序~はじめのはじまり
「終わった~」
担任から学年末考査の成績表を受け取るなり、大きなため息と嘆きの言葉とともに自分の席の椅子に座りこんだ。僕、亘理智哉は、いわゆる首席で入ったのに落ちこぼれたやつである。うちの学校ではあるあるらしい。僕が通っているのは、私立の中高一貫の皐月学園。僕はその中学三年生で、この春から高校一年生だ。この学校は全員が寮に入っていて、そしてその費用が庶民からするとかなり高いのだが、ここに通っているのはたいていが良家の御子息・御令嬢だ。入試時に別で特待生の試験があり、それに合格した者のみ、学費がすべて免除される。僕は3年前その特待生入試の首席として入学したはずなのだが・・・
「こんなはずじゃなかったんだけどな~今回ちゃんと勉強したんだけどな~」
今は学年207人中30位弱まで転落してしまった。なんでこんな落ちこぼれたかって?周りの特待生の字頭の良さに気おされて勉強しなくなったんだよ。もう今の僕は何にもやる気が出ない、ダメダメ人間だった。人間いつか本気を出せばいいとか思ってたら、いつか本気を出せなくなっているんですよ。
そうして自分の机で一人放心状態でいると、廊下から声がかかった。
「ねぇ、亘理くんいる?」
制服を見るに高校生の先輩だ。高校生も中学生も校舎が同じだから現れるのは不思議じゃないが、なぜ僕の名前を呼んだのだろうか。そう訝しく思いつつも、
「僕が亘理ですけど・・・どうかされました?」
やっべぇ僕この先輩の名前知らないや、とかそんな失礼なことを思っていると、
「ねぇ、君、競技科学部に入らない?」
「へ?」
競技科学?あの○○オリンピックとかいうやつ?あれって勉強の神がやることだろ。なぜ僕なんかに声がかかるんだ?それこそもっと成績がいい人呼べよ。
「なんで僕なんです?」
「だって君、首席でしょ?」
「入学時だけですが・・・それにあんまり言えたもんじゃないし」
「でも地頭いいってことじゃん、ほら、薬師川から聞いたよ?」
薬師川先輩とは、僕が所属している数学部の一つ上の先輩だ。あの先輩は僕よりずっと賢くて、優しくて、穏やかで、高身長で、イケメンで・・・つまるところ一つも勝てるところがない先輩だ。正直何でモテないかよくわからない。
「いやいや、どうせお世辞でしょ」
「そんなの分かんないじゃん?とにかく、興味があったら放課後部室に来てね?」
そのまま疾風のごとく現れた先輩はどこかへ行ってしまった。押し切られてしまったような気がする。あの人きっと訪問販売とかうまいんじゃないかな。あ、そういえば名前聞くの忘れてたな。まぁ今日の部活で薬師川先輩に聞けばいっか。
「なぁ亘理、成績どうだった?」
「おい屋賀部、傷心のやつに言うことじゃねぇぞ」
屋賀部は、同じ数学部の友人だ。うちの学年の数学部はあまり多くないから、幽霊部員じゃない同級生はこいつぐらいだ。
「まぁ、部活行こうぜ、亘理」
「そうだな、成績もお前に負けることはないからな」
「は?」
わちゃわちゃしながら僕と屋賀部は部室に向かった。競技科学部のことなんてすっかり忘れていた。