なのだけど……。やっぱり、愛していたから胸が苦しいというか……)
ルシーナは成人の十六歳で望まぬ政略結婚をし、リーフクと生涯を共にするつもりだった。しかしルシーナはリクの優しさに惹かれ、リーフクも己のことを好きだと思っていた。自分たちは政略結婚でも両想いなのだと。
だが、その優しさは表向きの顔。裏の顔は浮気者だ。
この国では一夫多妻は禁止されている。そのため浮気をした者は、国王によって重い罰を下される。謹慎、国外追放、妻を三人以上持っていた場合は処刑。そんな国でもリーフクのような男はいるものなのだと、ルシーナは思い知らされた。
(愛していたのに……)
まさか、裏切られるなんて。
ルシーナは膨らんでいない腹に触れた。
(子が出来ていないのは、不幸中の幸いね)
キスも交わしていない。リーフクは『我慢が出来なくなりそうだから』と口付けを拒否していたが、それはただ単にルシーナとキスをしたくないから。その言葉を信じて頬を赤らめていた自分が馬鹿みたいだと、ルシーナは自嘲気味に笑う。
「リーフク様……わたくしと貴方は近日中に離婚を致しますわ」
「は⁉︎ 何故だ! そもそも離婚には何かしら色々とすることがあるだろう!」
「だから、それはわたくしが終わらせておきましたので」
「な……っ! 俺はサインをしていないだろう!」
「お忘れでしょうか。貴方様はちゃんとこの紙にサインをしてくれましたわ」
ルシーナはそう言いながら、侍女から一枚の紙を受け取り、リーフクに見せた。この紙にサインをしてくれたリーフクは、『何故だ、この紙はジュリー商会と取引を交わすための書類だっただろう!』と叫んでいる。
ルシーナはその叫び声に耐えられず、両耳を手で塞いだ。
両耳を塞いだ両手は太腿に戻し、居住まいを正した。
「後は貴方が貴方自身の罪を認めてくれたら離婚出来るのです。なので、早く認めてもらいませんか?」
「ヒッ‼︎」
(あら、怖がられてしまったわ)
引き攣りそうになるのを我慢して、頑張って優しく微笑んだというのに、「ヒッ‼︎」は酷いではないか。
だが少しの脅しにはなっただろう。その微笑みの脅しはリーフクには効果があり、今にも気絶しそうな態度で「僕は……」と言い始めた。
(俺から僕になってる)
「僕は…僕は僕は僕は! ……別宅に、もう一人の妻が居ます‼︎」
「………えぇ、白状してくださり、ありがとうございます……」
ルシーナが悲しい顔をしていることは、リーフクは知らなかった。
だがこれを、婚姻を結んだ大聖堂に提出すれば離婚はしたことになる。被害者であるルシーナには何の罰も下されないだろう。
(出来れば、浮気相手である女性も被害者であることを願うわ)
そんな都合の良い話は無いかもしれないが、そうだったら友達になりたいと言う夢もあるのだ。そのことも今のリーフクに聞けば答えてくれるかもしれない。
「……ねぇ、リーフク様」
「な、何だ!」
「………」
(全く、この方のことをわたくしは好きだったのね。馬鹿な話)
ぷるぷると震えるリーフクに呆れながらも、ルシーナは口を開く。
「貴方の浮気相手である女性は、わたくしという妻が居るということを知っていますか? ……答えてくれますわよね?」
「ヒッ……。あ、あぁ、そんなこと知らないと思うが?」
「……!」
それがどうしたとでも言いたそうなリーフクの表情と言葉に、ルシーナは驚いた。妻がもう一人居ることを知らないということは、その女性も被害者だということだ。
それを聞き、嬉しくもあったが申し訳なさもあった。
(彼女もわたくしと同じ被害者か。だったら、加害者はこの方だけになるわ)
それが本当なら、罰を受けるのはリーフクだけということになる。
何だか可哀想という気持ちを振り払って、ルシーナは笑みを貼り付ける。
「はぁ……。わたくしがこの家を出て行きますわ」
「ほ、本当か⁉︎」
「嘘を言って何になりますの……」
リーフクは目がキラキラっとなり、テーブルから身を乗り出す。
貼り付けた笑みは直ぐに剥がれ、ルシーナは頭を抑える。
(この人と過ごしたこの家には住みたくないもの)
「では、わたくしは荷物を整理するので」
「あ、あぁ……」
ルシーナは、もう直ぐなくなる自身の部屋へと足を運んだ。
夫ではなくなる夫のリーフクに、最後まで冷たい視線を向けながら。
しかしその瞳には、どこか悲し気な色が混じっていた。
ありがとうございました。