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月下屍跳  作者: 平井みね
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 現れたのは、再びの僵尸(きょうし)。だが、先ほどの二体とは少し様子が違った。ぼさぼさの髪の毛、黒ずんだ肌、牙の生えた口など、僵尸らしい容貌は相変わらずだが、とにかく大きい。上背があり、腕も足も太い。そのがっしりとした体躯は、死体らしからぬ屈強な印象を抱かせる。大股で歩く様は堂々としており、風格があった。

 王貴(おうき)の全身が粟立つ。変に息苦しいのは、口と鼻を塞いでいるせいではない気がする。目の前の僵尸に気圧されているのだ。化け物の発する気配に。方士でもなんでもない王貴であっても、はっきりと分かる。この僵尸は手強い。先程の二体よりもずっと。


 桃瑞(とうずい)が素早く前に出る。すると、そんな彼女の動きを遮るように、花清(かせい)は腕を横に突き出した。


「桃瑞、こいつは俺にやらせろ。お前はそいつを守れ。今度は危ない目に合わすなよ」


 桃瑞はちらりと花清に視線を投げた。花清も桃瑞を一瞥(いちべつ)する。そうやって無言で視線を交わした後、桃瑞は王貴のそばまで引き返してきた。そして、僵尸と対峙する花清の背中を見つめる。少女の視線はまっすぐで力強かった。


「花清、ごめん。その僵尸は頼みます」

「了解、頼まれた。けど、謝るのは余計だな!」


 そう答えると同時に、花清は僵尸めがけてとび出した。体を低くして駆けあっという間に肉薄すると、勢いよく飛びかかる。だが、花清の拳は相手の僵尸には届かなかった。僵尸は体をひねりながら花清の腕をむんずと掴むと、そのまま放り投げたのである。小柄な少年の肢体が宙を舞う。王貴は息を呑んだ。自信に満ちた様子の花清であったが、まさかあっさりやられてしまうのか。

 しかし、王貴の心配は杞憂であった。花清はくるりと一回転して軽やかに着地を決めると、口笛を吹いた。


「やっぱりお前、結構できる(くち)だ! いいね!」


 花清は声を弾ませながら再び地を蹴り、僵尸の巨体に突っ込んでゆく。

 王貴は呆気に取られた。花清の声音は、あまりにも楽しそうだった。化け物と戦っている時に発する声ではない。彼は、この状況を楽しんでいるというのか。


 花清の立ち回りは、身軽でしなやかであった。足取りは軽快、時に屈み、そして跳ぶ。相手の僵尸の隙を見逃すことなく拳や蹴りを繰り出し、たとえ防がれてもひるむことなく次々と打ちかかる。それは僵尸というよりも、獣を連想させる動きであった。本能的で迷いを感じさせない。そして、活き活きとしている。死人であるはずなのに。

 呆然と花清の戦いを見つめていたその時、王貴のそばについていた桃瑞が背後に振り返った。何事かと思えば、茂みが揺れて葉擦れが鳴る。まさか、と王貴の背筋に悪寒が走る。

 桃瑞が、音の鳴った茂みに木剣を向ける。間もなく、草木をかき分けて僵尸が姿を現した。それも二体。次から次へと、一体どこから湧き出てくるというのだろうか。王貴は一瞬気が遠くなった。


「また出てきやがった! 桃瑞! こっちは抑えとくから、そっちの小さいのは任せたぞ!」


 花清が声を上げる。その響きははつらつとしていて、やはりどこか楽しそうだ。


「分かった!」


 桃瑞ははっきりと応じると、僵尸二体めがけて走り出す。

 王貴の胸に一抹の不安がよぎる。桃瑞は確かに戦い慣れているようだが、先ほど僵尸二体を相手にしていた時は攻めあぐね、完全に押されていたではないか。花清ははっきりと任せると言ったが、本当に大丈夫なのだろうか。


 桃瑞ははっきりと応じると、僵尸二体めがけて走り出す。

 王貴の胸に一抹の不安がよぎる。桃瑞は確かに戦い慣れているようだが、先ほど僵尸二体を相手にしていた時は攻めあぐね、完全に押されていたではないか。花清ははっきりと任せると言ったが、本当に大丈夫なのだろうか。


 ところが、少女の様子は先ほどとは明らかに違っていた。一太刀一太刀が力強く、剣さばきに迷いがない。危なっかしさはまるで感じさせず、的確に二体の僵尸の攻撃をさばき、素早く反撃に転じている。まるで別人だ。

 一撃二撃、と桃瑞の木剣を受けるたびに、僵尸達の動きは鈍くなる。ついに一体の足が止まる。桃瑞はその様子を見逃さない。彼女は素早く動きの止まった僵尸に接近すると、その(ひたい)にお(ふだ)と思しき紙を貼りつけた。それから、脇に迫ったもう一体の腕を剣で弾くと、がら空きになった懐に飛び込んで、こちらもお札を貼った。

 札を貼りつけられた僵尸はどちらも唐突に体を硬直させると、地面に倒れ込んだ。どうやら、桃瑞のお札には、僵尸を動かなくする効果があるようだ。

 桃瑞の鮮やかな立ち回りに見入っていた王貴。そこに、陽気な声が飛んでくる。


「ほら、できるじゃねぇか! そうやって自信を持って、落ち着いてやりゃいいんだよ!」


 ふり返れば、花清が笑っていた。彼の視線は桃瑞の方に向けられている。つまり、対峙している僵尸の方をまともに見ていない。戦いの最中だというのに、完全によそ見をしている。

 花清のすぐ近くまで迫った僵尸が、その太い腕を振り上げる。


「危ない! 前!」


 王貴が叫ぶのと、僵尸の腕が振り下ろされるのはほぼ同時。

 花清に直撃してしまう。避けるのは間に合わない。そう思った王貴は、反射的に目をつぶった。

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