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聖母の看病は難しくない

繭が次に目を覚ましたのは時計の針が日付を跨いだ頃だった。

「あれ?私……」


 記憶が飛んだように繭は辺りをキョロキョロと不審に見回している。

 ふと、繭と目があった。訝しげな表情を浮かべつつ、じっとコチラを凝視している。

 爽太は笑顔を保ちつつ手をひらひらと振っておく。

 その姿を見て、繭はやっと現状を理解したのか、ホッと胸を撫で下ろしてコチラにニへっと苦笑交じりの笑みを浮かべた。

 

「取り乱してしまってすいません」

「うん。まぁ、知らない家だし仕方ないよ」


 繭は苦笑しつつ頬を掻いた。

 

「そういや、食欲はあるか?」


 確か、彼女と出会ったのは昼下がり、恐らく二食は抜いているはずで、普通なら間違いなくお腹が空いているはずだ。

 顔色を伺いつつ訊いてみると、繭は苦笑しつつ申し訳無さそうに「少し……」と答えた。

 

「なら、おかゆ……で良かったか?」


 部屋を離れキッチンから訊くと、遠くから悶々とした声が流れてくる。

 

「はい。でも…………」

「気にしなくていいよ。お前の兄から預かってろって言われたし、それに今日の分の請求はお前の兄にしておくからさ」

「兄に連絡したんですか?」


 繭の声が急に硬く、怒りを含んだ、冷酷な声に変わった。

 爽太は別に直接的に関わっているわけじゃないが、背筋が凍りつくような感覚に陥る。

 

「まぁ、一応。何か問題でもあったか?」

「いえ、別に……」


 声を濁らせて繭は呟く。

 明らかに何かあった声色。兄弟喧嘩をしたなんて恋治から一度も聞いたことが無いが、そのまさかなのだろうか。

 思考を巡らせていたが、何にせよ他人の家に口出しをするつもりは毛頭ないので盛り付けに集中することにした。

 盛り付けとは言えど、茶碗一杯の玉子がゆに醤油を少し垂らすだけなのだが。

 無事盛り付けが終わり、おかゆの載ったお盆を繭の元まで運ぶと繭は喜びを頬に溜めて待っていた。

 

「美味しそうですね」

「口に合えばいいんだがな……ビチョビチョだったら言えよ。もっと加熱してくるから」

「大丈夫です。それじゃあいただきます」


 ただおかゆを食べるだけなのに緊張が全身を走って、繭のスプーンが動くのをじっと凝視する。

 一口、もう一口とやや軽快な速度で動いていくスプーンを見るに問題はなさそうだ。

 

「美味しいか?」

 

「おいひいですよ。ちょうどいいれふ」


 ハフハフと熱そうに食べる繭の慈愛に満ちた笑顔に浄化されそうになる。

 嚥下した後にほっぺたを押さえて悶えているのは、確実にオーバーリアクションだが。

 美味しくないと切り捨てられるよりは余っ程マシなので素直に受け止めておく。


「それはよかった」

「美味しかったです。ごちそうさまでした」


 量が少なかったのか繭へ安堵していると既に茶碗1杯分をかきこみ終わっており、満足げな表情を浮かべていた。

 

「量、足りたか?」

「バッチリです」

「ならいいんだが……」

「それより、私が寝ている間に色々としてもらってありがとうございます」


 額のぬるみきった冷えピタに手を当てて感謝の言葉を贈ってきた。

 

「どういたしまして。って言ってもそんな大層なことはしてないんだけどね」

「そんなことないです。いつかお返しします」

「そこまで気に保つ必要はないよ。兄から返してもらうし」

「私じゃダメなんですか?」

 

 繭が言葉に少し怒りの念をのせて、そんなことを訊いてくる。

 爽太としては別にダメって訳じゃないんだが、今この状況になっているのは爽太が繭を拾ったからというのもあるが、ソレ以上に恋治が彼女とのお家デートを優先したからであって、繭自身はそこまで悪くないのだ。

 それに、繭からのお返しが何なのかはさておいて、もしその噂が広まったら変に暮らすで目立ってしまうというのもある。

 特に恋治は結構口を滑らすことがあるので、極力リターンはアイツから得たほうが得策なのだ。

 

「ダメじゃないよ」

「ダメじゃないならなんで……」

「既にもう約束取り付けちゃったからなあ~」

「約束って?」

「君を泊める代わりに今度飯を奢ってくれるという約束」

「ふ~ん……そうですか」

 つまらなさそうに繭が鼻を鳴らす。

 苦し紛れの嘘ではあるがなんとか通ってくれたらしい。

 今度本当に飯を奢ってもらおうと思う。

 ホッと息を零すと肩の力が抜けた。

 インドア男子なのに今日は頑張りすぎた気がする。

 事実、足腰に限界がきており、じんわりと痛むような筋肉の痺れを断続的に感じる。

 唯一の救いは明日も休日ということだ。


「それじゃあ、俺は寝るから」

 と言葉を残し爽太は繭の居る部屋を後にして眠ることにした。

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