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月下屍跳  作者: 平井みね
2/6

 鋭い打音が鳴る。それから、くぐもったうめき声が聞こえた。その低い声が少女のものとは到底思えず、王貴(おうき)は恐る恐る目を開いた。


 なんと、王貴の眼前で小さな少女が僵尸(きょうし)と戦っていた。化け物相手に臆する様子はなく、少女は軽やかに足をさばき剣を突き出す。僵尸と互角に打ち合っている。明らかに戦い慣れている。

 少女が繰り出した突きが、僵尸の胸を打つ。ぐらりと、傾く僵尸の体。少女がさらに一歩踏み込む。その時、少女の傍らの茂みから大きな葉擦れの音がした。不穏な気配に、王貴は素早く視線を送る。すると、茂みからもう一体別の僵尸が跳びだしてきた。王貴を追いかけていた、もう一体の僵尸だ。

 そう、実は王貴は二体の僵尸と遭遇してしまったのだった。

 新たに出てきた僵尸が、少女めがけて跳躍する。少女はとっさに飛びのいた。


 王貴の心にむくむくと不安がもたげた。僵尸は二体。対するは年端もいかない少女が一人。そして、その少女は突然の増援に動揺しているようであった。僵尸との距離を詰めようとせず、何度も木剣を握り直している。月光に照らされたあどけない顔は、どこか不安そうに陰って見えた。

 そんな少女の様子を気遣うことなど、化け物達は当然しない。二体の僵尸はそれぞれ地を蹴り、少女に襲い掛かった。

 左から迫ってきた僵尸の腕を、少女はさっと右にかわす。だが、かわした先でもう一体の僵尸が少女めがけて勢いよく腕を振り回す。少女はその一撃を素早く木剣で弾いた。ところが、難を逃れたのはただ一瞬で、また反対の方向から僵尸が迫る。

 そうして、少女と僵尸らが打ち合うこと数合。今度は明らかに少女が押され始めた。少女は完全に攻めあぐねている。間もなく、じりじりと少女が後退し始めた。徐々に王貴の方へ近づいて来る。少女は桶から離れるな、と言っていたが、このままじっとしていて良いものか。不安がじわじわと広がり始める。このままではいけない、と王貴の頭の中で本能が告げた。


 王貴は後ずさった。下草を踏む音が、鳴った。暗闇の中に光の点を穿(うが)つように、馬鹿みたいにはっきりと。一体の僵尸がぐるりと王貴の方へ向きを変える。(しかばね)の虚ろな瞳と目が合った。

 少女が王貴へと振り向いた。だが、そこにもう一体の僵尸が襲い掛かり、方向転換しようとした少女の動きを遮ってしまう。王貴と僵尸の間を隔てるものは、何もない。

 僵尸が走ってくる。王貴めがけて、低いうなり声を上げながら。王貴の中で不安が爆ぜる。喉の奥で悲鳴を詰まらせながら、王貴は体を翻した。走り出すのと同時に、背後で何かががさついた。王貴の背筋が凍り付く。その直後、背後にいたはずの僵尸が目の前に現れた。


「嘘だ……」


 王貴の足が止まる。この僵尸、一体どういう身体能力をしているのか。人一人を飛び越えて、回り込んでくるなんて。正真正銘化け物だ。


「く、来るな……」


 震える声でそう言ったところで、僵尸には通じない。その距離、すでに三歩も離れていない。僵尸が牙をむく。王貴はとっさに身構えた。


花清(かせい)! 出て!」


 少女の叫びが(はし)る。刹那、王貴の背後で物音がしたかと思えば、桶の蓋がものすごい勢いですっ飛んできた。丸くて重量のありそうな木蓋は、見事僵尸の頭に直撃する。間髪を入れずに、飛び込んでくる人影。王貴の目の前で、長い髪がなびいた。

 闇を切り裂くような鮮烈な打音が鳴り、気が付けば迫ってきていた僵尸は地面に沈んでいた。


 王貴はぽかんと口を開けたまま、目の前の光景を見つめていた。頭が混乱している。地面に倒れて動かなくなっている僵尸と、その前に佇む人影。この人物が僵尸をやっつけたのだろう。だが、一体どこにいたのだ。しかも、あの化け物をたった一撃で倒してしまうとは。様々なことが一瞬の間に起こり過ぎて、訳が分からない。


「花清、ありがとう」


 そう言いながら、少女が小走りで近づいて来る。すると、突然現れた謎の人物が軽やかに踵を返した。

 小柄な少年であった。血の気のない青白い肌は不健康を通り越して生気が感じられない。それなのに、琥珀色の瞳はやけにぎらついている。身に着けているのは、少女が着ているものと似た形の筒袖の長衣。それから、丸っこい形で天辺に房の付いている帽子をかぶっている。その帽子からは一つに結った癖の強い黒髪が、腰のあたりまで垂れていた。少女と同じく――いや、少女以上に――見慣れない外貌で、王貴の頭はますます混乱した。つい、何度も瞬きをしてしまう。

 少年は少女に対して笑いかけた。口の端から牙のような尖った歯がのぞいたが、人懐っこい笑顔である。


「おう。こいつはすっかり伸びてるから、今のうちにやっちまえ」


 少年が足元の僵尸を指差した。すると、少女は「分かった」と頷き、袖から何やら紙切れを取り出した。


「もう動かないでください」


 そう言って、少女は紙切れを伸びている僵尸の額に貼りつけた。一体何をしたのだろうか。王貴は首を伸ばして僵尸を覗き込んだ。紙切れにはうねうねとした不思議な文字が書かれていた。お(ふだ)のように見えなくもないが、あまり見かけない文字である。


「あっちは片付いたのか?」


 少年が王貴の背後を視線で示しながら尋ねる。彼が示した先には、やはり僵尸が倒れていた。あれは、先ほど少女と戦っていた、もう一体の僵尸だ。

 少女が困ったように笑う。


「あっちは大丈夫」

「全く、無理すんなって言ったのに。俺を頼ればいいのにさ」


 少年が()ねるように口を尖らせると、少女は笑みを潜めてそっと目を伏せた。


「でも、これくらい一人でできなくちゃ、一人前にはなれないから……」

「そう思うなら、もっと自分を信じて堂々と戦え。方士としての力は十分あるんだ」

「う、ん……」


 方士、という単語が王貴の頭の中で引っかかる。方士と言えば、様々な呪術や方術を修め、儀礼を執り行ったり、人々に教えを講じたりする存在ではなかったか。

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