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雑草は死なない ~愛娘は花開く~

 最終話です。相変わらず勢いだけの物語ですが、ご笑覧ください♪


「父ちゃん、父ちゃんっ! 離せよ、こらあぁぁーっ!!」


「っ! 落ち着いてっ? 誰か、この子を……っ」


「やめろマキっ!」


 ドニを捉えた騎士に飛びつき、マキはその腕に噛みついた。あまりの痛みに思わず顔をしかめた騎士だが、振り払うようなことはせず、駆けつけた憲兵らに引き剥がしてもらう。

 真っ白な制服に滲む朱。容赦なく本気噛みした幼児の薄い歯は、布越しにも騎士の肌を傷つけた。


「父ちゃん、父ちゃーんっ!!」


 憲兵らに捕まり、押さえつけられながらも叫ぶマキ。その騒ぎを聞きつけてやってきたテオドールもマキを止めようとする。


「仕方ないんだよっ! 露見した以上、罪を償わなきゃ!」


「父ちゃんが悪い仕事をしたのは、アタシを養うためだっ! 悪いのはアタシなんだ! アタシが捕まるから、父ちゃんを離してよぅぅっ!!」


 明後日な理論を展開する幼子だが、そんな理論が通じるはずもない。大粒の涙をポロポロ零して暴れるマキにどう言えば良いのか、テオドールも困惑するばかり。


 それを切なげに見つめ、ドニは至福を感じた。


 ああ、俺は幸せ者だ。こんなに必死に求めてくれる家族がいるのだ。なんて良い人生だったことか。


 ドニの脳裏に、マキを拾ってからの七年が走馬灯のように駆け巡る。

 知らない間に寝返りをうって、腕を下敷きにしていたため枕に突っ伏し、窒息しかかっていたマキ。見つけたドニは一瞬で凍りつき、声にならない悲鳴を上げた。

 足蹴りで頭から移動して壁に激突しつづけてたり、掴まり立ちを始めたら土間の段差にはまり、動けなくなっていたり。本当にこちらが顔面蒼白になるような思わぬことばかりをやらかしてくれる娘だった。

 歩くようになればなったで、傾く惰性を利用して走り出し、畑に飛び込んだのも数知れず。その勢いのまま、頭から小川に飛び込んだときは、死んだとおもったドニ。

 まあ、本人はあっけらかんとした顔で、びしょ濡れな髪を振り回して笑っていたが。

 いつもニコニコ笑う子だった。泣くより怒る方が多くて、しかも口が達者だったため、怒りに任せて叩いてしまったこともある。

 素直に叩かれるような子でもないから、避けるわ、反撃してくるわで、毎日賑やかだった我が家。

 そして器用な子でもあり、日々色々とこさえてくれた。

 

『……なんだ? それ?』


『おはし』


 三才児が小刀片手に、せっせと削った細い棒二本。


『こっちは?』


『毛糸タワシ』


 古着をほぐして縒った紐を指で編んだ妙な物。


 それが大活躍。収穫した豆の選別や料理など、おはしとやらは非常に便利なものだった。毛糸なんちゃらも、洗い物や収穫物の洗浄にめちゃくちゃ使えた。

 下手なブラシよりも良く汚れが落ちるし、雑巾みたく掌全体で使えるのが良い。

 

 なぜ、こんな物を知っているのか。どこで覚えてきたのか。数多の疑問がドニの頭に浮かぶが、そんなことはどうでも良かった。

 マキが笑って暮らせている。それだけでドニは涙が出るほど嬉しかったから。この宝物が腕の中にあるだけで、彼は幸せだった。

 貧しさに喘いでいても、貧民に陥っていても、輝かんばかりに咲き誇っていた愛娘。

 まるで汚濁にあって凛と花開く蓮のように、その姿は凛々しく自信に満ち溢れている。

 その眩しさに囚われた。どこまでも共にあろうと夢見た。


 ……なのに、なんでこんなことに。


 憲兵らに腕を掴まれ、泣き叫んで暴れるマキ。手荒ではないが、ドニを護送馬車に乗せようとする騎士達。


 何が悪かったのだろう。マキを守りたかっただけなのに。そのために死をも厭わず荒野を踏み分けたのに。

 ドニは何が正しいのか分からない。悪事に手を染めたのだってマキのためだ。仕事を選べる立場ではなかった。この豊かなフロンティアで、明日をも知れない浮浪者だったドニ。

 教会の炊き出しを食べ、路地裏の片隅でマキと身を寄せ合って暮らしていた。

 フロンティアには貧民街はあったものの、他国でいう貧民窟はなかったのだ。誰もが最低限の家や部屋を持っていた。

 板や布を渡して作るような掘っ建てなどは皆無で、どこにもそんな集団は見当たらない。


 ……どうして? どこの街にだって、野ざらし雨ざらしな貧民窟はあるものだ。そこに一時避難をし、日雇いの仕事でもやって収入を得ようと思っていたのに。


 ドニは酷く狼狽えた。


 俗にいうスラム。中世感の強いアルカディアの国々は、当たり前のように物乞いや宿無しのたむろい、地球で言う段ボールハウスみたいなのが寄せ集まった地域が存在する。

 身分至上主義で格差の酷い世界ならではのものだ。


 だがフロンティアには存在しない。


 物語冒頭で記されたように、豊かなフロンティアは福祉が発達している。教会での炊出しで食を満たして、国営のアパートや王都外郭に設置された仮厩舎を利用し、取り敢えずの生活は出来た。

 文化的とまではいかないまでも、全ての国民が健康で最低限の暮しが出来るよう取り計らわれているのだ。


 国民が。……だ。


 身分証を持つ者には、その収入に応じて税がかせられる。税を払わず身分証を持たない者を国民とは認められない。

 洗礼を受けなかったドニは、裏稼業に身を投じるしか道が残されていなかったのだ。当然、税金を払ってもいないため、国の福祉に頼ることも不可能。

 ドニにだって、洗礼を受けなかった理由はある。きっかけは些細なこと。だがそれが、この親子の命運を決めてしまった。

 


「父ちゃーんっっ!!」


 後ろ髪引かれる愛娘の絶叫を背に、ドニは護送馬車へ乗る。この世の終わりみたいなマキの泣き顔を直視出来ず、彼は無言のまま馬車の椅子に腰掛けた。


「なんでえっ? どうしてだようぅぅっ!!」


 無情にも扉が閉められ、騎士らは気の毒そうに幼児を一瞥しつつも馬車を動かす。みるみる視界の中で遠ざかる馬車が歪み、マキは慟哭のような声を上げて地面に覆いかぶさった。

 中身、七歳でないマキは知っている。父親の犯してきた罪を。平民どころが住所不定の貧民には重たすぎる罪だ。


「……父ちゃん助かる? 死刑にならない?」


 ひっく、ひっくとしゃくりあげながら、周囲の大人達に尋ねるマキ。だが、誰も答えてくれない。

 他の国なら、平民がご禁制のモノに手を出しただけで死罪。庶民に人権はない。アルカディアは、未だに王侯貴族の無礼打ちが罷り通る世界なのだから。

 再び、うわああぁぁんっと地面に突っ伏すマキ。

 

「……とりあえず、君の身柄は僕が預かることに」


 そこまでテオが口にした途端、周りがざわっとどよめいた。一斉に注がれる奇異の眼差し。

 不躾な視線の集中砲火に見舞われ、マキは嗚咽をあげつつも不思議そうに周りを見渡した。


「殿下。それはなりません。……孤児院に相談するが良いかと」


 ……殿……? ええええっっ?!


 思わず涙の引っ込むマキ。


 護衛騎士に諭され、テオドールはマキを連れて孤児院に向かう。彼に手を繋がれたマキはテオドールの身分を知り、顔面蒼白で震えるしかなかった。




「事情は分かりました。マキちゃんは孤児院で預かりましょう」


 相変わらず穏やかな物腰のバルベス院長。


 それに深々と頭を下げて、テオドールはマキのことを頼み込んだ。その横に座らされたマキは、脳内にあらゆる最悪が駆け抜けていく。


 殿下…… 殿下って王族のことだよね? うわあっ、アタシ、何かやらかしてなかったけ? ……やらかしてたわ。眼の前で盗み働いてたわ。アタシも監獄行きかなあっっ?! ……あ、それでも良くね? アタシ、子供だし、父ちゃんと同じ牢屋に入れてもらえるかも?


 あれやこれやとやくたいもないことを考える幼子を心配そうに見つめながら、テオドールは王宮へと帰還した。



「そりゃあ騎士らも止めるでしょ。王宮に、あの子を連れてくる気だったん?」


 カラカラ笑う少女に苦虫を噛み潰したような顔をし、自分でも馬鹿を言ったとは思うよ? とテオドールは仏頂面をする。

 そして何か含むような顔で小人さんをチラ見し、あからさまに肩を落とした。


「……知ってたよね。ヒーロ」


「知ってたってか、アタシの指示だしね。見つけたからには悪事を見逃せんでしょ?」


 正論だ。テオは奥歯を噛み締める。


 これが当たり前なのだ。本来なら、マキの再犯を目撃した時に騎士団へ報告すべきだった。その結果、たぶん今回と同じようにドニが調べられ、その背後関係も割れ検挙されただろう。

 遅かれ早かれ起こる事態である。

 

「泣いてたよ、マキ」


「だろうねぇ」


「……ごめん、今は話したくないや。ヒーロが悪いわけじゃないのはわかってるんだけど。ほんと、ごめん」


 理性と感情は別物。


 理屈として納得はしても、感情が納得しないテオドール。クソ親父と思いつつも、仲の良い親子だと眺めていた。マキとセットなら、あの親父が裏稼業に精を出すのを許せなくもなかった。


 ……許してはいけないと分かっていたのに。


 千尋は正しいことをした。なのに感情が吠えるのだ。


 なぜ、そっとしておいてくれなかったのかと。


 あまりに理不尽な八つ当たり。それでもテオドールは、あの親子が不幸になる場面を見たくはなかった。


 意気消沈してトボトボ歩く元兄妹を視線で見送り、小人さんは、にんまり笑う。


「若いねぇ。禍福は糾える縄の如し。悪いことは立て続けに来るけど、良いことも交ざってくるさぁ」


 にししっと歯を見せ、千尋はするべきことをやりに行く。燃え種に火を放ったならば、火消しまでするのが道理だろう。




 後に行われたドニの裁判。


 背後関係者らは揃って終身奴隷。実行犯であるドニら下っ端も強制労働十年が言い渡された。


「十年…… 良かった、父ちゃん、助かったぁぁ」


 傍聴席で、へなへなと椅子に崩折れるマキ。テオドールも、思ったより軽い罰に胸を撫で下ろした。

 

「面会も出来るし、フロンティアの監獄は待遇悪くないから。きっと生きて出られるよ」


「うんっ!」


 久しぶりに見るマキの満面の笑み。


 結局、この幼女の笑顔を引き出せるのは、あのクソ親父だけなのだなと、なぜか負けた気になるテオだった。




「ありがとうね、ヒーロ」


「ん?」


「手を回してくれたでしょ? あれだけの罪で、強制労働十年は軽すぎるもの」


 庶民と貴族では雲泥の隔たりがあるアルカディア。罪状からみて、ドニは少なくとも三十年近く食らうはずだった。

 

「だって、そんなに待たせられないでしょう?」


「持たせ……? なに?」


 意味が分からず、不思議顔のテオドール。


 薄ら笑いを浮かべる小人さんは語らない。


 


「……マキ? か?」


「おうよっ! 良い女になったべ?」


 出所したドニは、いの一番に愛娘の元へとやってきた。貰った手紙の住所で出迎えてくれたのは、うら若き乙女。長く伸ばした髪を綺麗に結い、質素だが柔らかく着心地の良さそうなワンピースの裾を翻す。

 どこからどう見ても娘盛りの可愛い女の子だった。昔の悪ガキな面影はない。


「そう……か。真っ当な暮らしをしているみたいだな。良い男の一人くらいいるんじゃないか?」


 自分で口にしておきながら、ドニは胸を引きつらせる。親子の情を越えたモノを自覚してから、この十年、マキを思わない日はなかった。


「いるよ」


 けろっとした顔で宣う娘。それに眉を寄せつつも、ドニは努めて作り笑いをする。


「そうか。幸せにな」


 思わず顔を伏せたドニ。その顔を下から覗き込みながら、マキは喜色満面な笑みを浮かべた。


「眼の前に♪」


 胸を貫く衝撃。思わぬ言葉を耳にして、ドニの顔が硬く強張る。


「良い女になるって言っただろう? どう? 乳も増えたし、これなら、あの女にも負けないさ」


 信じられない面持ちで顔を上げたドニに、にぱーっと笑い、マキは力任せに抱きついた。十年前と変わらない真摯な瞳。


「.....長かったよ。でも、おかげで父ちゃんの横に立てるね。アタシを父ちゃんの女にしてくれるだろう?」


 ……なんたる殺し文句。


 ドニは大仰に空を仰ぎ、片手で両眼を覆った。


「……俺は地獄に落ちるな」


「なら、つきあうぜ♪ 地獄の沙汰も金次第。アタシけっこう貯め込んでるから。ま、アタシは天国に行けると思うし、父ちゃんを引っ張り上げてあげるけどねっ」

 

「………期待してるよ」


 こうして生まれる新たな恋物語。


 これをテオドールが理解するのは、マキが十三で成人した時。

 御祝に来た彼は、ようよう小人さんの用意した未来図に気づき、やられた……と小さく呟いて王宮に視線を振る。


 十年の月日を経て再会した二人は似合いの男女になっていた。彼等が親子であったと知る者が誰もいない土地に移り、マキとドニは長く幸せに暮したという。




「こんな恋があっても良いよね?」


「また、君は無茶なことを……」


 呆れ顔な婚約者に抱きしめられながら、今日も元気な小人さんに振り回される周りの人々である♪

 

 お粗末様でした♪ 


 歳の差カップル思いついて、何となく書いてしましましたね。巻き込まれたテオドールには世話をかけました。


 これにて完結、読了、ありがとうございます。また、どこかで。さらばです♪

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― 新着の感想 ―
全シリーズ読み終えました。サクッと読める脳内ケラケラと笑いまくりの大変おもろい小説でした。
[良い点] やっぱり小人さんが出てきてズバッと解決しちゃう感じの勢いが好きだなぁと前作と比較して思いましたw 周囲は・・・フロンティアは小人さんに振り回される運命なんや!w 年の差カップル良いです…
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