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聖母様でも風邪をひく

「お邪魔します」

「おう」

 

 根室爽太の住んでいる部屋はマンション3階の2LDK。

 爽太の両親が遠方へ赴任をするとなった時に、爽太は高校を変更する訳にも行かなかったので、せめて一人暮らしでも不便のないようにと思ってこの部屋を買ったらしい。

 

 二つの洋室にリビング、キッチンやユニットバスまでしっかりと完備されており、更に学校から徒歩5分と立地条件がいいのも、親がしっかり考えてくれたと言うのがが良くわかる。

 ただ、広すぎる余り完全に使いこなせてはいないというのもまた事実。

 洋室が二つあるのは授業参観等の行事で親が宿泊するためらしいが、滅多に来ないというか高校2年生になっても未だにこの部屋を親が使用したことはないので完全に一部屋、手付かずのまま持て余しているのだ。

 だから、繭を家に入れることにも然程、抵抗はなかった。

 

 「テキトーにくつろいでくれ。と言いたいところなんだが、ほれ」

 

 と言って、新品のタオルを繭に投げて全身を拭くように促す。

 繭はキョトンとした表情を浮かべて呆然としているが、聡太としてはココまでして風邪でも引かれたらたまったものじゃないのだ。


「本来ならシャワーを浴びて貰いたかったけど、着替え無いしなぁ」

 

 無意識でそう零すと「ごめんなさい」と申し訳なさそうに繭が苦笑をしていた。

 

「まぁ、仕方ないね」

 とこちらも苦笑を浮かべておく。

 

「そこの部屋で使って良いから」

 

 体を拭き終わって洗面所から出てきた繭に紹介するように指をさした部屋は爽太のもう一つの洋室。 

 親が使うといってまだ一度も使っていない来客部屋。

 一応、毎週掃除機はかけているし、彼女が体を拭いている間も部屋が汚れていないかチェックをしたので、安心して一人でいることができるはずだ。

 

 「それじゃ、ゆっくり」

 

 一言放ち、繭をその部屋へと押し込んだ。

 

 来客部屋から鼻を啜るような音が静かなリビングまで鳴り響き、嗚咽混じりの泣き声も聞こえてきたので、邪魔しないように買い物がてら外に出ることにした。

 

 

 マンションを後にして、十数分のところにある街中カフェで一息つくと、爽太の指はスマートフォンの発信ボタンを押した。

 発信コールが鳴り始めて1コール目で途切れると聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 電話の相手は小樽恋治。彼女の家計上の義兄で学校の中で一番彼女に詳しい人物かつ爽太の大親友だ。

「お前なぁ、電話するならタイミングがあるだろ!」


 恋治の第一声が半ば怒り気味な声なのは、彼女とデートをしている最中だからだろう。

 昨日だって惚気を聞いたし今日も早朝の電凸で耳にした。

 爽太は別に雰囲気を自らぶち壊すような外道では無いが、コレはまごうことなき急用なので電話せざる終えなかった。

 

「悪かったって、スマン。急用なんだよ……マジの急用」

「なんだよ。手短に話せ」


 急ぎであることを伝えると切らずに待ってくれるコイツの適応能力の高いところは大好きだ。

 

「お前の妹を預かっている」

「ふむふm……はっ⁈」

 

 恋治の声が硬直する。

 言い方が悪かった。

 コレじゃ、誘拐犯と同じだ。

 焦っている恋治をあやして落ち着いて再度説明をする。

 

「電柱の下でお前の妹が濡れてたから、拾ったんだよ。んで、どうすりゃいいんだ?お前が迎えに来るでもいいんだが……」


 爽太の現状を最後まで聞き終えると申し訳無さそうな声音で恋治は「あ~」と喉を鳴らし、

 

「それ、明日でもいい?」

 

 そう、一言残し電話が切れた。

 

「は!?いいわけないだろ!!」

 ツーツーと発信が途切れた後に、嘆いた声は恋治には届かずに店内を木霊した。

 

 (イかれている)

 

 いくら今日が死ぬほど楽しみにしていたお泊りデートの日だったとしても聞かなかったことにされるとはミリも思っていなかった。

 唯一の頼みの綱が思いもよらずに断ち切られてしまい思考が停滞する。

 しばらく、頭を抱えているとスマホからメールの着信音が鳴り、淡い希望をもって確認すると「今度、飯を奢るから許せ」と書かれており、行き場のない怒りを結露でビショビショになったアイスコーヒーを飲み干し、ドンっとテーブルに叩きつけることで解消し、カフェを後にした。


 

 繭の待遇をどうすべきか考えつつ、夕食の買い物を済ませて帰宅すると、ちょうど繭が起きたようだった。

 

 だが部屋から出てきた繭は様子がおかしく、夜縹の瞳は焦点があっておらず、今にも倒れそうなほどうつらうつらとしている。

 

「大丈夫か?」


 と声をかけて爽太が近づくと、ようやっと存在に気付いたようで、「大丈夫です……」と熱っぽい声音で繭は小さく喘いだ。

 今まで風邪を引いたところを見たことがなかった爽太は妙に新鮮な気持ちになったが、そんなことを考えている暇はなく。


「ちょっと失礼……」

 一言断りを入れて彼女の額に手を当てるも明らかに高熱で、風邪を引いているのが理解できる。

 善意が最悪の事態になって返ってきた。

 コレなら、無理にでもシャワーを浴びせるべきだったか……と頭をグシャリと掻く。


「コレは、安静にしたほうがいいな……」

 

 そう告げると、彼女は首を振って否定してくる。


「大丈夫です。もう問題ありませんから……」

 

 と玄関に向かう足は弱々しく千鳥足で、数歩あるいたら「うぅ……」と諦めたような声を零して、地面にへたりこんだ。

 彼女に近寄っていくとしきりに「ごめんなさい」と泣き零しており、いたたまれない気持ちになってしまう。


「とりあえず、部屋に戻ろう。な?」

「……分かりました」

 

 流石にこの状況では何もできないと悟った繭は今度こそ素直に頷いてくれた。

 とりあえず、彼女を背負って部屋に連れて行こう。


「それじゃあ、失礼」

 一言断りを入れて彼女を背負うと、容姿からは想像していた以上に軽く、勢い余って倒れそうになった。

 しっかりと食べているのだろうか。と心配になる重さだ。

 だが、背中に当たる華奢な胸はしっかりと強調されておりそれに、触れている肌はもっちりとしていてハリがあり、この軽さは健康的な食事からできたものだろうなと納得し、心配は一瞬にして霧散した。

 

 確か、彼女の調理実習で作った和食は大成功だったというのも噂になっていたような。

 食べた張本人が「もう一生食えない味だ!」とまで絶賛していたので少し記憶に残っている。

 

 まぁ、彼女とはコレきりの関係で彼女の料理を食べることなんて一生できないままなのだろうが。


 ゆっくり繭をベッドに横たわらせて布団をかける。

 一度必要なモノを取るために退出し、体温計や冷えピタ、汗を拭くタオル、市販の解熱鎮痛剤を持って再入室すると繭はスヤスヤと寝息を立てていた。

 貼らないよりはマシだと思い、一応冷えピタを額に貼ると、繭の険しかった表情が若干和らいような気がする。

 ついでに繭の寝顔を眺めると相変わらず端整な鼻梁と人形のような相貌に目を奪われそうになり、寝顔ですら可愛いとか卑怯だろと内心思ってしまう。

 が、とりあえず爽太はホッと胸を撫で下ろし、そのまま看病を続けることにした。

 

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