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勇者リワーク!【俺の仕事は異世界から現代社会に帰ってきた勇者を殺す組織から逃げる事だ】

作者: 宮社

 

「ふぅ……」



 穴を掘り終えた。横穴ではない。縦穴だ。横穴だと人に見つかってしまうからな。


 ここは新しい僕の家……海老根六えびねろくの家だ。決して墓穴ではない。


 僕は異世界に居たのだが、魔王を倒して間もなく元居た世界に帰還した。


 帰還するや否や謎の組織に襲撃に会い、命からがら逃げて来た。


 家族の行方も不明、家無し、金なし。どうしようもない。


 ここ一年程、潜伏先に人気ひとけのない山から山へ、転々と渡り歩いている。


 謎の組織はまだ僕の命を狙っているようで、前の潜伏先では場所を決めずに野グソをしていた事で潜伏場所が特定され、ここへ逃げて来た。


 空は偵察のドローンやら飛行機やら飛んでいるので、穴ぐらに身を隠す他ない。


 潜伏中に溜めておいた食糧など、新たな住居に運び込むため、用心しながら穴から顔を出す。


 すると空から大量の紙がばら撒かれたようで、目の前にその一枚を手にした。



「なんだ……これは……」



挿絵(By みてみん)




「勇者……リワーク?」


 ゲームとか小説とかの宣伝チラシだろうか。


 それにしても小学生でも作れそうな雑なチラシだ。


 こんな古典的なプロモーションを今の時代にするのか?


 ゴミをばら撒くな、と問題になるのではないだろうか。


 裏面も確認する。




挿絵(By みてみん)



「帰還した勇者の再就職……」


 慣れてきたとはいえ、こんな身を隠して生きていく生活に疲れていた。


 このままではいつか見つかって、殺されてしまう未来しか想像できない。



「……腹減った」


 僕はチラシを丸めて口に放り込み、穴ぐらへ戻った。



 。・゜・。。・゜・。。・゜・。。・゜・。・゜・。。・゜・。



(はぁ、なんで私がこんな仕事しなきゃいけないの)



 私は左陶鞠子さとうまりこ


 現在はリクルートスーツを装備している元勇者だ。見た目普通ののOLである。


 異世界では魔王を倒し、救った国から食客として扱われ、食う寝る遊ぶの優雅な生活をしていた。


 毎日行われる舞踏会、綺麗なドレスを着てハンサムな貴族にちやほやされ、一生ここで何不自由ない生活ができると信じていた。


 だけど強制的に元居た、この世界に帰ってきた。


 帰還するや否や謎の組織に襲撃に会い、命からがら逃げて来た


 私はある国へ逃げ、亡命したところあっさり受諾。


 同じ境遇の異世界転移者も何人かいて情報交換、協力関係ができた。


 今回初の試みで同じ境遇の仲間を集めるために「勇者リワーク」の無料相談会を受付担当として相談窓口に座り、帰還者が相談に来るのを待っている。



「本当にこんなチラシで元勇者がやってくるの?」


 机に置かれた「勇者リワーク!」のチラシを見てそう考えていた。


 何を隠そうこのチラシを作成したのは私だ。


 自分で作成したチラシとはいえ、これはひどい出来だと思う。


 これ作った時にはいい出来だと思ったし、みんな褒めてくれたし、それに今後のスキルアップになるからって……。


 それに、まさか空からこのチラシがばら撒かれたりTVのCMでこの画像が使われたりするなんて聞いていなかったもん!


 考えれば考えるほど落ち込んだ気持ちと共に、顔面が机にめり込んでいく。




「帰還者の就職斡旋会場はここでよかったか?」


「えっ!?あっ、はい!こちらで受付いたします!」


 顔を上げると、そこには頭からパンストを被った変質者がいた。



「ぎゃーーーー!!だれかーーーー!」



 しまった、ただでさえ目立っているのにこんな大声出してはいけないはずだ。



「いや、まて。こんな格好をしているが、僕はこの相談会の参加希望者の元勇者だ」


 嘘だ!絶対変質者だ!


 魔法を使って追い払ってやろうと考えていたが、私を狙う謎の組織がいることを思い出した。


 こんなところで魔法を使ったら、すぐに組織がやってくる。


 どうしようかと考えていた時。



「そうだ、魔法を使えば信用してもらえるだろうか」


 変質者の人差し指からライターの火程度の炎が上がった。



「……それくらいならマジックでもできますよね」


 変態パンスト野郎に疑いの目を向ける。



「ではこれでどうだ。ふんっ」


 今度は火を鼻から吹き出した。


 いよいよもって大道芸人の様だ。



「うぎゃあああぁぁ熱い!熱い!!」


 鼻から出した火がパンストに燃え移って顔が焼け、変態が地面を転がっている。


 ダメだこいつは、絶対アホだ。


 パンストが燃え、隠していたアホの顔が現れた。


 あら、私の趣味ではないけど結構イケメンじゃないの。


 行動が残念なので、私へのルートは初めから存在しない。無理~。



「鼻毛が焦げた匂いが取れない……これ以上やろうと思えば全身から火を吹く事も可能だが……」


 焦げたアホが私の耳元まで寄ってきて小声で囁く。


「僕は今謎の組織に追われているのだ、あまり目立つような行動は避けたい」


 いや、十分目立ったよあんた……てっきり全身火傷するからやりたくないとか言われるかと思った。


 ただ今言っていることはまとも……かもしれない。一応信用することにした。



「わ、わかりました。わたくし今回担当させていただきます左陶鞠子さとうまりこと申します」


「佐藤さんか、僕は海老根六えびね ろくだ、よろしく頼む」


「いえ、わたくし左右の左に陶器の陶と書いて左陶さとうと申します」


「なぜ僕がありきたりな佐藤と呼んだことがわかったのだ?」


「わたくしもう二十ご……二十年左陶をやっておりますので、呼ばれ方には敏感なんです」


「今二十五って言わなかったか?左陶さん25歳なのか?」


「何のことでしょう?」


「え?」


「何 の こ と で し ょ う ?」



「……いや、僕の聞き違いだったようだ。……という事は左陶さんは20歳なんだな?」


「え、ええ。そうですけど」


 ヤバイ、とっさの事だったので五つもサバをよんでしまった。無理があったか。


「僕は22歳だ。僕の方が年上なのだから海老根さんと敬意をもって接してほしい」


(何だこいつ。年上を分かれば急に年齢マウントとってきたのだけど…さっきから腹立つ奴よね)


「は、はい、そうですね。わかりました」



「話の本題なのだが、仕事の斡旋をしてくれるというのは本当か?」


 きた。ようやく仕事らしいことができる。


「はい。まずは弊社の方へご入会いただき、海老根様が就業開始となるまでサポートいたします」


「ほう!それは非常に助かるな!一点質問だが、その間の身の安全と言うのは保障されるのだろうか。僕は先ほども述べた通り追われている身なのだ」


「そちらはご安心いただいてよいかと思います。こちらでの手続きが終わりましたら我々と…今申し上げることはできませんが、ある国の方へ移動していただきます……って何を食べているんですか!?」


「ん?腹が減ったからな。これは桜島大根を干して、非常食として持っているものだ」



 人が話しているというのに空気を読めず、たくあんのようにしなびた大根をボリボリ食っていた。


 道理で来た時からこの人臭いと思っていたのだけど、これが理由だったか。


 あと動物園のような匂いがするけど、お風呂とか入っているのかしら……。


 匂いの事もそうだが、ひとつ気になった事を聞いてみる。



「あの、桜島大根って言いましたよね。鹿児島の大根でしょうか?」


「ああ、そうだ。過去に潜伏先近辺の畑で野菜をとっていたら謎の組織に見つかって死にそうになったことがあったのだ。以来遠出して食料の調達をしている」


 これだ。この荒唐無稽だと思わせる事こそが勇者の能力なのだ。



「移動時間はどのくらいかかりました?」


「そうだな…全工程で往復八時間くらいだ。急げばもっと早くできただろうが、スピードに体がついてこなかったので何度か休憩をしていたのだ」


 そいつの潜伏先がこの辺であれば往復約1600kmの工程を八時間か。まずまずの速度だ。


 能力についてもメモを取っていく。



「そうですか、これからは野菜泥棒をしなくても食事が出ますので、それ捨てていただいてよろしいでしょうか?私少し匂いが苦手で」


 さっきから感じる、おならのような匂いがすごくイライラさせる。



「それはすまないな。ちょっと待て」


 急に立ち上がり私の方へやってくると、腰からぶら下げていたしなびた大根を私に見せつけるようにむしゃぁあと食べ始めた。


 ねえ、普通わざわざ私に見せつけるように食べたりする?私そんなにおなか減っているように見える?時々体をクネクネして変な動きをしているし、匂いと相まって気持ち悪い。


 あっけにとられつつ、ただ黙って見ていると、桜島大根をすべて平らげてしまった。これが入社試験の面接なら叩き出されている事だろう。いや門前払いか。


 海老根が一息つくまで待ち、質問を続けた。



「はぁ…では質問の続きですが最終学歴についてお教えください」


「17歳で異世界に行ったからな。高校中退だ」


「……中卒と」



 海老根からの情報をさらにメモしていく。


 周囲への気遣いの無さと自分の事しか考えない事、コミュニケーション能力に欠ける…と。



「使える魔法の属性は?」


「先ほど見せた通り火属性の魔法が使える。他はできない」


 帰還勇者は基本的に1属性の魔法しか使うことができないのはわかっている。


 私も土属性の魔法しか使えない。


「……燃やす事しかできない放火魔。と」



「……さっきから佐藤さんの言葉にトゲがあるな。何か気に障ることをしてしまったのだろうか」


 知ってか知らずか、そういう所がまた腹が立つ。



「あのっ!私の名前は左陶ですけど!」


「だからなぜ、佐藤と言ったことがわかるのだ?25歳と言うのは本当なのか?」



「だからそういう所だよ!あと私は20歳だ!バカ野郎!」


 こうなったら、もう開き直って自分の事を20歳に完全設定した。



「何を怒っている?左陶さんは彼氏がいないのか?」


「思ったことをそのまま口にするなよ分かれよそれくらい!」


 とうとうキレちまった。



 いけない。これは仕事だ。ここで暴れたら子供のコイツと一緒にされてしまう。



「……すみません、取り乱しました。質問を続けますね、海老根様はどういった職種のお仕事に携わりたいですか?」


「まあ、人は怒ることもあるからな、いいだろう。僕が将来努めたい仕事はその……照れくさいのだがITエンジニアになりたいのだ」



 ……こいつどこから目線なのだ。採用面接でこれをやったら逆にすごい胆力だろう。相手が私だからナメられているのかもしれないけど。



 ――というか、でたよITドリーマーが。


 動機や技術については後で聞いてみるとして、スキルもないのに取り合えず煌びやかな面しか見えていないIT系企業に志望する若者が後を絶たないと言う話をよく聞く。



「何かIT系のスキルや資格、勉強などはしたことはありますか?」

 

「異世界で生活していた時にはこちらに戻って就職するとは考えていなかったからな、知識や経験などは全くない。



「IT系スキルを身に付けたいのであれば就職活動中に勉強できるようなカリキュラムを組みますのでご安心ください。やる気さえあればきっとお仕事にできるほど習熟できると思います」



「そうか。少し待て」


 ねえ、またなの?おなか減ったの?いい加減にしてよ!


 今度は手を口に突っ込んで何かを取り出した。え?さっき食った臭い大根なのとおもったのだけど、出てきたのは丸めた紙だ。ていうか紙を食うなよ。そして気軽に取り出すなよ。昭和の時代に流行った、飲み込んだ金魚を腹から出す、人間ポンプのおじさんか。



「このITスキルの欠片も感じないこのチラシだが、ここに来たきっかけになったものだ」


「おい!おまえ!ケンカ売ってんだな!?いいよもう買ってやるよ!!」


 コイツ、絶対ここへはおちょくりにきたんだきっとそうなんだ。


 私が一生懸命作ったチラシをバカにしやがって!


「落ち着け、実はこの人物に心当たりがあってな、眉毛がつながっているところがそっくりなのだ。名前は山田直道といって高校時代の親友だったのだが、このチラシの作成者を教えてほしい」



挿絵(By みてみん)




「は…はぁ……?」


 もう本当に疲れてきた。


 海老根は「眉毛がつながっている」というだけで――まあ結構な特徴ではあるがチラシに居る絵を指出して私に聞いてくる。


 これはいらすとやで出力した物を適当に張り付けたキャラ絵だ。教えてくれと言われても「いらすとやにいますよ」としか答えようがない。


「このチラシを作ったのは私ですが、これはネットから拾った画像で適当に張り付けただけなのですが……」


「そうか……ここに来れば山田に会えると思ったのだが」


 コイツ……さっきITスキルのないチラシだとバカにしてたことはもう忘れたのか?


「え!?あなたここに何をしに来たのか覚えてます!?」


「もちろん、佐藤さんとお話しするためだ。長い間一人で山に籠っていたからな。今こうやって人と話ができるのは嬉しい事だと改めて知った」


「良い事言った風なキメ顔をされても困りますよ!?」


 これは本来の目的など忘れているのだろう。


「それに裏面に恋愛リアリティーショーと書いてある。これは本当か?僕は彼女ができるのか?」


 徹頭徹尾ダメだこいつ。


 客寄せのつもりで書いた適当な文言を真に受けるとは……と言うかこのチラシでホイホイやってるくる奴だしありえるか。


「それは現在企画中のものでして今後そういったイベントもございますよ、というものです」


「そうか……僕に彼女が……異世界でも異性には嫌われていたからな。なんというか感慨深いものがあるな」


 しみじみした顔で言っているが、パンスト被った勇者など聞いたことがないから、女に嫌われていてもおかしくないだろう。


「佐藤さんならいい奥さんになってくれるだろう。これから末永く頼む」


 急に飛躍したな。しかも相手は私!?


「……いえ、私は間に合ってます。と言うか――」


「――海老根さん、あなた一体ここに何をしに来たのですか?彼女を作りに来たのであれば来る会場をお間違えですのでお帰りください!」



 ここで私宛に上司から電話がかかってきた。普通ならこの場面で電話をとるのはビジネスマナーに反すると思うのだが、もうコイツの前ではマナーもへったくれもない。


「はい、もしもし……えっ!?本当ですか?……ええ、わかりました……」



「どうした?僕はサポートを受けることができないのだろうか?」


「海老根様……本部から連絡がありまして、海老根様には是非我が社で研修を受けてほしいとの連絡がありました。つきましてはこちらの書類にサインを」


 不本意だ。実に不本意だが……本部の移行には逆らえない。



「――よしサインしたぞ。これで佐藤さんと同僚という事になるのだろうか。よろしく頼む」


 握手をしたいのか海老根はそう言って私の前に手を差し出してきた。こいつと同僚とかほんと嫌だ。


 それにもう私の事も左陶と呼ぶ気はないらしい。それならそれでもうどうでもいいや。


「……はい。よろしくお願いします」


 指先だけちょんと触れただけの握手だ。だってコイツ臭いんだもの。あとで良く手を洗わなくては。



「ところで左陶さん」


「はい」


 あれ?私の事を左陶さんと……。


「今、僕たちは包囲されているのだがこの人たちは左陶さんの同僚だろうか?」


 ――つい頭に血が上っていて周りが見えていなかった。


 私たちを包囲しているのは謎の組織だった。


「いえ、こちらの方々は私たちの命を狙う謎の組織です」


 あーあ、こんなところでコイツと一緒に私は殺されてしまうのだろうか。


 ここで殺されればイケメン貴族にチヤホヤされていた頃の異世界に転生できるかもしれない。


 私は願いを込めて天に祈った。



最後までお読みいただきありがとうございました!

この話は違った視点から長編「俺の仕事は異世界から現代社会に帰ってきた勇者を殺すことだ」に投稿しております。

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よろしければこちらも読んでいただけますと幸いです。

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