1-4 突然の入門試験②
反応式はできた!さてと、ビュレットに標準溶液を入れようかな。たしか濃度がわかっているのは過マンガン酸カリウム水溶液だから・・・これ一人で入れれないんじゃ?
「薬師川先輩!ヘルプ!」
「先輩にヘルプはダーメ!」
「え、でも星崎先輩、これ無理じゃ・・・?」
「ほら、俺たちだけじゃなくて、新入部員同士で協力もしなよ」
「それいいんですか?入部試験なのに」
「べつにそんな厳格なものじゃないし。それに協力するのもスキルの一個だよ」
「そうですか」
白南風さんは・・・かなり集中して反応式作ってるな。これは手こずってるなぁ
「おい亘理、声かければいいじゃん」
「え、でも・・・」
「コミュ障かよ」
「星崎先輩も違う意味でコミュ障なのでは」
「・・・」
まぁいいや。人が計算しているのを遮るのはよくないと思うんだけど・・・
「白南風さん、ビュレットに過マンガン酸カリウム水溶液入れるの手伝ってくれない?」
「あっ、え?」
白南風さんが二人の先輩に目で尋ねる。そりゃ普通そうなるわな。
「いいですよ」
「ありがとう、それじゃあ、ビュレット持っておいてもらってもいい?」
「分かりました」
さてと、下の栓は・・・閉まってるね。ろうとをビュレットの上に差し込んでっと
「ろうとってそこに使うんですね」
「え、逆にどこに使うの??」
「どこに使うか分からなかったから混乱したんです」
「・・・授業で滴定やったよね?」
「やりましたけど、先生が最初からビュレットに試薬入れておいてくれたじゃないですか」
「確かにね」
「じゃぁ入れてください」
「了解~目盛りが5のところまで入ったらストップって言ってね~」
「わかりました。・・・・・・ストップ!」
よーし、きれいに入れれたぞ。過マンガン酸カリウム水溶液ビュレットに入れると新鮮だな。こんなに濃い液体がビュレットに入ってるの見たことないよ。
「じゃぁ白南風さんのも手伝うよ」
「ありがとうございます」
今度は僕がビュレットを持つ番だ。白南風さんは身長150後半ぐらいだから、上から試薬を注ぎ込むには僕がしゃがまないといけない。でもそれじゃあふらつくから片膝立てるか。
「じゃぁ行きますよ」
「はーい」
順調に入って、入って・・・あれ?
「って栓開いてるじゃん!?」
見事に栓が閉め忘れられていた。がっつり流れ出ている。というか僕の膝に一部かかっている。
「え、あっあ!」
「取り合えず注ぐのやめて!栓は僕が閉めるから!」
まぁ、これよく閉め忘れるよな・・・
厚生労働省のHPには、過マンガン酸カリウム水溶液は
~危険有害性情報~
・火災助長のおそれ:酸化性物質
・飲み込むと有害
・重篤な皮膚の薬傷及び眼の損傷
・重篤な眼の損傷
・呼吸器への刺激のおそれ
・遺伝性疾患のおそれの疑い
・生殖能又は胎児への悪影響のおそれの疑い
・長期にわたる、又は反復ばく露による神経系、呼吸器の障害
・水生生物に非常に強い毒性
・長期継続的影響によって水生生物に非常に強い毒性
と、書かれている。つまり、今回のケースでは、皮膚についてたらまずいって話。まぁ幸い、白衣も着てたしスラックスのポケットに入っていたハンカチが吸収してくれたから皮膚には直接触れていなかったみたいだ。寮に一度戻り替えのスラックスに履き替えてから保健室にも行ったが、目立った薬傷はないとのことだった。片づけは残りの3人がやっていた。
「どうなりました?」
「なんとかなったわよ。あれ色濃いからちょっとしみになって残ってるけど。これなら清掃業者も何とかなるでしょ」
「こぼした廃液処理する方が大変だったね」
「それより薬傷大丈夫だった?」
「不幸中の幸いで皮膚には触れてなかったみたいです。白衣とハンカチに感謝です」
「それはなにより」
「あれ、白南風さんは?」
「落ち込んでどっか行っちゃった。あの子まじめだからね。探してきてくれない?」
まぁ僕も同じ事したらいたたまれなくなってその場から逃げ出すかもな。気持ちは分からんでもない。あれ、これって白南風さんのプリント。反応式は・・・このプリント持っていこう。
「じゃあちょっと僕行ってきます」
「一応遅くなったら先食堂行ってるからね。カギ閉めて廊下に荷物置いておくよ」
「分かりました!では!」
うちの学校は寮もあるためかなり敷地は広いが、片づけはやってたみたいだし、荷物も化学教室にあったみたいだからそんなに遠くは行ってないはず。女子寮とか女子トイレとかはいけないからやめてほしいけど・・・
いた。海が見えるフリースペース、通称海のラウンジと言われているスペースだ。白衣着たまま手すりにもたれかかってる。職員室には近いこのスペースだが、たいていの職員は部活の顧問で出払っているか帰ったかで、ほとんど人がいない。
「白南風さん」
「亘理くん・・・さっきはごめんなさい!薬傷大丈夫だった?」
「幸い皮膚には触れてなかったよ。やっぱ白衣って大事だね」
「その・・・本当に」
「気にすんなって。栓の締め忘れとか普通に誰でもするよ」
「・・・」
「ブラックかカフェラテ、どっちがいい?」
「じゃぁカフェラテで・・・」
海のラウンジには自販機がある。流石にこれは慰めてあげないと・・・
「わ、私買います!・・・流石に、悪いので・・・」
「いいよいいよ」
「でも」
「じゃぁ気が向いたら後で請求するよ」
温かいカフェラテを白南風さんに渡す。・・・手が震えている。
「白南風さん?」
「・・・ごめんなさい」
「だからビュレットのことはもう」
「そっちじゃなくて」
じゃあ一体どっちなんだって言うんだい
「そっちじゃなくて・・・その、今まで冷たくてごめん・・・なさい」
「え?」
「私、星崎先輩の小学校の頃の塾の先輩ってこともあってめちゃくちゃ尊敬してて」
「まぁそれはなんとなく伝わってたけど」
「だから、星崎先輩にずっと勧誘されている君のことが羨ましくて」
「でも白南風さんだって星崎先輩の勧誘じゃ」
「そうです。そうですけれど、亘理くんのことずっとどうしたら誘えるだろうって言ってて。先輩にそんなに期待されてるのが羨ましくて、恨めしくて・・・それで冷たくなってしまっていたんです」
なるほど、だから距離感じたのか。
「でも、今日分かった気がします」
「え?」
「反応式も解けて、実験器具の扱いにも慣れていて、処置も早くて、器用で・・・私なんかよりずっと科学ができて、頭もよくて。私に勝てるとこなんてこれっぽっち」
「いつから僕は白南風さんと戦っていたの?」
「え?」
「それに白南風さんも結構できてたじゃん」
「何を言って」
「まぁまぁ、見せたいものがあるから座って?」
そういって白南風さんを座らせると、持ってきた実験プリントを見せた。
「これって、白南風さんの実験プリントだよね?」
「え、見たんですか!?間違ってたら恥ずかしい・・・」
「別に恥ずかしいものではないよ。それに、ほら?過マンガン酸イオンの半反応式合ってる。半反応式を高1で作れるってことは誇るべきだよ?星崎先輩たちが無茶言ってきただけで」
「でも・・・」
「それに、実験プリントの書き方!めちゃくちゃきれいじゃん。僕はこんなにきれいに書けないな」
「でも!・・・結局亘理くんより遅かった。ミスもした」
「はいはい人と比べない。そんなことしたら僕みたいになるよ」
「・・・どういうこと?」
「はぁ、自分でこれ言うのはもう心がつらいんだけどさ。僕って一応入学時は首席だったじゃん?」
「そういやあの入学時のスピーチ散々ネタにされてるね」
「おい言うなって。まぁでもその後、成績はこのザマよ。かなりさぼったってわけじゃない。二回目のテストでは学年2位だった。そりゃ今の成績とか他の上位勢のメンツ考えたらかなり良かった方だと思うよ。だけど『負けた』っていうのが許せなかった。それから4位、5位と順位を落としていくうちに、卑屈になっていったんだよね。『俺は落ちこぼれだ』『努力もできないカスだ』ってね。人と比べすぎたんだよ。そりゃ全く人と比べずに自由奔放に生きろっていうのは無理な話だ。学歴というレールに片足載ってしまった以上、ある程度は人と比べなければならないのもまた事実。だけど、過度に人と比べると、いいことないよ。」
気づいたらお互いカフェオレは飲み終わっていた。なんだか話してて、自分への自戒になっている気もした。
「結構いい時間になっちゃったね。食堂行かない?」
うちの学校は朝昼夕三食を食堂で喫食する。そろそろ夕食提供時間が近づいてきたのだ。
「うん、行こ」
「タメ口になったね」
「ダメですか?」
「距離感じないからタメ口でいいよ」
競技科学部も何とかやっていける、気がした。




