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おっちょこちょいな聖母様

 相変わらず繭の料理は美味しかった。

 味付けも見栄えも何もかも完璧で、爽太の箸は止まることを知らずに延々とタッパー内の食材を掴んでいた。

 悔しいが、まだまだ食べていたいと思ってしまう。

 入っていたのは肉じゃがと金平ごぼう。

 特に金平ごぼうに関しては爽太の大好物。

 口に含むと芳醇な胡麻の香りとそれを包み込むような甘めの味付け。

 美味しすぎるのだ。コンビニのピリ辛の味付けなんかには到底戻れないほどには。

 

 気付いたときにはタッパー内の全てを平らげていた。


 *

 

「ウチの妹の料理は満足いただけたかな?」

 

 昨日の風呂敷を恋治に渡すとニマニマと気色悪い笑みを浮かべながら訊いてきた。

 だが、文句の付け所がないほどには美味しかったので素直な感想を述べておく。

 

「大満足だな。また食べたいと思えるほどには」

「そうだろう。そうだろう」

 

 恋治はウンウンと首を縦に振りつつ、自慢気に鼻を鳴らしている。

 

「毎日おいしい飯が食えるご家庭はいいなあ」

「お? 嫉妬か?」

「うるせぇ」


 他愛のない会話を終わらせて席を立つ。

 

「あ? トイレか?」

「飲みもの買いに行くだけ」


「うぃ」と聞こえた返事を後ろに教室から出て、左側の階段を降段する。

 購買までの道のりはそう遠くない。階段を降りた後は右折して直進すればそのまま購買に行き着く。

 先陣を切った生徒たちはもういなく、ゆっくりと歩いていると短い道のりに見知った少女がいた。

 学校の聖母様こと小樽繭。

 俯いて狼狽した様子が伺える。

 

「お前も購買に行くことがあるんだな」


 すれ違いざまに後ろから声を掛けると少女はゆっくりコチラへ振り向いて眉をひそめて頬をポリポリと掻いた。

 

「お弁当を忘れてしまったんですよね……」

「はえ~」


 珍しいこともあるもんだ。

 彼女について詳しいわけじゃないが忘れ物をしたという噂は恋治からも全校生徒からも聞かないからか新鮮な気持ちになった。


「この時間帯はもうほとんど残ってないんですね」

 

 繭は眉を歪ませて言った。

 来た時間は昼休みが始まって5分といったところか。

 ここの購買は大手企業が品揃えを担当しているのもあって大盛況で、チャイムがなると同時に駆け出さないと目的のものは無くなるのだ。

 とはいえ目的では無いものだとそこまで人気は無いので、売れ残りはあるはずなのだが。

 

「何も無いなんてことはないと思うんだが」


 そう言うと、繭は視線を落として再度頬を掻いた。

 

「体に悪そう……だったので」

 

 「あぁ」と納得する。

 繭は健康意識が強いのだった。

 確かに売れ残り商品はいつもカップラーメンや明らかに日本人向けではない食べ物で健康面を考えると悪くなるとは思う。

 

「お前ならクラスの人達から頼めば分けてもらえると思うのだが」

「1度やったことはあるのですが……男女問わず貰いすぎてしまって申し訳なくなったんですよね」

 

 それなら購買で買ったほうがいいという考えになったのか。

 それに、同性からもらう分には爽太も問題はないと思うが異性からもらうとなると明らかに下心も混じってくる。

 2度同じ轍は踏まないということなのだろう。

 

「なら、ちょっと待ってろ」


 爽太は繭を置いて飲み物を買って繭の元へ再度足を運んだ。

 

「要りませんよ?」


 先に言葉を読んでか、怪訝そうな表情を浮かべた繭がそんなことを言ってきた。

 考えていることは大正解だが、辞める気なんてない。

 先日は似た状況で押し付けられたのだから。

 とりあえず、動く気のない繭を「まぁまぁ」とあやして恋治の待つ教室まで連れて行く。


「恋治~お前の妹連れてきたぞ~」

「ぶふぉっ!!」

「吹くなきったねぇな。後で拭いとけよ」


 吹き出した牛乳は見事に爽太の机にかかっている。

 隣では手で口元を隠しながら繭がクスクスと笑いを堪えていた。

 

「とりあえず、はい」


 と言って爽太の机に置かれていた恋治のパン一切れと同じく机上の弁当を渡して帰るようにうながす。


「え? これ爽太さんのじゃ……」

「いや、恋治の分。 作りすぎちゃってさ」

 「な? 恋治!!」

 

 小さい声で審議を確認してきたが、軽く嘘をついて誤魔化しておく。

 

 ボーっと状況を見ていた恋治に『頷け』と合図を送って、繭の手にしっかりとその2つを置く。

 数秒のラグを挟んだが恋治も首をブンブンと振って了承してくれていた。


「そうそう。購買行く前に渡さないから余ってたんだよな。ハハ」


 繭は逡巡としていたが人目も多く兄の頼みということでそのまま受け取ってくれた。

 

「なら、ありがたくいただきます」


 一礼して教室を後にする。

 背中を見送って少しして恋治が口を開いた。

 

「お前、食べろよ」


 片親パンことチョコチップスティックを差し出している。

 今日の生命線になるのでありがたく受け取って頬張っておいた。

 

「ありがとな」

「おう。親友だろ」

 

 恋治は親友の正しい使い方も一応、わきまえているらしい。

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